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4月3週目
「環奈さん、でしたわね?」
「ああ、まあ、はい、そうですけど…」
「裁縫がお得意と聞いたんですの」
藤森家のことは聞いたことがある。確か、努力の結晶で財を成してきた家庭だ。
環奈は裁縫が得意だ。淡々とこなす自己紹介で、「栗川環奈です。裁縫が趣味です、よろしくお願いします」と言ったおぼえがあった。
「わたくし、今、趣味を作りたいと思ったのですわ。裁縫は面白いと思いまして、環奈さんに声をかけました」
「へえ…恵梨香さんが」
正直、環奈はびっくりしていた。
以前から、恵梨香について聞いたことがある。裕福な家庭・藤森家に生まれたが、先祖代々『庶民心』をたいせつにしているという。それに、話し方がとても上品で、しゃべっている自分の心も麗しくなる___気がする。
「何か、おすすめはあります?」
「ああ…動物、何が好きですか?」
「動物?犬が好きですわ。親しみやすいの」
猫だと思っていた。いや、犬と聞いたら驚いたけど、理由にすごく納得する。
「じゃあ、犬のマスコットキーホルダーでも作ってみますか」
「キーホルダー…いいと思うわ。一緒に作ってくださらない?」
「勿論です」
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スクールカースト、というものが存在する。
他のクラスに進んで向かって、充実した学校生活を送る上位、通称『1軍』。
適度に女子と仲良くトイレに行く、ほどよい学校生活を送る中位、通称『2軍』。
本を読んだり、そのへんを歩いたり、悲しいほどにみじめな学校生活を送る下位、通称『3軍』。
スクールカーストは、この3層にくっきりわかれている。そんなことは、3軍である優花でも知っていた。
ところが、例外が現れたのだ。
本崎葵。彼女は、例えるなら『成瀬は天下を取りにいく』の『成瀬あかり』がぴったりである。
「本崎さん…変わってるよなあ」
成績優秀、スポーツ万能。おまけに頼りになって、しっかりもの。それなのに、他の女子とつるむこともしゃべることもない。苦痛だと噂されている寮コースにもなんとなくで入った。
「どうかしたか」
(本当、『成瀬あかり』のモデルになった人みたいだなぁ…)
そんなことをふんわり考える優花のもとに、葵があらわれた。
「あ…いえ。別に…その、すごい人だなあって。本の中の人みたいな」
「そうか」
それが褒め言葉かどうか、優花でもわからない。ただ、この人はふつうじゃない、ということだけがわかった。