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3-2
骸砦への道を自身の異能力に遮られる。
少年の選択したものは、撤退。
鏡花ちゃんを抱えながら街を駆ける。
未だ夜叉の攻撃は絶えない。
秘密通路までの道のりは、残りわずか。
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--- 3-2『少年と情報共有』 ---
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「ルイスさん! 鏡花ちゃん!」
僕がドアを壊して入ると同時に、そんな声が聞こえた。
街中にある何の変哲もない中華料理店。
ここにマフィアの秘密通路への扉が隠されている。
もう、二人は扉の向こうにいる。
すぐ後ろにいる夜叉白雪が刀を振り回す。
狭い店内で刀なんか振り回すもんじゃないね。
食器も建物もボロボロだ。
「はい、よろしく」
鏡花ちゃんを敦君へ向けて投げると同時に、僕はナイフを取り出す。
刃の交わる音が店内に響き渡る中、隠し扉が閉まり始める。
どうにか押し返して転がり込んだ瞬間、夜叉が刀を投げてきた。
僕に当たりそうだったが、鏡花ちゃんが跳ね返す。
夜叉の顔面に当たる直前まで見ることができ、隠し扉は閉ざされた。
「……痛い」
転がり込んだ際に逆さまになったまま呟いたのと、部屋が動き出すのは同時だった。
🍎🍏💀🍏🍎
隠し扉の向こうにあったのは、|昇降機《エレベーター》。
業務用なのか、普通の昇降機より随分と広く、殺風景だった。
金属網の床からはワイヤーが見えて、ゆっくりと地下に向かって動いているのが判る。
橙色の照明が金属の床に反射していた。
機械の稼働音が聞こえ続けている。
「異能者襲撃を想定した非常通路だ。霧もここまでは入れぬ」
「先代の時は無かったのにな……」
芥川君の言葉にそんなことを考えながら、僕は首を回したりしていた。
転がり込んだ時に痛めた。
いつもならここで「莫迦ね」とアリスが云ってたけど、今日は何も聞こえない。
「あの霧は一体、何なんだ?」
「……あれは龍の吐息だ」
「龍?」
敦君は、芥川君の回答に眉をひそめる。
まぁ、予想外なんだろうな。
「鏡花……お互い異能が無い今なら、お前の暗殺術で僕を殺れるぞ」
芥川君の挑発に、鏡花ちゃんは何も答えない。
こんなところで戦われても困るんだけど。
普通の昇降機より広くても、ワイヤーとか切れたりしたら面倒以外のなんでもない。
「どうした? 僕との因縁を断ち切りたかったのではないのか?」
「鏡花ちゃんは、もうお前のことなんか何とも思ってない!」
嗤う芥川君に、敦君が苛立つ。
二人の視線のぶつかり合いは冷たい。
芥川君は完全に殺気を向けている。
こんな時でもよくいつも通り喧嘩できるね、この二人。
「……異能が戻っていないこの状態で決着をつけるか?」
異能を取り戻してから決着をつけるべきだ、と告げているような云い方。
この感じ━━。
「異能を戻す方法を知っている?」
「戻す方法は知っている」
鏡花ちゃんの質問に、芥川君は頷く。
「異能を撃退し倒せば所有者に戻る。この程度の情報すら探偵社は知らないのですか?」
「残念ながらね。僕も対峙してから気づいたから」
「……撃退方法の目処は」
立ってる、と僕は拳銃を取り出して弾を入れる。
「君が見たかは知らないけど、異能に赤い結晶がある。アリスと夜叉に確認できたし、それを完全に破壊すればいいだろうね」
芥川君は顎に手を添えて、少し考え込んでいる。
彼の異能力『羅生門』には結晶があったのだろうか。
あるとしても、彼一人で勝てるのだろうか。
「……芥川、お前の目的は何だ」
「多分、私達と同じ」
「同じって……」
澁澤、と敦君は呟く。
「奴の臓腑を裂き、命を止める。他に横浜を救う方法はあるか?」
「僕たちは殺しはしない」
敦君が即座に云う。
探偵社はそういう仕事はしない、ねぇ。
彼の言葉に、芥川君は鼻で笑う。
「笑止。おめでたいな、人虎……鏡花、何か云ってやれ」
「……何のことだ?」
まぁ、排除と云われても普通は理解できないか。
「鏡花は仕事の趣旨を理解しているぞ。元ポートマフィアだからな」
「私はもう陽の当たる世界に来た。探偵社員になるために、ポートマフィアはやめた」
硬い声で、鏡花ちゃんは覚悟を込めて続けた。
「……マフィアの殺しと探偵社の殺しは違う」
「鏡花ちゃん?」
敦君の上ずった声が昇降機内に消えた。
混乱しているのに、芥川君は無慈悲に告げる。
「太宰さんが敵につく前であれば、異能無効化で殺さず霧を止められたかもしれぬが、今ではそれも叶わぬ」
そうだね、と僕は欠伸をする。
「敵についた? 太宰さんが?」
敦君は、驚愕していた。
ま、信じられないんだろうな。
「しかり……あの人は自らの意思で敵側に与した」
「太宰さんがそんなことするわけない!」
「かつてポートマフィアも裏切った人だ」
声を荒げた敦君に、芥川君は冷めた声で告げた。
もう、疑ってすらいないんだろう。
確信が彼の瞳に見えた。
「太宰さんは僕が殺す」
「……お前に、太宰さんが殺せるのか?」
「他の者の手にかかるよりは、この手で殺す」
芥川君らしい執着だな。
「……太宰さんを殺させたりしない!」
敦君は拳銃を掲げ、芥川君に銃口を向ける。
それを僕はただ眺めていた。
緊迫した空気を壊すかのように、昇降機がようやく動きを止めた。
複雑な絡繰を備えた扉が開き、ダクトに囲まれた地下通路への道が開かれる。
芥川君は何も云わずに足を進めた。
かつん、と硬質な音が響く。
彼の背に銃を向けたまま、敦君は告げる。
「お前とは一緒に行けない」
昇降機の扉が、再び閉まりはじめた。
芥川君の背が見えなくなる寸前。
僕と鏡花ちゃんの手が、扉を止めた。
「一緒に行く」
「僕も同意だ」
「えっ!?」
僕達の短い言葉に、敦君は大声を上げるのだった。
地上に出た少年達を待っていたのは、自身の異能達。
今、すべきことは何だろうか。
次回『少年とすべきこと』
僕のすべきことは、とても単純だ。