公開中
不思議な絵画とお客様 1
はい、第1話。
いつも通り、古本屋を閉める。今日の仕事は終わった。
今日の夜飯を調達するためにコンビニに行って、その帰り道。
「ねぇ」
凛とした声が聞こえた。周りを見渡しても、誰もいない。
「…誰?どこにいるの?」
「《《恐らく》》貴方の横の路地よ」
恐らく?どういうことだ?横の路地を覗いても、人はいない。
「下よ下」
言われた通りに下を見る。そこにあるのは白い布がかけられた何か。
「私に被さっている布を取ってくれない?そうしないと貴方が見えないのよ」
見えていなかったのか。…布の中に、誰かがいるってことなのか…?怪しみながらも白い布を取ると、そこには1枚の絵があった。
赤みがかった茶髪、青緑色の瞳。黒のつけ襟のようなものに、同じ黒のドレス。花をあしらったような髪飾りをつけている。
立派な額縁に入った美しい絵画。
「…君は誰?絵画なの?」
その場にしゃがみ、絵と目線を合わせる。喋る絵画なんて初めて見た。
「絵画と呼ばないで。…まぁ、名前もないし、絵画としか呼びようがないわね」
名前がない…?絵画なのに…?
「まぁいいわ。ねぇ、貴方の傍に連れて行ってくれない?」
「…どうして?」
「私は退屈が嫌いなの。お喋り相手が欲しいじゃない」
喋ることの、何が楽しいんだろう。
「…僕は喋ることが好きじゃないよ」
「あら、どうして?」
「…上手く喋れないからね」
「十分上手じゃない」
会話が嫌いなんだ。僕はきっと。その証拠に頭だけは回る。
「…そういう事じゃない」
「もう。あら、ワイス」
絵が突如動き出す。そこに白猫も現れる。
「紹介するわね。この子はワイス。私のお友達なの」
喋って動く絵…か…。ま、持ち帰ったら暇つぶしにはなる…か。
「…僕の所で、どうするの?」
「壁に飾ってくれればいいのよ。たまにお喋りもしましょう」
「……あ、そうだ。君は、人生経験豊富なの?」
ふとそんな質問をしてみる。この質問にはちゃんと理由があるんだ。
「人生経験?…まぁ、周りの人間よりは生きているわよ。周りの人間たちも長く見て来たわ。豊富かと言われれば豊富よ。だから何?」
「…そっか。ならさ、人生相談みたいなこと、やらない?人と関われて、喋れて、誰かの役に立てるよ。…一石二鳥じゃない?」
「あら、良いじゃない!やりましょうよ!」
乗り気で良かった。誰しも悩みは抱えてるんだから。絵画に悩みを聞いてもらう、なんて不思議な体験をして、少しでも息抜きになればいいんだ。
「…じゃあ、僕の店へ連れて行くね」
「頼むわね」
古本屋がすぐそこで助かった。大きな荷物を抱えていると怪しまれてしまう。
「…はい、着いたよ」
「本がたくさんねぇ…趣味?」
「…僕の店だよ。古本屋」
「へぇ…」
なんだか、疲れた。久しぶりにこんなに喋ったな。
「…君にはこっちにいてもらうね」
「はーい。あっ、ワイス!」
白猫が額縁の中から出て来た。…出て来た。本当に。
「みゃおん」
「ごめんなさいね、ワイス、ワーイース!こっちに来なさい!」
「…しょっ、と」
ワイス、と呼ばれた白猫を捕まえて抱きかかえる。ただ…絵の中で手を伸ばす彼女に、この白猫をどう受け渡せばいいのだろうか。
「…どうしたらいい?」
「あぁ、そうね。少しこちらへ近づいてくれる?」
言われた通りに絵画の方へ近づく。
「そう…さ、遊びましょ?」
その声が聞こえた瞬間、僕は一面真っ黒な世界にいた。白い丸テーブルと椅子が2脚ある。
「ごめんなさいね、急に引きずり込んで」
後ろに、彼女が立っていた。絵の中のような動きではなく、人間らしい動きをして。
「私の能力よ。絵画の中に人を引きずり込む。逆に、ワイスみたいに絵画から人を出すこともできるの。ワイスは今みたいに勝手に出ちゃうこともあるけどね」
不思議なものだ。今日だけで色々な不思議に出会ったが。
「ワイスを捕まえてくれてありがとう。そろそろ出る?」
「…そうだね」
「分かったわ。じゃあ…お帰りなさい」
その瞬間、いつもの見慣れた景色に戻る。後ろを向くと、絵画の中で彼女は鎮座していた。
「ここを離れて明日まで戻ってこないなら、白い布をかけて頂戴。絵画に日光は大敵よ」
…そんな話を本か何かで読んだことがある。本だけではないか。親にも聞いた。
「うん。…おやすみ」
「おやすみなさい」
白い布を掛けると、彼女は何も言わなくなった。そんな部屋が居心地が悪くて、すぐに裏の家の方へ行った。
早く夜飯を食べて、風呂に入って寝よう。今日はもう疲れてしまったから。
はい、こんな感じで行かせてもらいます。
もう1話ぐらい挟むかも。