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紅の趣第2話 「決断」
テル
紅の趣2
ハルは墓の前に座り込んでいた。
土を盛り、小さな木の祠を二つ立てただけの簡素な墓。
そこに眠るのは、母とカルだった。
朝の風が吹くたび、まだ乾ききっていない土が静かに舞う。
「…………」
何も浮かばない。
ありがとう。安らかに。ごめん。
どれも違う気がした。軽すぎる。
母を斬った。カルを守れなかった。
そんな自分が、何を書けばいい。
「……出てこない」
その時、瓦礫を引きずる音が近付いてきた。
ギギ……ギギ……
振り返ると、ラカールが機械人間の胴体を引きずっていた。
「おい」
ハルを見る。
「まだ泣いて──」
「墓に書く言葉が思いつかない」
「……は?」
ラカールは本気で困った顔をした。
「泣いてるんじゃないのか」
涙は、昨夜どこかへ置いてきたらしい。
ラカールは何も言わず墓を覗いた。
木札には、結局こう刻まれていた。
――我が唯一の良心、ここに眠る。
――我が一人の親友、ただ安らかなれ。
しばらく見つめたあと、ラカールは肩をすくめる。
「十分だ」
「そうか?」
「墓なんて、生きてる人間の自己満足だ。」
ラカールは、ハルの肩を軽く叩いた。
「身も蓋もないな」
「死人は読まないからな」
風が吹く。
しばらく二人とも黙って墓を見つめていた。
やがてラカールが後ろを指差す。
「それより、こいつを見ろ。」
昨日倒した機械人間だった。胴体だけになっている。
ラカールは胸に貼られた金属板を剥がした。
そこには番号が刻まれていた。
No.34
「番号?」
「個体番号だ」
ラカールはそれ以上説明しない。
「昨日の奴は三十四号型らしい」
「型?」
「もっといる」
その一言だけで十分だった。
ハルは思わず黙る。
三十四号ということは、それ以上いる。
そんなものが世界を歩いているのか。
ラカールは胴体を瓦礫へ放り投げた。
「長居はできない。ここを襲った以上、また来る可能性がある」
ハルは振り返る。
昨日まで村だった場所。酒場。薪割り場。
全部、瓦礫になっていた。
そこへ自然と足が向く。
崩れた酒場。屋根は半分落ち、壁も焼け焦げている。
足を踏み入れると床板が軋んだ。
誰もいない。
昨日まで聞こえていた母の声も。カルの笑い声も。
もう、何もない。
カウンターは倒れ、棚は崩れ、割れた酒瓶が床へ転がっている。
その奥に、小さな鍋が見えた。不思議なくらい綺麗だった。
ハルは静かに拾い上げると、柄には、小さな傷があった。
幼い頃、自分が落として付けた傷だった。
『あーあ、母さんの鍋……』
泣きそうになる自分へ、母は笑った。
『物は使えば傷つくもんよ。大事なのは、最後まで使うこと』
ハルは鍋を見つめたまま目を閉じる。
「……ごめん」
掠れた声が漏れる。
「最後まで守れなかった」
鍋を持っていこうとは思わなかった。
それを持てば、ここへ帰りたくなる。
静かに元の場所へ戻し、店を出ようとした。
その時、足元で何かを踏んだ。
見ると、土に半分埋もれた木札があった。
ハルは拾い上げ、煤を払う。
そこには懐かしい文字が残っていた。
『オオツ村酒場』
母が開店の日、自分で彫った看板だった。
ハルはしばらく見つめる。
それから墓の前まで歩き、木札を土へ立てた。
「……これでいい」
ラカールは何も言わない。
ただ黙って待っていた。
ハルは最後に村を見渡す。
壊れた家。焼けた酒場。倒れた柵。
昨日まで確かにあった生活。
もう戻らない景色。
腰には布で巻かれた紅剣。
ハルはそっと柄へ触れた。
「行こう」
ラカールは静かに頷く。
「ああ」
二人は歩き出した。
振り返る者はいなかった。
朝日だけが、灰になった村を静かに照らしていた。
ーーー
二人は村をあとにした。
崩れた石畳を抜け、灰色の荒野へ足を踏み入れる。
風が吹く。乾いた土が舞い、朽ちた建物の骨組みだけが遠くまで続いていた。
