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お互い様ということでいいですか?
何も起きない
2026/05/24 お互い様ということでいいですか?
下駄箱に手紙が入っていた。「内川さんへ」とあまり綺麗ではない字で私の苗字が書かれていて、ラブレターだろうか、と思いながら自分の教室についたあとで開く。中に入っていた紙には小さな字で数行、文章が書かれていた。
『はじめて、手紙を書きます。
トウトツですが、好きでした。こんなヤツに言われてもうれしくないかもだけど、私も自分でこんなコト言いたくないので、お互い様ということでいいですか?
ところで本当はこれを書いているいまも好きです。
字が汚なくてごめんなさい。(送り仮名あってますか?「汚い」ですか?)
でも「好きでした」って過去形にしたのは、よくあるこれで終わりみたいな決意、カクゴ?です。これを渡したときにあきらめられるみたいな感じです?多分。
だって内川さん彼女いたんですね!初耳でした。先に言って欲しかったです。
終わりです。
1年C組 田中結美 より』
罫線に沿っていないせいで読みにくい字、前後のつながりに違和感のある内容、いきなりぶったぎるような終わり方。そんなラブレターから知性のなさを受け取ってしまい、私は少し口元をゆがめた。それから、田中結美、って誰だっけ、と思考を巡らせた。10秒ほどでああ同じ図書委員のあいつかと至る。ぱっつんと切り揃えられた前髪とやけに長いポニーテール、あまり話したことはないので印象はそれくらいだ。まさかラブレターを書いてくるほど好かれていたとは思わなかった。
そーか、あの子、私のこと好きだったんだな。などと何度か消した跡のあるラブレターを折りたたみながら考える。
それで、私はこれをもらってどうすれば良いのだろう。元のように封筒にしまい、通学カバンに入れて頬杖をつく。「あ、早紀!相田早紀!」ちょうど教室に入ってきた友人に声をかける。
「なに?フルネーム言わなくてもわかるけど。」
私の前の席にカバンを置いて友人は首を傾げた。私はしまったばかりのラブレターを再び取り出し彼女に見せる。「手紙、多分ラブレター、もらったんだけど、これって返事するべきだと思う?」友人は驚いたように何度かぱちぱちと瞬きして、中身見せてよと好奇心旺盛な様子で食いついてきた。減るもんじゃないしいいか…と渡したそれを熟読し始めた友人は、数十秒でうーんと声を上げた。
「なに言いたいのか、わからんね!これ。まあ返事しなくてもいいんじゃない? ていうか内川って彼女いるんだ。」私は頬杖をやめて答える。「しなくていいかーじゃあ次図書委員であったときになにか言われたらそのとき考えることにする。あと、彼女いない。なんで勘違いされてるんだろ。」「彼女いないの?あーたしかに内川の恋愛対象男か。なんでこの…田中さんはそう思ったのか謎だけど。」
友人に返されたラブレターを眺めながら会話を続ける。
「彼氏すらいないし、恋愛系の話も図書室とかでしたことないのになー。」「別の人宛なんじゃないの?田中さん間違えちゃったんじゃない? 同じ内川って苗字の人と。」「だけどこれ下駄箱に入れられてたんだよ? この学年には内川って私1人だし。クラス間違えるとかはあるかもしれないけど学年まで間違える?」「ふーん…なんか下駄箱に入ってた手紙って触りたくないな。」「え、遠回しに? 私への悪口みたいな?」「あぁ別に内川に限らなくてー、間接的に相手の足触ってるようなもんだし。」「潔癖症?」「さあ普通じゃない?」「ていうか図書委員で会うの気まずすぎ。」「いつ?」「今週の金曜。」「やばー。」
友人は言いながらも笑っているけれど、私は本当に笑えない気分で、この手紙ってどうすればいいんだろう、なんて持て余しながらため息をついた。
金曜日の昼休み、私が図書室に行くと、田中結美はすでにカウンターに座っていた。私と目があっても動揺のような反応は見せず、ライトノベルに視線を落としていた。私は少し緊張しながら彼女の横の椅子に腰掛ける。数十秒か1分か、それくらい時間が経って、彼女はふいに顔を上げて私に話しかけてきた。
「あの手紙読みました?」
見た目よりも高い声に一瞬思考が滞ったが私は頷く。あの手紙とはひとつしかないだろう。
「うん。」「どう思いましたか?」「え、どう…?」
どう思いましたか。質問を脳内で反芻する。「驚いた…よ。」結局それしか言えなかった。しかし彼女は満足げに首を縦に振り「そうですか。」とまたライトノベルを読み始めた。私はすこしのあいだ呆然としたあと、そういえば、と口を動かした。
「私、彼女、いない。」
言ってから、ああこれは黙っておくべきことだったのだろうか、と思い至る。彼女が私への気持ちをすぱっと諦めようとしたのは、私に彼女がいると思ったからで、私がそれを否定したらもう諦める理由は無くなってしまうのか。しかしいないとはっきり口にしてしまった今、やっぱりいる!なんて訂正は無理がある。
彼女は目を見開いてそれから笑った。え、なんで笑うの? などと困惑する私は、笑いすぎて彼女の目に浮かんできた涙を見つめることしかできなかった。
図書室ではマナー違反なくらいの笑いを終えて、彼女は言う。
「はー、じゃ、私の勘違いですね、なんで勘違いしたんだろ! まあ私の中では終わったことなので、手紙も捨てていいですよ。あ、でも名前あるし、シュレッダーのほうがいいのかな? シュレッダーって職員室にありますかね?」
数秒ほど脳内に手紙を思い浮かべ答える。
「あっても使わせてもらえないと思う。」
「あはは、確かに!」
彼女はまた少し笑って、ページをめくった。結局どうやって処分したらいいんだろうな、と私は考える。