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【曲パロ】ジェヘナ
最高な原曲様リンクです。
https://m.youtube.com/watch?v=7Y9sJvLI3Po&pp=ygUM44K444Kn44OY44OK
「…もしもし。やっと電話出たじゃん。もう、心配だったんだぞ?って、言いたいことがある?何だよ?…え?余命、宣告されたって?ちょっと待てよ、嘘だよな?」
「…嘘じゃないよ。もう回復の見込みはないって。だから終わりにしよう。私たちの関係。」
「え…あ、うん。」
スマートフォンを叩きつけるように置いて、私はベッドに倒れ込んだ。
これで終わりだ。何もかも。
ただ、あとはその日を待つだけ。
ぼーっとベッドに転がって夕陽を眺めていたその時、アイツが入ってきた。
「やあやあ、元気?調子はどうだ?」
「…そういうのもうやめてよ。私に未来がないことぐらい分かってるでしょ?」
くすくすと笑いながらすぐそばの椅子にアイツ…広野は腰掛ける。
「…で?検査の結果は?」
「…何も聞くな」
ぷいとそっぽを向いた。
「だろうと思った」
「…それさ、余命宣告された人に言う言葉?」
呆れたように私は呟く。
「ごめんってば。…おい、聞いてる?…寝てる…。」
どうせなら寝たふりをしよう。広野はデリカシーがないのだ。少しぐらい復讐しても…いいよね?
響く足音。どうやらもう出て行ったようだ。
「…はあ。」
私はどうして、こうなってしまったのだろうか。
大学を卒業した。
私は広告関係の会社に入社した。
休みもそこそこ多い。面接官さんも凄く優しそうだった。
値踏みされるような視線も感じたし、歓迎会での思い出もあまりいいものではなかったけれど、これからのためならと私は我慢した。
…まあ、元々の募集内容とはかけ離れていたし、「優しそう」というだけだ。現実はそんなに甘くはない。後悔してももう意味はない。
要するにブラックである。
先輩を仕事でフォローし、先輩はその成果を見せ悦に入り、私は何も評価されない。残業が増えていくだけだ。
「昔は僕たちもこんなに仕事してたんだよ?」
そんなことを共有しなくてもいいのに。
「もう仕事やめます。」
その一言を言えば良いだけだった。
はは。そうだよ。こうなったのも正真正銘全部私のせいだ。
若い女性が余命宣告をされて命を落とす。
そんな話聞いたことあるんだよ。
だから…私を気にかける人など、誰もいない。
決断していれば。単純明快なあの一言を言っていれば。
「こうあるべき」という理想にとらわれていなければ。
私は余命宣告なんてされなくても良かったのかもしれない。
この病院に来てからついた傷を眺める。自分でつけた傷。
…今は逃げる勇気もない。
もう。はやく。もっと。
堕ちてしまえたらいいのに。
「生きていたいよ。」
声に出るのは私の気持ちとは真逆の言葉。
こう言ったって私の病気は肺を蝕み、少しずつ息ができなくする。
「…こんなの理不尽だよ。」
小さな声は夜の闇に溶けて行って、後には孤独だけが残る。
…本当は、私は生きていたいんじゃないか。
この病を恨んで、これからも笑って当たり前のようにいろんなことができる人々を恨んで。
「負の感情は捨てろ。ただエネルギーを使うだけだからな。」
広野の声が心の中で今も響いている。
そんなに簡単に私は感情を捨てられないよ。
「生きるしかないのかな」
疑問符はつけられなかった。
だって、広野のあの言葉を私はまだ信じたかったから。
「俺らは生きてていいんだ」
「おはよう」
散歩がてら院内をふらふらしていると、今日も広野が声をかけてきた。
「おはよう」
自販機に小銭を投入し、温かいコーヒーを取り出しながら返事をした。
「もうそろそろクリスマスだな…。」
煌びやかに飾り付けられたクリスマスツリーを眺めて呟く。
「そうだね。…まあ、私は来年もそれを迎えられるかどうかも分からないんだけど。」
「はは…そうだな。俺もだよ。」
街の外は暗くなったらきっと、恋人たちで溢れるのだろう。
寂しく終わりを待つ私たちなんていないように、きっと振る舞う。
「それで…そっちの方はどうなんだ?彼氏いるって言ってただろう?」
「ああ。まだ恋愛なんかに執着してるんだ。もう私たちに未来なんてないのに、恋愛なんかにうつつを抜かしている暇なんてないでしょう。暇だけど。」
呆れたように見つめる広野。
「そんなこと言って…付き合ってたやつとはどうなったんだ?って訊いてるんだよ!」
「…何も言うな」
「…そういうことか」
ふいとばつが悪そうに目を逸らす広野に声をかけた。
「別にいいよ、元々浮気されてたし。ブラックに勤めてたんだから恋人に割く時間とかなかったからね。しょうがないよ。」
突然真剣な顔になったアイツ。
「…そんなもんなのか?本当はまだ彼氏のこと、好きだったり」
「しないよ。じゃ」
即座に続きの言葉を言わせないようにして、そのまま部屋へと戻った。
「…。」
平静を装った。
部屋に入って、近くの椅子に座った。昨日アイツが座った椅子だ。
コーヒーの容器を開ける。今日は上手く開けられなくてイライラした。
すでに冷めている。
ちまちまと飲みながらスマートフォンのメッセージアプリを開く。
「…まあそうだよな」
何も着信は来ていない。最初の方こそ届いていたのだが、今はアイツからしか来ない。無性に腹が立つ。