しばらくして、ハルがぽつりと呟いた。
「……どこへ向かう?」
「京都だ。」
ラカールは迷いなく答えた。
「京都?」
「一番大きな都市だ」
ハルは驚いた。
「まだそんな町が残ってるのか」
「旧文明の都市を利用して、人間が作り直した」
遠くを見れば、崩れた高速道路が地平線まで続いている。
その上を、風だけが渡っていた。
「そこへ行けば何か分かるのか?」
「少なくとも、お前の持っている剣についてはな」
ハルは無意識に腰へ手を当てた。布で巻かれた紅剣。
昨日から一度も触れていない。
「この剣……本当に何なんだ」
ラカールは少しだけ考える。
「俺も全部は知らない。知っているのは、この剣が『天哭』と呼ばれる封印物だということだけだ」
その言葉だけで嫌な記憶が蘇る。
父の言葉。母の血。カルの最期。
ハルは拳を強く握った。
「そういえば…」
ハルは言った。
「昨日のはなんだ?こうやって、光がバーンと出たやつ」
ハルは身振り手振りを交えた。
「歪算、あれは理式だ」
「理式?」
聞き慣れない言葉だった。
「魔法みたいなものか?」
「違う。」
ラカールは首を横に振る。
「理を式として組み立て、世界へ干渉する技術だ」
ハルは眉をひそめた。
「全然分からん」
「分からなくていい。俺も最初はそうだった。」
その笑顔を見て、ハルは少し意外に思った。
この男も笑うのか。
そんな当たり前のことが、不思議だった。
「京都には、その理式を学ぶ学院がある」
「学院?」
「ああ」
「お前はそこで学んだのか」
「今も所属している」
ハルは思わず立ち止まる。
「じゃあ学生なのか?」
「いや……」
かなり若いが、学生というほど若いわけではなさそうだ。
ラカールは苦く笑った。
二人は再び歩き始める。
道端には、錆びついた自動車が横転していた。
窓ガラスは割れ、車内には草が生えている。
その向こうには、崩れた駅舎。
線路は途中で途切れ、大木がその上を覆っていた。
「昔は人が大勢いたんだろうな」
ハルは呟く。
「いただろう。今より、ずっと」
しばらく歩く。
空はどこまでも灰色だった。
鳥の声は聞こえない。
聞こえるのは風だけ。
「……家族は?」
思わず口にしてしまった。
ラカールは少しだけ足を止める。
「もういない」
それだけだった。
深くは語らない。
だが、その五文字だけで十分だった。
「悪い」
「気にするな。学院には仲間がいる」
少しだけ笑う。
仲間。
自分にはカルがいた。
母もいた。
けれど――。
「……仲間、か」
その言葉だけが、妙に胸へ残った。
ーーー
昼過ぎ。
二人は崩れた橋へ辿り着く。
川沿いを歩いていると、小さな人影が見えた。
十歳くらいの少女だった。 網を持ち、水辺で魚を獲っている。
ハルは少し安心した。
「人がいる。」
だが、ラカールの表情は変わらない。
少女がこちらへ気付く。 目が合った。
次の瞬間だった。
少女は網を捨て、全力で森へ走っていく。
「え?」 ハルは思わず声を漏らした。
「俺たちを見て逃げた?」
「違う。」
ラカールは周囲を見回す。
「俺たちの後ろを見て逃げた」
ハルが振り返る。 誰もいない。
風だけが吹いている。
「何も……」
ラカールは静かに腰へ手を伸ばした。
「静かにしろ」
その声は、村で機械人間が現れた時と同じだった。
緊張が走る。 ハルも無意識に紅剣へ触れる。
「抜くなよ」
「あぁ」
辺りは不気味なほど静かだ。
遠くで、空き缶が転がる音がした。
ハルは音のした方を見る。 緑に覆い尽くされ、崩れたビルの屋上。 そこに、一人の男が立っていた。
長い外套。後ろで束ねた黒髪。肩には古びた長銃。
男は二人を見下ろし、ゆっくりと笑う。
「やっと見つけた」
ラカールは小さく舌打ちした。
「……賞金稼ぎか」
男は銃を肩へ担ぎ直す。
「違う」
その笑みはどこか楽しげだった。
「俺は依頼を受けただけだ。ラカール・ビョウカン。そして——」
男の視線がハルへ向く。
