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第8話:看病の作法と、不治の病(恋)
レイン・エイムズとの私闘から一夜。
ドット・バレットは、アドラ寮の自室で「重病人」としてベッドに横たわっていた。
「……おい、アネモネ。喉が渇いたわな。水、持ってきてくれねえか?」
弱々しい声を出すドット。だが、その顔色はすこぶる良い。擦り傷程度で済んだはずが、彼はここぞとばかりに「看病される権利」を行使していた。
「……別に。あんた、さっきマッシュとスクワットしてなかった? 万死に値するわよ」
アネモネは呆れ果てた顔をしながらも、コップ一杯の水を持ってドットの枕元に立った。
159cm。以前のような底上げ靴を履いていない彼女は、座っているドットと視線がちょうど重なる。
「飲ませてくれよ、アネモネ! 俺様は負傷兵なんだぞ! お前を守った代償なんだわな!」
「……っ、それは、そうだけど……」
アネモネは顔を真っ赤にしながら、震える手でコップをドットの唇に運んだ。
ドットは「ゴクゴク」と美味そうに飲み干すと、さらに調子に乗って口を開ける。
「次は……あー、なんだ。腹減ったな! リンゴとか、剥いて『あーん』してくんねえかな!」
「……死ね。今すぐ毒で内臓から溶かしてあげましょうか?」
「ひでえ! 看病じゃねえのかよ!」
アネモネは文句を言いながらも、ナイフを手に取り、慣れない手つきでリンゴを剥き始めた。
彼女の毒は、悪意には容赦ないが、愛する者には「薬」になる。リンゴの一片に、微かな「疲労回復の胞子」を付着させる。
「……はい。食べなさいよ、脳内ガキ」
「おっ! あーん……モグモグ……。うっめえええ! アネモネ、お前の剥いたリンゴ、世界一だわな!」
太陽のような笑顔。その屈託のなさに、アネモネの胸の奥がキュンと締め付けられる。
彼女は思わず、ドットの額に手を当てた。
「……熱はないみたいね。でも、心臓の音がうるさいわよ。あんた、本当に大丈夫なの?」
「それは……お前が近すぎるからに決まってんだろ! バカアネモネ!」
ドットが顔を真っ赤にして叫ぶ。
その時、ガチャリと扉が開いた。
「失礼するよ。ドットくんの傷に効くプロテインを持ってきたんだ。あ、邪魔だったかな」
マッシュが、無表情にプロテインシェイカーを振りながら立っていた。
その後ろには、必死に壁を隠そうとするフィンと、なぜか婚姻届(のようなもの)を握りしめたレモンがいる。
「もう! 二人きりで何してたの!? 私、合同結婚式の準備で忙しいんだから、抜け駆けは禁止よ!」
「レモンちゃん、まだ結婚の話は早いって……。でも、確かに空気感が……もう夫婦だよね」
外野の騒ぎに、アネモネのキャパシティは限界に達した。
「……全員、万死に値するわよッ!!」
アネモネの手から、瞬間的に「催眠の胞子」が爆発的に放出された。
ドットも含め、部屋にいた全員がその場にバタリと倒れ伏す。
「……はぁ。……本当に、バカばっかり」
静まり返った部屋で、アネモネは眠るドットの髪に、そっと触れた。
彼が自分を肯定してくれたように、自分も彼のすべてを毒で守りたい。
「……一生、四時間なんて待ってあげないんだから。覚悟しなさいよ、ドット」
アネモネの独占欲は、本人の自覚以上に深く、濃く、彼を蝕み始めていた。
🔚