でも、心の中ではどこか分かっていた自分がいた。
まだあの人々には将来がある。希望がある。笑顔がある。
だからだ。
もう終わる存在である私に連絡するわけがない。
そうか。
私は嫉妬しているのか。
一生懸命勉強して、受験して。他の奴らが四苦八苦している傍らで、友人や彼氏が出来た。
でも今はどうだろうか。
仕事に縛られて浮気されて。その末に余命宣告されて。自暴自棄になって自傷して、他の奴らが人生を楽しんでいる傍らで、私にはタイムリミットが近づいている。
「私、今度ハワイ旅行に…。」
「私は今度結婚式!」
私の前であからさまに幸せを語って。もう満足したなら帰れ。
「あのね、病気になったからって人生を悲観しないでね?人生って言うのは…。」
すごくためになった。感動したよ。でももう満足したなら帰れ。
…嫌なことを思い出したな。
負けた。人生は勝負じゃないと分かってるけど、負けた。
コーヒーを一気に飲み干した。少しだけ酔いしれた気分になれた気がした。
酔いしれた。確か、アイツとの出会いの時も私は酔っていたな。
|真っ黒に濁った会社《ブラック企業》でまだ過ごしていた時のことだった。
「はぁ…。」
会社と居酒屋、たまに家をリレーしていた日々。
今日もどうせ家に帰って寝る時間なんてない。
だから私は居酒屋で酒を飲んでいた。
いやいや、明日も仕事があるだろう?そう思ったが理性は勝てなかった。
|アルコール《酒》で消毒すると気持ちいいし、何も考えなくて良かった。
大きな川に身を任せていられるようで。
どんどんどんどん、私は堕ちていった。
…今思えば、この習慣が悪かったのかもしれない。
「おい、起きろよ」
「んにゃ…?」
せっかく気持ちよくうとうとしてたのに。誰だ、この幸せな時間を壊したのは?
そう思って声をかけた人物を睨みつける。
「誰、あなた」
「は?同じ会社で働いてる広野だよ、|広野愛人《ひろのあいと》。」
広野愛人。そういえばそんなやついたな。
「で、何?」
「はあ…せっかく仕事に遅れないように声かけてやったのに。何だよその態度は?」
仕事に…遅れる?
ばっと立ち上がって時計を見る。時刻は出勤時間になるところだった。
「…嘘でしょ?」
「ほら、そうと決まれば早く行くぞ、|生田希美《いくたのぞみ》。」
「…呼び捨てやめろ!」
キッと睨み返して素早く荷物をまとめる。
そんななかで私はこの場に合わない感情を抱いていた。
私の名前を覚えてくれている人がいる。
私は名前で呼んでもらえる。
職場ではいつも「お前」とかだった。
そんな私でも…私の名前を覚えてくれている人がいるなんて。
広野愛人…だっけ。名前、覚えておこうかな。
私ってちょろいなと思いながらも、少し心のもやが晴れた気がした。
「!?」
寝覚めは最悪だ。薬の副作用で起きたのだから、当たり前だろう。
いつしか寝ていたようだ。夢の世界は広野がいたから…少しだけ、楽しかった。
「ううう…。」
気持ち悪い。下手したらこのまま吐きそう。息が苦しい。
こんな思いまでして延命する意味なんてあるのだろうか。体はすでに悲鳴を上げているというのに。|DNA《聖書》に|地獄《ジェヘナ》は刻まれているのに。
でも、やっぱり。
「生きていたいよ」
…なんでだろう。やっぱり思うのは正反対の思いだ。
違う。違う。
「私」が声をあげる。
「生きていて…痛いよ」
生きているだけでダメージを負って、苦しい思いをして。痛い。痛い。痛い。
それでも生に執着する自分が…痛い。
「…。」
生きていたいという本能。
生きることを怖がる理性。
幸せを疑う「私」。
能天気に天国はあるのか考える「私」。
生きたい「私」。
〈不適切な発言〉「私」。
分からない。私はどうしたいのか。生きていたいのか、〈不適切な発言〉。知りたいのか、知りたくないのか。
衝動的にハサミを取り出して、そして…。
「おい、生田?いるか?…何してるんだよ!」
ギリギリで広野に止められてしまった。
「ひろ、の…?」
「何やってるんだよ!この馬鹿!」
「いてっ」
デコピンされた。温かい痛みだった。
「…私、は。」
夕暮れの病室に、差し込む太陽の光。頬が優しく照らされる。
「生きていたいよ…!なんにも希望なんてないけど…生きていたいよ!」
体の中で本能が渦巻いている。
「でも…やっぱり生きてたくない!もう消えたい。でも生きてたい。生きたいよ…!」
「…俺たちは。怖がりで、みっともなくて。本能に逆らえないから…生きていくしかないんだ。『生きてていい』んじゃなくて、生きないといけない。」
「…嘘つき」
小さな声でつぶやいた。彼が私を守るために発した言葉だったとしても、騙されたのはすごく悔しくて、痛いぐらいの悲しさがあった。
「…騙してごめんな…。…もっと早く言えなくてごめんな…。」
静かな病室に2人分の泣き声が響く。
私たちは2人で、苦しんできた。
会社の暴力に、病気の暴力に、言葉の暴力に。
同じ道を辿って、同じ道で苦しくなって…。
これは本当は、悲しいことなんだと思う。
でも。私の中では。
同じく辛い思いをしてきた、広野だけが…。
友達だと思えた。
「…今度、コーヒー奢ってくれたら許す。」
「…え?…ふっ…あははっ…はは、は…!分かった。奢るよ。」
「…それで良し。」
泣き笑いをした私たちは、明日もまた|地獄《ジェヘナ》の中で生きていく。
大切な…友達と共に。