「天哭紅剣の所有者。お前たちを京都へ行かせるわけにはいかない」
男は瓦礫の上にしゃがみ込み、ライフルを肩へ掛けた。
撃つ気配はない。ただ、二人を観察している。
「……驚いたな。」
男は笑った。
「紅剣の継承者なら、もっと化け物みたいな奴を想像してた。だが、ただのガキじゃねぇか」
ハルは何も答えない。ラカールが一歩前へ出た。
「名前は?」
「名乗る必要があるか?」
「殺すやつの名前ぐらいは覚えておきたい」
男は肩をすくめた。
「景気の悪い旅人だ」
少しだけ間を置いて、
「レヴァンだ……」
ラカールは頷きもしない。
「賞金稼ぎじゃないと言ったな」
「ああ」
「じゃあ誰に頼まれた」
「守秘義務って知ってるか?」
沈黙。風だけが吹く。
やがてレヴァンがため息をついた。
「貴族に、雇われた」
「京都のか?」
「正解。依頼主は人間だ」
ハルが顔を上げる。
「人間……?」
レヴァンは頷く。
「紅剣を欲しがるのは機械だけじゃない。金持ち。研究者。宗教家。武人。蒐集家…」
「いっぱいいるな」
ハルが興味げに呟くと、レヴァンはハルの腰を見て指差した。
布に巻かれた紅剣。
「それ一本で、国が買える」
ハルは眉をひそめた。
「嘘だろ」
「信じられないか?」
「当たり前だ」
その瞬間だった。
レヴァンが、ライフルを向けた。音も、ない。
次の瞬間、無数の弾丸が飛んできていた。
ハルは横に避けようとしたが、体が動かなかった。
頭は動いても、手足が動かない。
ラカールの手から、青白い光が起った。
そしてそれを、ハルの前方に向ける。
ハルの胴体を貫通するはずの弾丸を、吹き飛ばしていた。
レヴァンは舌打ちする。
「俺は、理式を使える」
ラカールが、ハルの前をゆっくり歩く。
踏まれた草は、次の瞬間には舞っている。
「銃弾など、かわせる」
ハルは目を見開いた。
凄まじい気配だった。ラカールの全身を、覆っている。
「まぁ、こんなもんだろうな」
レヴァンは、そう言った。
「…どういう意味だ?」
「今日は戦いに来たんじゃない」
「……何?」
「顔を見に来ただけだ」
ラカールの眉が動く。
レヴァンはハルを指差した。
「本当にあのガキなのか。それを確かめたかった」
そう言うと踵を返す。
「待て!」
ハルが叫ぶ。
レヴァンは振り返らない。
「父さんを知ってるのか!」
足が止まる。
ほんの一瞬だけ。
「……知ってる」
ハルは思わず一歩踏み出した。
「どこにいる!」
レヴァンは振り返らないまま答えた。
「その質問は、京都でしろ。きっと面白い答えが返ってくる。」
そう言い残し、瓦礫の向こうへ姿を消した。
「追うぞ!」
ハルは地面を蹴った。
「やめろ」
だが、ラカールは手で制した。
「なんで」
「あれは囮だ。他にも、仲間がいる」
「囮?」
「一人で仕留めにくるか、普通?」
言われて、ハルは立ち止まった。
「敵は、機械だけじゃない」
ラカールは京都の方角を見つめる。
「あいつは偵察役だ。紅剣を持つ少年がいると、知れ渡った」
ハルは腰の紅剣に目を落とした。
ラカールの言葉が、静かに草原を靡かせていた。
ーーー
日が沈み始める頃、二人は崩れた駅舎の跡へ辿り着いた。屋根は半分落ちていたが、壁だけは残っている。
「今日はここだ」
ラカールが荷物を降ろした。
「こんな所で寝るのか?」
「野宿よりはマシだ。風を防げるだけ十分だろう」
ハルは辺りを見回した。壁には錆びた看板が残っている。文字はほとんど読めなかった。
「昔は人がいっぱいいたのかな」
「いただろうな」
ラカールは落ちていた木片を集め、小さな火を起こした。
ぱちぱちと薪が鳴る。ハルは火を眺めながら尋ねる。
「危険な旅か?」
「敵は、いる。レヴァンみたいなやつだ」
ラカールは火へ細い枝を投げ入れた。
「だが、危険なほうが面白い。生きてる実感が湧く」
その言葉に、ハルは何も返せなかった。しばらく沈黙が続く。
やがてラカールが懐から小さな金属製の水筒を取り出した。
「飲むか」
「水?」
