公開中
    革新的な技術
    
    
    
    「……は?」
 モルズは|荒唐《こうとう》|無《む》|稽《けい》な話に、思わず声が漏れる。
 だってそうだろう。魔獣の体は――。
「お主も知っておる通り、通常魔獣の体は死後三日もすれば消え去る。強力な魔獣であれば五日、|稀《まれ》に一週間持つやつもあるが、例外なく消え去る」
 だが、ここに並ぶ素材はどうだ。
 三日以内に集まる量ではないし、いずれ消えるのだから集める必要もない。
「が、特殊な加工を施したものは例外」
 例えば、とスミスは手元の牙を見やる。
「これは一ヶ月前に倒された血狼から取り出した牙じゃ」
 近寄ってみると、確かに血狼の牙のようだった。ずっしりと重たい質感で、触れただけで肌が切り裂かれる。
「これが一ヶ月前のものだという保証は?」
 もしかしたら、昨日倒された血狼のものかもしれない。昨日のものなら、まだ体の崩壊は始まっていないはずだ。
「ない。だから、これを見ろ」
 スミスが代わりに差し出したのは、先ほどのナイフ。
「刃に鉄と魔獣の素材を混ぜた合金を使っておる。柄は、全て魔獣の素材だ」
「振っても?」
「構わん」
 モルズは、その場でナイフを軽く二、三度振る。
 振った限りでは、一日で造られた急ごしらえの代物といった感じはしない。
 柄も、既存の素材を使ったにしては軽くて丈夫そうだった。
「さっきも見てもらった通り、自己修復機能も付いておる」
 自己修復機能。既存のどんな技術を用いても、実現するのは不可能な機能だ。
「ここにある灰色の石――魔石を使うことで発動する。魔獣の死体を吸わせても良いが、持ち運びに苦労するじゃろう」
 魔石は、大量の瓶の中にぎっしり詰まっていた。それほど作製が困難なものでもないのだろう。
「一つ聞いて良いか?」
「何でも」
 自身の技術を説明し、スミスは良い気分になっているようだった。
 |鷹揚《おうよう》にうなずき、モルズの質問を待つ。
「なぜ、この技術を世間に公表しない?」
 そうすれば、地位も名声も思うがままだろうに。
 スミスにとっては意外な問いだったようで、目を丸くした後、
「ほほほ!」
 何が面白いのか、急に笑い出した。
「ほほ! ほほほ!」
 そうしてひとしきり笑ったあと、ひいひい言いながら答えた。
「そうするとの、|製作者《儂》と|使用者《傭兵》の距離が遠くなるじゃろう?」
「そうだな」
 新しい技術の開発者として、スミスは他の技術者に教えることを迫られるはず。
 それに、その技術が使われた武器も相応の高値で扱われるようになるだろう。
「儂はそれが嫌なんじゃ。儂が造った武器をお主らに渡し、お主らがその感想を儂に伝え、儂がまた新しい武器を造る。この距離感、この過程が好きなんじゃ」
 根っからの職人気質。
 天才として皆にもてはやされるのを嬉しく思わないタイプの人種だ。
「さて、話がそれたな。魔石について説明しようじゃないか」
 魔石が詰められた瓶が並ぶ棚。その近くに、スミスは移動する。
「これが魔石を作り出す装置じゃ」
 上に投入口らしき穴があり、下の穴には瓶がセットされている。
「ちょうど素材があるでの、作ってみせよう」
 スミスはそう言って、装置の隣にある何かの山の布を取り去る。
「っ……」
 モルズは、息を呑んだ。
 死体だ。たくさんの魔獣の。
 比較的綺麗な状態のものもあれば、ずたずたに切り刻まれたものもある。
 スミスはそれらを一緒くたにして、上の穴に放り込んだ。
 装置の駆動音が静かに響く。
 数分後、小さく音を立てていくつかの石が出てきた。
 セットされていた瓶の中に入る。
「見ろ。これが魔石じゃ」
 瓶を傾け、スミスが魔石を取り出す。
 モルズに手渡した。
「重……」
 魔石は、その見た目に反してずっしりと重かった。
 いびつな球形をしている。
 じっくり見れば、灰色の中に濃淡があることが分かった。
「魔獣の肉体をそのまま圧縮しとるでな、どうしても重くなる。これにも特殊な加工がしてあるから、どれだけ時間が経っても消えんぞ」
 手の中の魔石と、瓶の中にある魔石を見比べた。
 遠目から見ればどれも同じに見えたが、よく見ると全体的に灰色が濃いもの、薄いものがある。
「ありがとう」
 スミスに魔石を返した。瓶の中に入れる。
「材料を集めるのはレイに手伝ってもらっておったが、レイは絶対にこの装置に近寄らんかった」
 スミスが、ふいに語り始めた。
 レイが魔獣だったことに気がついた理由を話しているのだろうか。
「この装置は、魔獣であれば生きていようが死んでいようが、構わず魔石に変える。万が一のことがないようにしたんじゃろうな。それで薄々感づいておった。レイが魔獣だったことにな」
 そんなことで、とモルズは思った。
 ただ未知の装置に近づかなかっただけかもしれないのに。|一概《いちがい》にそう言い切れはしないだろう。
