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風邪。
「…けほけほっ、」
広い部屋に乾いた咳が響く。
「ほら、とりあえずジンジャーティー用意したから飲め」
ジンジャーティーと少しのお粥、そしてブドウ味のゼリーが載ったお盆を持って蓮の方に行く。
「はい」
ジンジャーティーを手渡すと、蓮はなんだか落ち込みつつジンジャーティーを受け取った。
蓮「……ん、あったかい」
こくりと一口飲むと、蓮の顔がふにゃっとゆるんだ。
「よかった。今日は大人しくしてろよ」
蓮「…」
さっきまでふにゃっと笑ってた癖に、俺がそう言った途端にしゅんとしてしまった。
…なんかまずいこと言ったか?
「…蓮、俺なんかしたか」
蓮「……へっ?」
「いやだってさ、さっきから何か落ち込んでるような…」
蓮「…なんでもないから大丈夫、」
「…ならいいが。……おかゆ食べるか」
蓮「…うん、たべる」
レンゲでおかゆをひとくち分掬い、蓮の口元に運ぶ。
蓮の口がうっすら開いて、ぱくりとおかゆを口にした。
蓮「………ん、…ひーくんの味」
「そんなの分かんないだろ」
蓮「ひーくんのおかゆは優しいけど、ちょっぴり塩の味がして卵がふわってしてるの。蓮は、ひーくんのがいちばん好き」
「…」
見事に俺のおかゆの特徴を全部言い当てられた。
蓮「……ひーくん…?」
「あごめん、ぼーっとしてた」
蓮「………おかゆ作らせちゃってごめん、」
「え?」
蓮「……なんでもない」
「…そうか」
思わず聞き直してしまったが、「おかゆ作らせちゃってごめん」って言ったよな。
…なんで蓮は謝ったんだ?
謝ることなんて何もないはず…。
「とりあえず、俺は医者に蓮の薬貰いに行ってくるわ。なんかあったら部屋の外にいる侍女を呼べ」
蓮「……ひーくっ、」
「ん?」
蓮「…………なんでもない」
…やけに今日は“なんでもない”が多いな。
俺は蓮の頭を軽く撫でて部屋を出た。
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「…………なんでもない」
なんでもなくないけど。
ひかるが出て行った扉をしばらく眺めたあと、俺はサイドテーブルに置いてあるカレンダーに目を移した。
黄色で塗りつぶされた星形の印が付いてあるのは今日、5/17。
…ひかるの誕生日。
「……なんで風邪なんてひいたんだろ…、今日までいっぱい用意してきたのに…っ」
熱くなった目頭から雫が落ちて、布団にシミを作る。
今日のために、ひかるの好きなものをさりげなく聞いて買ったり取り寄せたり、会場を手配したり。
騎士団の人や侍女さんたち、お城中の全ての人といっても過言ではないほどたくさんの人に協力をしてもらった。
完璧な計画だったと思う。
…俺が風邪をひくこと以外。
こつんこつんっ
斜め後ろにある窓が叩かれる音がして、俺は振り向いた。
「…ゆに、」
ユニコーンのユニだった。
【どうしたの?元気ないじゃん】
「体調悪いから…」
【ううん、それだけじゃない顔してる】
「…わかる?」
【当たり前じゃん】
「…今日さ、ひかるの誕生日……なんだけど」
【言ってたね】
「……風邪ひいちゃった」
【うんうん…】
「せっかくいっぱい準備したのに……お祝いもできないし看病してるから拘束してるみたいで……」
【たくさん準備してたもんね】
「うんっ….いっぱい準備したのに…蓮がぜんぶ台無しにしちゃったよ……」
【台無しにはしてないんじゃない?準備してきたことは実行できないかもだけど】
「台無しだよ……?だって誕生日なのにひかるがやりたいことやれてない…」
【それはどうかな?】
「…えっ?」
【ふふっ、まぁもーすぐひかるも帰ってきそうだし、直接聞いてみることだね♪】
「え、あ、ユニっ!!!」
キラキラとした粉を纏いながらユニが帰って行った。
…ほんと気分屋さんなんだから………なんて思ってたら急にしんどくなってきた。
「はぁ、……けほけほっ、けほっ、」
岩「蓮、しんどいか?」
「うん………ってえ、ひかるもう帰ってきたの?」
岩「…今の話全部聞かせてもらった」
「………え」
心臓がどきりと跳ねた。
岩「嘘をついてごめん。…蓮の元気がなかったから何があったのか知りたかった」
「…ごめんなさい、」
岩「なんで蓮が謝るんだよ」
「…だって、」
岩「だって?」
「ひかるの誕生日……台無しにしちゃった、」
岩「どこがだよ」
「…っ、ぜんぶ、」
岩「…」
「一年に一度だけの大事な日なのに、……蓮が風邪なんかひいちゃったから台無しにした……せめて看病なんかしないで自分のやりたいことやってほしかったの…」
岩「…」
さっきからひかるは黙って聞いている。
それがなぜだか怖くて、でも申し訳ないしで大粒の涙が再び落ちてきた。
「でもさ、全部蓮がわるいんだよね、」
「ひかるの誕生日ぶち壊して、勝手に泣いて、看病させて迷惑ばっかりだよね………蓮なんていなきゃよかった、笑」
岩「おい」
鋭い声が飛んできて、反射で肩が震える。
「…ひっ、」
岩「“蓮なんていなきゃよかった”?………冗談でもそんなこと言うな」
「…ごめんなさいっ、」
岩「いや、その謝ってほしい訳じゃなくて…。そもそも、俺の誕生日台無しになってねーしなんも迷惑なことないんだけど。強いて言うなら今の発言ぐらい」
「…え、」
岩「あのな」
ひかるはベッドの横にあるスツールに腰掛け、俺の頬をそっと撫でた。
岩「……俺にとっては。“蓮が俺のそばにいる”ってことが最高のプレゼントなんだよ」
「…っ」
岩「毎年毎年、危ないこともいっぱいあって、言い合いして、仕事に追われて、体調崩して。……色々あるけど、5月17日を迎えるたびに俺は思うんだよ。…あぁ、今年も隣に蓮がいる、って」
鼻の奥がツンとして、視界がぼやけ始めた。
岩「そもそも。同じ時代に生まれて、同じ国、場所に生まれて、出会えた事。それ自体がすごく奇跡で、これが起こるのにはとんでもない確率なのに、こうやって今も隣にいられる。蓮を支えられてる。………当たり前じゃないからこそ、この瞬間は奇跡なんだろ?そんな“奇跡”の中で誕生日を迎えられて俺はすごく幸せなんだよ」
「……ひぐっ、ぅっ、」
あまりにもひかるの話が心に刺さって、俺は涙をぼろぼろこぼし始めた。
岩「…泣くなって」
そう言いつつ、ひかるの眼差しがめちゃくちゃ優しい。
「じゃあっ、ひかるの誕生日……だいなし、じゃない、?」
岩「ああ。……むしろ幸せだよ」
「ひぅぅっ、…ふぇっ、」
もー、咳出るし鼻水出るし泣くなよって文句言いつつ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな俺をひかるは全く気にせず抱きしめてくれた。
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「ひかる…?」
「なんだ」
「………たんじょうび、おめでと」
「……今更かよ。………でも、ありがとな」
Snow Manに出会ってから、“当たり前”について深く考えるようになりました。
世の中は当たり前のことばかりのように見えて、当たり前のことなんて実はひとつもない。
全部、奇跡。
9人に教えられたことを、今日も噛み締めながら生きています。