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♥️監:今更かもしれない
監督生だった#ユウ#は、結局元の世界には帰れなかった。
だが、それも大概悪くなかった。何故ならこちらの世界でも、#ユウ#にとって大切なものが両手で抱えても溢れるくらいにはできてしまったからだった。
その中でもエーデュースは特別なんだと思う。あそこでは数々の問題を一緒に解決したし、NRCを卒業し就職した今でも、ひっきりなしに連絡を取り合っている仲だった。
いつものように、#ユウ#はエースと二人きり、自分の家でお泊まり会をしているときのことだった。
「あー……#ユウ#?その“トラッポラ”って苗字呼びさ、止めてくんねぇ?」
もう寝るという時間帯。硬い床に敷かれた布団の上で、エースは頬杖をついてそう問いかけた。少しだけ言いにくそうに唇を尖らせている。
ほんの五センチメートルほどしか離れていない隣の布団で、#ユウ#は何も言わずにエースを見つめる。それにエースはなんだかいたたまれなくなり、#ユウ#から少し目を逸らした。
「いや、なんつーかさ、ちょーっと距離感じるな〜なーんて……」
「ふふ、すっごい今更じゃない?ねぇトラッポラ」
思わず口をついて出たかのような弱々しい言い訳に、#ユウ#はくすりと小さく笑った。その小さな笑みに、エースの心臓は浅ましく跳ねる。
「あ、だからそれだって!それを止めろって言ってんの!呼ばれる度にな〜んか痒いんだって!」
騒ぐ心臓を落ち着かせるように、エースはわざと大声を出す。ずっと前から不満に思っていたことは事実なのだ。今更ながらに目をぱちくりさせた#ユウ#を見て、エースは心底呆れていた。
至って余裕のある所作でいる#ユウ#が気に食わず、横たわったまま器用に距離を詰める。
「オレはお前のこと名前で呼んでんのにさあ、同い年のくせに男を下の名前で呼ぶの、恥ずかしいわけ?お前今何歳だよ」
「じゃあエースも、私のこと名前で呼ばなきゃいいじゃん」
「それは嫌なの!」
今までだって、どれだけ文句を飛ばしてものらりくらりと躱されてきた。それなりに恨みがましいし、やはり恥ずかしいのでは、とエースは意味もなく考えた。
何故か顰めっ面を晒している#ユウ#の片腕を引っ掴んで、勢いよく布団の中から上半身を起き上がらせる。
「ちょ、何すんのさ!せっかく眠くなってきたのに」
「今夜は寝かせねーから」
「ええ?冗談はよしてくれない?」
不可解なエースの発言に、#ユウ#は先ほどよりも更に顔を歪ませた。怪訝そうな視線を向ければ、エースは少し傷ついたように顔を逸らす。
「……わり、今の変な意味とかないから」
「だよね〜、うん」
訂正を聞いた#ユウ#は安心したのか、大袈裟に息を大きく吐き出した。当の本人にとっては、エースは学生時代からのかけがえのない親友であり、逆に言えばそれ以上でも以下でもないのだ。エースはその事実に頭を悩ませている訳だが。
#ユウ#は近い距離にいるエースを押し返すと、何事もなかったかのように再び布団に潜り込む。頭までもがすっぽり覆われた姿の彼女を見てエースは小さく吹き出したが、すぐに目的を思い出す。
少し考えるように顎に手を添えた後、何かを思いついたのかニヤリと口角を上げた。
「#ユウ#、はぐらかすなよ。オレいつも言ってるじゃん、ちゃんと名前で呼べって」
「う〜ん……」
少し冗談っぽく、脅すように布団に体重を掛けたが、#ユウ#は返事の代わりに小さく唸るだけだった。その小動物さながらの姿にエースの欲が掻き立てられ、弄ぶように薄い布団の上を手でなぞった。
「ほ〜ら、言えって。じゃなきゃオレ、このまま#ユウ#に変なことするかも」
#ユウ#の耳があるであろう箇所で甘く囁くと、少し布団がぴくりと動いた気がした。が、すぐに動かなくなる。
(はあ?嘘だろ。コイツ、どんだけオレに心許してんだよ)
それは決して嫌な気分ではなかったが、これからのことを思うとあまりいいことではないとエースは思った。ここまで気を許されていると、むしろ何もできなくなるではないか。無意識に、手元のシーツを強く握りしめる。
「お前さ、ほ〜んと何にも分かってないし。本当の意味で。いつまでも名前で呼んでくんねぇしさ」
「うん……?」
「こっちの気も知んないで、そろそろオレも限界なの」
ぽん、と布団の上から#ユウ#の頭に手のひらを乗せる。何か雰囲気が違うことを察したのか、やっと#ユウ#は布団から顔だけ這い出てきた。
計画通り、とでも思ったのか。エースは嬉しそうに顔を綻ばせ、何かが切れたように胸の内を語り出した。
「ね、そろそろ分かって?オレがお前のことどんな風に見てるのかとかさ、色々あんじゃん?」
「ど、どういう、」
「どういうって……あのさ。異性として、とか。流石に分かるだろ?」
その次に続く言葉を、流石の#ユウ#も予想することができた。
「すき」
いつもの飄々とした口調よりも、百倍も千倍も甘い愛の囁き。
初めて耳にするそれを理解した瞬間、#ユウ#は布団に隠れてしまった。これで三度目になる。
まあこうなるか、とエースは冷静に考えを巡らせる。
「お前は?」
ごく簡単で、かつシンプルなその問いかけ。だが今の彼女にとってはむしろ世界で一番難しく、だからこそ布団の中で逃避行に耽っていた。
まるで世界自体が止まってしまったかのように錯覚するほどの間、#ユウ#はだんまりを決め込んだ。だがそこで負けるエースでもなく、ここまで#ユウ#という天然を相手に戦ってきただけのことはあった。
「エー、ス」
やっと紡がれた、自身の名前。
ぎこちないながらもハッキリと聞こえたそれに、エースは今まで得た喜びでも表現し切れぬような、狂おしい程の愛情で支配されてしまった。
のたうち回る感情と心臓を尻目に、エースはあくまで冷静を装って続きを促す。
「なーに」
「……やっぱり何でもない!」
#ユウ#は、いつの間にか目だけを出して出てきていた。
その澄み切った瞳をただ一心に見つめ、エースは度肝を抜かれていた。
座っている筈なのに、ずるっと足を滑らせてしまいそうになる。
#ユウ#はその激情が混ざり合った視線に耐え切れず、いたたまれなくなりながらもスルスルと布団の中に逃げて行った。だがエースは何もできずにそれを見つめている。
「その……また、ハッキリした時にお返事をいたします」
「……そ」
点になっていた目を元に戻したエースは、特に何も考えずに前髪を整えた。
おやすみ、と忘れずに挨拶を溢すと、布団の中からもくぐもった言葉が返ってきて、自然と笑みが漏れる。
勝利を確信した、と言ってもいい。ここまでやってきたことは無駄じゃなかった。だけどまぁ、#ユウ#の気持ちが落ち着くまで、もう少し待ってやってもいいかな。
いつかその日が来たのたら、今までの分までぜーんぶ、オレが愛してあげるから。
すぐにすーすーと聞こえてきた小さな寝息を聞きながら、エースは一人、愉快そうに笑みを深めた。
そろそろ投稿しようか…と思いまして。
肉食系エースが大大大好きなのでね。可愛いですね。