 それでもレイが魔獣だと思えたのは、魔獣の素材を扱う者の「勘」故ではなかろうか。
「さて、これで説明は終わりじゃ。お前さんは何を造ってほしい?」
 わざわざここに来たんじゃ、何か造ってほしくて来たんじゃろう。そう、スミスが付け加えた。
「ああ。短剣をなくしたから、その代わりになる剣を造ってほしい」
「む。少し待っておれ。上から短剣のサンプルを取ってくる」
 上へつながるはしごを上ろうとしたスミスに、モルズが慌てて声を掛けた。
「いや、短剣にこだわらなくても良い」
 それは、|クライシス《ここ》に来てからずっと考えていたこと。
 モルズが短剣を使っていたのは、少しでも身軽になって、魔獣から逃げ延びる確率を上げるため。
 なぜ魔獣から逃げ延びたいのかといえば、リーンに会いたかったから。
 リーンがいないのならば、攻撃を捨ててまで逃走の確率を上げる必要はない。
 当然、短剣より長剣の方が攻撃範囲が広く、殺傷能力も高い。
 そろそろ短剣から長剣に持ち替えても良いかと思っていたところで、短剣を失ったのだ。
「……ふむ。分かった」
 スミスは少し考えたあと、はしごを上っていった。
 五分ほど経っただろうか。
 スミスが数本の剣を持って下りてきた。
 背に二本背負い、腰に三本くくりつけ、それでも持ちきれなかった一本を左手で抱えている。
「どれが良いかの」
 大きいものから小さいものまで、片刃の剣もある。
 一本目。
 モルズが使っていた短剣に酷似した剣だ。
 鞘から抜き、軽く振ってみる。
 重心こそ多少違うが、使い慣れた剣だ。
 二本目。
 多くの騎士が使っている長剣。もっともメジャーな剣だと言って良いだろう。
 短剣より重く小回りが効かないが、攻撃範囲は段違いだ。
 三本目と四本目。
 こちらは二本とも同じような造りだった。一対の双剣のようだ。
 手数が増えるが、その分扱いが難しくなる。
 五本目。
 身の丈ほどもある大剣だ。
 敵を斬るのではなく叩き切る。
 攻撃範囲も圧倒的に広い。
 周囲に気をつけながら二、三度振るったが、少し力加減を間違えれば床を傷つけてしまうところだった。
 六本目。
 不思議な剣だった。反りのある刀身。片側のみに付いた刃。
 鞘から抜いて振ってみれば、なんでも斬れそうな気がした。
「気に入った」
 六本目の剣を手に持ち、言った。
「刀じゃな」
「カタナ?」
 モルズはカタナ、という耳慣れない言葉を口の中で転がした。
「うむ。遠くの国から伝わった武器じゃ」
 道理でモルズは見たことがないわけだ。
 数々の傭兵を見てきたが、この武器を使う者は一人もいなかった。
「この武器は扱いが難しい。刃は片方にしか付いていないし、下手に鍔迫り合いなどしようものなら折れる」
「じゃあ」
 モルズは最初に見せられたナイフを指差した。
「あれと同じようにしてくれ」
「自己修復機能をつけるにしても、折れた刃の修復には相当なエネルギーが要る。修復のための魔石はどうする?」
「俺が用立てる。あの装置を小型化することはできないか?」
「ふむ……」
 スミスは少し考え込んだ。
「不可能ではないの。しかし、なるほど、現地に赴く者に作ってもらうのか。ありじゃのう!」
 スミスは興奮しているのか、少し声が大きい。
「今まではレイがこっそり盗み出してくれとったが、これからはそうするわけにもいかんでな。よろしく頼む」
「ああ、俺からも頼む。いつ頃できそうだ?」
 モルズとスミスはがっちりと握手を交わす。
「今は普通の鍛冶依頼がよく来るでの、これにかかりきりというわけにもいかんから……」
 スミスは何かを計算しているようだった。
「一週間後に取りにきてくれ」
「分かった、一週間後だな」
 これから一週間、モルズはメインとなる武器を持たずに過ごさなければならない。
 街の建物で無事なのは、中央の傭兵組合の建物と、いくつかの民家だけだ。
 それに、街の中まで魔獣が平気で足を踏み入れるようになった。
 武器を持たずに生活するなど自殺行為だ。
 仮の武器を買わなければならない。スミスへの報酬の準備も。
 この調子でいけば、初日に得た大量の金貨はすぐになくなるだろう。
 モルズはため息をつきたくなった。
「それまで、これを使っとれ」
 スミスがモルズに見本として提示した内の一本、刀を投げて渡した。
「良いのか?」
「ああ。本来なら数日で終わる仕事に、一週間も待たせる詫びじゃ」
「ありがとう」
 そこらの武器屋で買うより良い性能の剣だ。
 思いがけない拾い物だと、モルズの頬がゆるむ。
「今日はありがとう。じゃあ、また一週間後に」
「おう。またな」
 スミスは片手を挙げ、左右に振った。
 既にはしごを上り始めたモルズには、そんなスミスの姿は見えていない。
 刀を手に持ち、モルズは寝床としている廃墟に向かって歩き出した。