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    一番にしてくれないくせに、一番を望むなんて。
    
    
    
     君は可愛い人。
 「あ、そーいえばね、昨日道の端で三毛猫を見つけてね」
 そんな些細なことを凄く嬉しそうに話す。
 君の笑顔が、僕は好き。
 楽しそうで、泡がはじけたように軽やかで、傍にいるとこちらまで微笑んでしまいそうな。君が笑っていると僕まで幸せな気持ちになって心に余裕が生まれる。周りの人にも優しく出来る。
 僕が優しい人でいれるのは、君がいるから。
 君は優しい人。
 「最初は野良猫かなって思ったんだけど、その子首輪ついてるし、迷子っぽくて」
 名前も知らない猫のために、三十分もかけて交番まで歩いたんだね。
 君の優しさが、僕は好き。
 君は何も猫が好きとか可愛いとか、そんな一時の感情で動くわけじゃない。人にも犬にも、そこらへんを這いつくばる虫にも分け隔てなく接する。困っている人がいたら放っておけない。慈愛に満ちた君。
 そんな君が、僕は好き。
 君は鈍い人。
 「預けてずっと待ってたんだけど、駄目で。帰らないといけないから交番を出たらね、|莉奈《りな》ちゃんと会ったの」
 君が莉奈ちゃんの話をする時、僕が顔をしかめてること。気づいてないのかな。
 君の鈍さが、僕は嫌い。
君はいつもそうだよね。人の気も知らないで他の友達の話を平気でする。それも、凄く嬉しそうに。僕と一緒にいるのは楽しくないの?だからそうやって僕の前で僕じゃない名前を出すの?鈍いという漢字は純粋の純。
 僕は、純粋さが嫌い。
 君は無自覚な人。
 「その子、莉奈ちゃんのご近所さんの猫だったの。それで、莉奈ちゃんが持って帰ってくれてね。朝に『猫返せたよ!マジでありがと!!』ってLINE来て。普通私の方が感謝しなきゃいけないのに、莉奈ちゃんてばほんとに優しくて」
 あーあ、もう。最近そればっかり。
 君の無自覚さが、僕は大嫌い。
莉奈ちゃん莉奈ちゃんって。口を開けばそう言う。僕は束縛主義ではないけど、こうも他人の名前を出されると流石に腹立たしい。僕といるのがそんなに嫌なのか。そう毒づいてしまいたい。感情をそのまま口にできれば、どれほど楽か。でもそれは出来ない。どんなに苛立っても、君に嫌われるのだけは避けたい。君のことが嫌いだと思う時もあるけど、やっぱり好きだから。
 でも僕は君の無自覚さは大嫌い。
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 横断歩道に差し掛かる。僕と君はいつもここで別れる。信号が赤から青に変わったら、この思い悩む時間も終わりだ。夕焼けに照らされた緑色が、最近は嬉しくもある。
 信号を待つ間、君はぽつりと言った。
 「誰かの一番になりたいなぁ」
 僕は耳を疑った。
 「他の誰もいらなくて、私だけを望む人。私がいたらそれだけでいいよって人」
 そうして君は、何かを誤魔化すように笑った。
 「そんな人いないんだけどね」
 信号が赤から青に変わる。君は顔を上げた。横断歩道に向かって一歩進む。新品のローファーが西日に照らされて鋭く光った。
 「ごめんね、こんな話。じゃあまた明日ね」
 曖昧に手を振って前へと歩き出した。僕はその場に立ちすくんでいた。君の声が頭の中をリフレインしていた。
--- 誰かの一番になりたいなぁ ---
 僕は心の中で叫んでいた。
 そんなこと、思ってもないくせに!!
 君は傲慢だ、傲慢だ、傲慢だ、傲慢だ傲慢だ。
 君の言う誰かは誰かじゃない。
 もう、心に決めている人がいるのに。思い浮かべている人がいるのに。
 “誰か”なんて言葉で誤魔化して、僕を騙して、またそうやって欺くんだろう。
 もう、疲れた。
 「一番なんて…っ」
 僕を一番にする気もないなら、僕の前でそれを言うな。
 君を一番にしている僕が、報われてくれないじゃないか。