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第四話:浅草の火花、夜空を彩る墨衣
「――たまやっ! |鍵屋《かぎや》っ!」
浅草の夜空に、威勢の良い掛け声が響き渡る。
今日は浅草の年中行事、大祭の日だ。東京皇国の他の街とは違い、ここ第7の管轄区では、聖陽教会の祈りよりも江戸っ子の心意気が優先される。
「アカリ、準備はいいか」
紅丸が纏を肩に担ぎ、屋根の上から問いかける。
「いつでもいけるわよ、紅。……今日のために、新作を用意したんだから」
アカリは懐から銀の懐中時計を取り出し、カチリ、と蓋を開けた。
止まったままの針を見つめ、深く呼気を吐き出す。その息は、空気に触れた瞬間に淡い極彩色の炎へと変わった。
「焔絵――『|浅草万華鏡《あさくさまんげきょう》』」
アカリが空を指先でなぞる。
墨で描いたような漆黒の線が夜空を割り、そこから雪、月、花を模した炎が次々と溢れ出した。
それは破壊の炎ではない。人々の心を灯し、夜を照らすための「光」だ。
「……すげぇ。本物の花火より綺麗だ」
地上で見上げる子供たちが歓声を上げる。
アカリは屋根の上で、舞うように指を動かし続けた。集中する彼女の横顔は、いつもの「世話焼きおかん」の面影はなく、神聖なシスターのようにも見えた。
「――っ」
不意に、紅丸の手がアカリの肩を抱き寄せた。
強引な力に驚き、アカリの集中が途切れる。
「……なに、紅? 邪魔しないでよ、今いいところなのに」
「……男どもが、お前ばっかり見てるのが癪なんだよ」
紅丸は顔を背けたまま、低い声で吐き捨てた。
アカリの美しい演舞に、町中の男たちが(そして第8の森羅たちまでもが)見惚れているのが、どうにも気に入らないらしい。
「え、それって……嫉妬?」
「……うるせぇ。算術出すぞ」
「ここで!? 出さないでよ!」
アカリの顔が、空の炎よりも赤く染まる。
紅丸の「本気の優しさ」は、アカリにとって最大の弱点だ。ノールックガードも、こればかりは防げない。
「……若も、素直になればいいものを」
下で酒を酌み交わしていた紺炉が、呆れたように空を見上げた。
「『紺炉が、アカリを誰にも渡すなって言ってた』とでも言えばいいのになぁ」
祭りの夜、二人の距離は、あと数センチがどうしても縮まらないまま。
だが、アカリの描く焔の花は、いつまでも浅草の夜空に美しく咲き誇っていた。
🔚