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ep.5 嬉しさ悲しさ
「もうそろそろ戻らなきゃ。」
リアムは舞踏会を抜け出してきていたので、遅くなると執事たちが心配するであろう。戻るのが惜しい。
するとノアがぎゅっと服の袖を掴んできた。悲しそうな今にも泣きそうな表情をしていた。おそらく行かないでということなのだろう。
「向こうに一緒に戻る?でも、行きたくないんだよね。」
そう優しくリアムが言うと、こくこくとノアは頷いた。少し震えた手で袖を強く握る。リアムはその手を握り返した。そして背中をぽんと優しく叩いた。
「大丈夫。大丈夫だよ。一緒に行けば怖くない。養父さん、優しい人なんでしょ?もし、声を掛けられたら、僕が上手いこと言っとくよ。」
ノアの手を引いて立ち上がらせ、小ホールを後にした。
ダンスホールに戻ると、酒の匂いと香水の香りが入り混じって何とも言えない匂いが充満していた。
大時計に目をやると、10時を針が指していた。
おそらく酒の時間となっている。テーブルには王宮御用達の高級ワインや専属バーテンダー達が作ったカクテルがずらりと並んでいた。
リアムとノアは踊る大人達の群れをかき分けて、人のいない端っこの方で休んでいた。
すると、1人の顔の整った男性がこつこつと革靴を鳴らしながら近づいてきた。
その男性を見ると、ノアはすっとリアムの後ろに隠れて目を逸らす。
「これはこれは王太子殿下。私は音楽家のオリヴァーと申します。そちらは私の息子でしてね。何かご無礼を働いたでしょうか?」
男性は心配そうにリアムを見つめた。
どうやらノアの養父だろう。
背が高く、切れ長の黒い瞳。硬そうな黒い髪をオールバックに固めていた。
「違いますよ。私が彼をお誘いしたのです。彼は一緒にいて心地がいいですからね。」
リアムはにっこりと微笑んだ。少しの敵意も含めて。
見定めなければならない。
彼はどういうやつなのか。
「そうですか。それは本当にありがとうございます。息子もあまり同年代の子達と遊んだりしないので。」
オリヴァーは優しく微笑みながらそう話した。
社交辞令を含んだような笑みだ。心から笑っているような感覚がしない。
でも心の底からノアを心配しているような。
そんな優しい笑みだった。
悪い人ではないのはリアムも知っていた。
ただノアのことを恨んでいる気もした。
「ノアは大人びているのですね。私もあまり同年代の子達と遊んだりはしませんね。ノアが初めてです。」
リアムは心からの笑みをオリヴァーに向けた。
ノアは驚くような表情をした後、嬉しそうにはにかんでいた。
そんなノアの表情を見てか、オリヴァーははっと息を呑む。
「こんな息子でよければ仲良くしてやってください。…こんなノア、初めて見ました。ノアは孤児でして、中々私たちに心を開いてくれませんでした。しかし、年相応の表情を見て安心しました。これからも友人としてよろしくお願いします。」
そう言って、オリヴァーはどこかへと去っていった。革靴の音は少しリズムを刻んでいた。
リアムはノアに目をやると、嬉しそうな悲しそうなどっちとも言えない表情をしていた。
彼の中では色々な感情が渦巻いているのだろう。
養母に優しく出来なかったという悲しさ、養父に大事に思われていたという嬉しさ。
そんな感情がリアムには見えた。2人が和解できる日はそう遅くはないだろう。