一杯飲む。冷たくて、思っていたよりずっと綺麗な水だった。
「どこで汲んだ?」
「学院の浄水施設だ」
「そんな物があるのか!?」
ハルは驚いた。村では、水は湖で汲んでいた。
「動いている施設はごく一部だ」
ラカールは空を見上げる。
「だから京都には人が集まる」
「残されたのは、辺境の村だけか」
「そうだ」
短い返事だった。
ラカールは外套を頭まで被る。
「俺は寝る。
「分かった」
焚き火の火が揺れる。
その赤い光を見つめながら、ハルは布に包まれた紅剣へ目を向けた。
今夜も抜くつもりはない。
二度と、あんなことは繰り返したくなかった。
京都では、何が待っているのか。
ラカールも、ハルも、まだ知らなかった。
そこに小さな拠点があった。
木造の建物だ。
門をくぐると、外の気配はすっと遠ざかり、空気までもが静まり返ったように感じられる。
石畳の小道の脇には、手入れの行き届いた松や椿が並び、朝露を残した葉がきらりと光っている。庭の奥には小さな池があり、鯉がゆったりと水面を揺らしていた。
正面の本堂の縁側からは、古びた木の香りが漂う。庭全体が一枚の絵のように広がり、遠くの杉林からは、かすかに風が葉を揺らす音が届いていた。
ラカールが言う。
「寺みたいだな。懐かしい……灰灯だ」
ハルは聞き返した。
「なにそれ」
「組織の名前だ」
ラカールは歩きながら答える。
「理式師の集団で、この辺りで唯一、機械人間に対抗できる連中だ」
ハルは周囲を見回した。
人の姿は見えない。
「何人いるんだ」
ラカールは答える。
「五人」
「は?」
ハルは思わず声を上げた。
「少な」
ラカールは苦笑する。
「だからこそ、まだ生き残っている。先代から続く組織だ。ついでに漢字表記まで残ってる」
「漢字?」
ハルは首を傾げた。
二人は本堂へ入る。
ラカールが言った。
「隊長の神代浩壱(かみしろ こういち)は気難しい人だ。機嫌を損ねるなよ」
襖の前でラカールが立ち止まる。
「入ります」
すると、中から声がした。
「入れ」
襖を開く。
部屋の奥に、一人の男が座っていた。
灰色の髪。
鋭い目。
灰灯の隊長――神代浩壱だった。
神代はハルを見る。
数秒の沈黙。
そして言った。
「なぜ戻ってきた。ラカール」
神代の視線がラカールへ向く。
「……気が変わった」
神代が手を向けた。
「理式、傀儡追影(くぐつついえい)」
ラカールの背後に黒い気配が立ち込める。
それは一瞬で具現化し、甲冑を着た不気味な侍が現れた。
侍は刀を抜き、凄まじい速さで振り下ろす。
刃はラカールの首筋の直前で止まった。
「またやり合う気ですか。昔みたいに」
ラカールが言う。
神代は静かに答える。
「もう一度問う。なぜ戻ってきた」
二人の視線が交錯する。
その場に張り詰めた空気の中で、ハルはただ立ち尽くしていた。
(これが……理式師同士の戦い)
侍が再び刀を構えた。
ラカールが口を開く。
「天哭紅剣を見つけた」
侍の刀は直前で止まった。
神代が手を下げると、侍は黒い煙のようになり消えた。
「それが……紅剣か」
神代の視線がハルの腰へ向かう。
「少年、名は?」
「あ、草薙・ハルだ」
「漢字表記か」
「苗字だけ」
「そうか」
神代は小さく息をついた。
「聞こう。お前は人を殺したか」
ハルは迷わず答えた。
「殺した」
静かな空気が流れる。
神代は続けた。
「なぜだ」
ハルは少し考えて言う。
「みんなを助けるため」
神代は首を傾げる。
「本当に?」
沈黙。
神代は次の質問を投げた。
「では、ではなぜ母も死んだのか」
ハルの目が止まる。
「どうして、それを――」
笑って忘れようとしていた母の死。
だが消えるわけがない。
一度掘り起こされると、記憶が連鎖して蘇る。
神代は静かに言った。
「お前の剣が原因だろう」
空気が重くなる。
「助けるために振った剣。だが力を制御できず、村は滅びた。お前のせいだな」
「違う!」
とっさにハルは叫んだ。
「傀儡追影」
ハルは背後を振り向いた。
(いない……?)
