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潮風のシーグラス
波音が、すべての雑音をかき消していく。
学校を辞めた翌日、私は突発的に電車に飛び乗り、気づけばこの寂れた沿岸の町にいた。観光客の姿もない平日の昼下がり、白い砂浜にぽつんと座り、ただ寄せては返す波を眺めている。
「……何やってるんだろ、私」
膝を抱え、小さくため息をつく。教室のあの息苦しい空気、人間関係、すり減っていく自分に耐えられなくなって、レールから外れてしまった。逃げるように去ってきたものの、心の中には「これからどうしよう」という焦燥感と、からっぽになった喪失感が渦巻いている。
その時、ザッ、ザッ、と砂を踏む音が近づいてきた。
見上げると、麦わら帽子をかぶった日に焼けた老人が、大きなバケツを持って立っていた。地元の漁師さんだろうか。老人は私と海を交互に見つめ、目を細めた。
「お嬢ちゃん、海を見に来たのかい?」
「あ、はい……ちょっと、息抜きに」
「そうか。海はいいぞ。ここにある水はな、ぜんぶ『元通り』にしてくれるんだ」
老人はそう言って、バケツを砂浜に置いた。中には、色とりどりの貝殻や、波に削られて丸くなったガラスの破片――シーグラスがぎっしりと詰まっていた。
「生きてりゃ角が立つことも、傷つくこともある。でもな、このシーグラスを見てごらん。もともとは尖ったただのゴミだったガラス瓶の破片さ。それが海に揉まれて、何年も波に洗われているうちに、こんなに綺麗で、丸くて、優しい手触りになる」
老人は手のひらに、淡い水色のシーグラスを一つ乗せて私に差し出した。
「あんたが今、傷ついて尖っているなら、ここで海の波に心を預ければいい。海は、いらない角をぜんぶ削り落として、いつかちゃんと、新しい形にしてくれるから。焦ることはないさ」
手渡されたシーグラスは、太陽の光を浴びて、すりガラス越しに柔らかく輝いていた。手のひらから伝わる、ほんのりとした海の温かさに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……ありがとうございます」
声が少し震えてしまった。老人は満足そうに頷くと、「いい旅をな」と言い残し、またザッ、ザッ、と砂を踏みしめて歩いていった。
一人残された私は、もう一度海に目を向ける。
ザザーン、と大きな波が足元まで迫り、そして引いていく。
不思議と、さっきまでの重苦しい不安が、波と一緒に少しだけ引き算されたような気がした。私の心も、この海で少しずつ、丸く、新しく生まれ変わっていけるだろうか。
きらめく水色のガラスをポケットにしまい、私は深く息を吸い込んだ。潮の香りが、からっぽの身体を満たしていくのを感じながら。