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脇役令嬢オリビアの憂鬱
「…んー。よく寝た」
ベッドから起き上がって、伸びをする。朝日を浴びたくてカーテンを開けると、窓の外ではやけに大きな鳥が飛んでいた。赤い羽根に鋭い目の、たまに口から火を吹く鳥が。
「うーん、ファンタジー」
思わず言ってしまった。
私、ルーチェ・オリビアは転生者だ。もとは日本という国に住んでいて、それなりに幸せな生活をしていたと思う。前世での常識やある程度の知識は思い出せるが、自分がどんな人生を送っていたのかは、あまり分からない。ただ、そこまで長く生きてはいなかったはずなので、不慮の事故とかで若くして亡くなったのかもしれない。
この世界が前世で言うところの異世界であると理解した時は、なんてありがちなんだろうと思った。私がもう少し賢かったら、地球のチート知識で無双したりできたのかもしれないが、あいにく私の頭の良さは中の上、もしくは上の下辺りをうろうろしているくらいだった。これでは無双だなんてできるわけがない。
だが、神は私を見捨てなかった。なんと、私は伯爵家の令嬢に転生していたのだ。貴族の暮らしは前世で一般庶民だった私には考えられないほど贅沢なものだった。バラの花びらが浮かんだ風呂は実在するのだと、今世で初めて知った。いい香りがするし気持ちいい。まあ、贅沢できる分やらなくてはいけないことも多く、特に作法の勉強などには苦労したが。
「まあ、数学とか国語とかは小学生レベルだし、簡単なんだけど」
そう独り言をこぼしながら、私は大きな鏡の前に立つ。母から貰ったお気に入りのくしで髪をとかしながら、鏡の中の自分を見つめた。
そこに映っているのは、十歳くらいの少女。フリフリがたくさんついたパジャマを着ていることも相まって、まるでお人形さんのようだ。
そう。幸運な事に、私はかなりの美少女に生まれた。個人的に気に入っているのは、大きな空色の瞳とゆるく波打つ金色の髪だ。生まれ変わったら自分好みの金髪碧眼美少女になっていただなんて、前世で私はどれだけ徳を積んだのだろうか。
今日も今日とて可愛い自分にほおを緩めていると、控えめにドアがノックされた。慌てて顔を引き締めた。鏡を見ながらにやつくなんて、ヤバい奴だと思われてしまう。
「入って」
「失礼します」
入ってきたのは私の侍女のアンナだった。サラサラの茶髪を一つにまとめた、若い娘だ。いや、私の方が若くはあるが、前世と今世の年齢を足せば彼女より年上なので、つい年下のように思ってしまうことがある。彼女の方がこの世界で生きた年数が多いのに変わりはないとは分かっているのだが。
「おはようございます!お嬢様」
「おはよう」
アンナは朝から元気がいい。彼女の明るさを私はとても気に入っている。
「朝の支度をしましょう」
そう言ってアンナは私の朝の準備を手伝ってくれた。彼女の仕事はいつも完璧だが、特に髪を結ぶのが上手だ。今日はハーフアップにしてもらった。
「それでは、朝食を」
「分かったわ」
食堂に向かうと、そこには既に父と母が座っていた。
私が席に着くと、お楽しみの朝食が始まった。伯爵家の料理はとても美味しい。美食家の父の影響もあるだろう。
「オリビア、後で私の部屋に来てくれないか」
私が料理を楽しんでいると、父が声をかけてきた。
「ええ。分かりました」
にこやかに答えながらも、内心は冷や汗ダラダラだ。何か怒られるようなことをしただろうか。父と母が若い頃送りあっていたラブレターを盗み読みしていたのがバレたのかもしれない。あれは実に面白かった。特に父の母に対する言葉が甘々で、普段優しくも冷静な父からは想像できないほどだ。駄目だ、思い出したら笑いが込み上げてきた。
「…?どうした、オリビア」
「いえ、ふふっ。何でもありませんわ」
それからは父の顔を見るたびに笑ってしまいそうになるので、ボロを出す前に少し早く朝食を終え、言われた通り父の部屋に向かった。
「オリビア、話というのはな」
遅れてやってきた父と母は、真剣な顔で私を見つめた。やはり説教か、と覚悟する。
「養子を迎えようと思っているの」
「…え?」
二人の話がうまく呑み込めず、聞き返してしまった。
「遠い親戚の、オリビアより年下の男の子なんだがね。両親を事故で亡くしてしまったんだ。家督はその子の叔父が継いだらしく、引き取り先を探しているのだとか」
「我が家には愛らしくて聡明な貴方という娘がいるけれど、残念ながら家督は男性でないと継げないわ」
「その子を養子として迎え入れ、跡取りとして教育しようと思う」
なるほど。確かに私は女だから跡取りにはなれない。遅かれ早かれどこか適当な家から養子をとるつもりだったのだろう。
「分かりました。私、その子と仲良くできるよう頑張りますわ!」
「ああ。そうしてやってくれ。彼はまだ事故の事で心に傷を負っているからね。癒しになってあげてほしい」
「きっと近い年だからこそ分かり合えることもあるでしょう」
両親を一度に両方とも亡くすというのはとても辛いことだろう。できる限り力になりたいと思った。それに、私は一人っ子だから、姉弟というものに憧れはある。私の弟になるのなら、できる限りの愛情を与えてあげたい。
「はい!任せてください!」
決意を胸に私は笑顔で両親に頷いた。
…後日やって来た義弟の顔を見て、私は衝撃を受け、同時に、知ることになるのだ。この世界が、前世でよくプレイしていた乙女ゲームの世界であることを。新しくできた弟がその攻略対象の一人であることを。