そう思った瞬間、腹に衝撃が走った。
そのまま庭まで吹き飛ばされる。
ゴリラのような獣に殴られたのだ。
(これも理式かよ……)
ハルは立ち上がる。
神代が言う。
「傀儡追影が背後から来るとは言ってないぞ」
獣が突進してくる。
ハルはとっさに避けた。
神代が言う。
「答えろ。お前は何のために剣を振った」
攻撃が来る。
ハルは腕で防ぐ。
自分を守ろうとしたのではなかった。
「助けるためじゃない」
ハルが言うと、神代が再び聞く。
「じゃあ何だ」
ハルは静かに言った。
「止めるためだ」
風が吹く。
「俺は、殺されるのが嫌だった」
神代は黙る。
ハルは続けた。
「カルも、母さんも、俺も。みんな弱かった」
静かな声だった。
「だから終わらせるために振った。一か八か、自分が止めるしかなかった」
神代は少し笑った。
「なるほど。まさしく英雄だな」
ハルは首を振る。
「違う。俺はただ、生き残りたいだけダ!」
神代は理式を解除した。
獣は黒い渦になり消えた。
「もういい。合格だ。仲間として歓迎しよう」
投げやりな口調でそう言った。
「は?」
ハルは首を傾げる。
神代は言う。
「正義を語る奴は信用できない。生き残りたいと言う奴の方が強い」
ラカールが言った。
「最初から不合格にする気はなかったでしょう?我々のことも、最初から見ていた」
神代は肩をすくめた。
「鋼天機構が核戦争を起こした三百年前以来だ。天哭紅剣を持つ者の話を聞いてみたかっただけさ」
ハルは驚いた。
「三百年? 核戦争?」
神代は続ける。
「今の世界が荒廃しているのは、三百年前の大戦争のせいだ。鋼天機構が起こしたらしいことは分かっているが、詳しい理由までは分からない」
そして言った。
「その三百年前、紅剣を扱う使い手がいた。だが、それ以降その者と紅剣の消息は途絶えた」
神代はハルを見る。
「そして今、その紅剣がお前の手にある」
ラカールが言う。
「鋼天機構と何か関係があるかもしれないな」
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朝は静かだった。
森の奥にある灰灯の拠点は、まだ眠っているように見える。
薄い霧が庭を覆い、石畳の上に白く漂っていた。
池の水面には朝日がわずかに差し込み、鯉がゆっくりと影を揺らしている。
小川の流れる音だけが、かすかに響いていた。
ハルは井戸のそばで顔を洗っていた。
冷たい水が頬を打つ。
何度か水をすくい、頭にかける。
村にいた頃よりも、空気はずっと冷たく澄んでいる。
背後から声がした。
「早起きだな」
振り返ると、ラカールが立っていた。
眠そうな顔をしているが、目はしっかり覚めている。
「ラカールも早いじゃんか」
ハルは言う。
ラカールはそれには答えず、井戸の縁に寄りかかった。
「神代隊長直々の依頼だ」
淡々と告げる。
「フジ村に居座っている機械人間を討伐する」
ハルの手が止まる。
「機械人間を……討伐?」
ラカールはうなずいた。
「お前は正式な隊員ではない。よって拒否権を認める」
わずかに笑う。
「返答は?」
ハルは少しだけ考えた。
昨日の戦い。
カルの死。
母の死。
そして、あの機械人間。
ハルは立ち上がる。
井戸の水滴が地面に落ちる。
「その討伐」
静かに言った。
「受けよう」
ラカールの口元がわずかに緩む。
「そう言うと思った」
森の向こうから、朝日が差し込む。
霧がゆっくりと晴れていく。
灰灯の一日が、静かに始まろうとしていた。