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**未来への約束**
日曜日の午後。
いつもの紫陽花坂は、もう色を失い、ただ静かに葉だけが揺れていた。
柚子月はその坂を登りながら、小さな胸の高鳴りを感じていた。
“蓮くんに会う”というそれだけで、こんなにも心が騒ぐなんて、
昔の自分では想像できなかった。
公園のベンチに座っていた蓮は、彼女に気づくと、立ち上がって笑った。
その笑顔が、どこか晴れやかで、昨日までと少し違って見えた。
「……話、聞いてくれる?」
「うん。」
ふたりは並んで座り、蓮がゆっくりと口を開いた。
「昨日、七瀬さんに会った。」
柚子月は、少しだけ息を詰めたが、黙って続きを待った。
「ちゃんと話せた。……ようやく、終わらせられた。」
蓮の声には迷いがなかった。それだけで、
柚子月の胸にあった不安の影がすっと晴れていくのを感じた。
「それでね……その上で、ちゃんと話したいことがある。」
蓮は、鞄から一冊のノートを取り出した。
表紙には、「Project:未来」と手書きで書かれていた。
「……これ、僕が書き始めてた新しい企画。
初めて、自分の“これから”を物語にしようと思って。」
柚子月はそのノートを受け取り、ページをめくる。
そこには、蓮の手で書かれた短いシーンの断片や
プロットのメモがびっしりと書かれていた。
「大学に入ったら、本格的に小説家を目指す。
きっと遠回りになるけど、書くってことを、人生にしたいんだ。」
蓮の目が、まっすぐ柚子月を見ていた。
「そして、もしも……君がそばにいてくれるなら。君の物語も、一緒に綴っていきたい。」
胸が、ぎゅっとなった。
言葉がすぐには出てこなかった。
けれど、柚子月は深くうなずいた。
「私も……書いてみたいの。私の“今”も、“これから”も。誰かの心に届くような、言葉を。」
蓮の目が少し潤んだ気がした。
ふたりの“未来”は、まだ輪郭も曖昧で、形も定まっていない。
けれどその不確かさこそが、かけがえのない希望だった。
紫陽花のない坂道で、ふたりの心には新しい色が咲いていた。
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次回「小さなすれ違い」
夢に向かって歩き出したふたり。
しかし、目指すものがはっきりするほど、
心の距離がすこしずつずれていく──。