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哀れな彼に、救済を。
手抜き
─何処かの国に存在する、一つの商店街。
空が闇に包まれ、星々が遥か彼方で光り輝く中、その商店街には人々の賑やかな声で溢れている。
楽しい、嬉しい、そんな綺麗な感情しかなく、悲しみ、憎しみ、怒りといった負の感情が一切そこには存在しない。
まるで、その『`負の感情を失ってしまった`』かのように、一ミリたりともない。それが、酷く不気味で、吐き気がしそうなくらい不快だった。
「……ハッ、気色悪い。」
俺は仮面の奥で、そう誰にも聞こえない小さな声で吐き捨て、見下すように口元を歪めて笑った。
いや、【`最初から笑っている`】。
こんな現実を認めたくない。俺が生まれた時も、親も兄弟も全員、ずっと笑っていた。完璧な仮面をその顔に貼り付けたかのように、一切笑みを絶やすことなく、俺を見て育てていた。
誰かが死んだり、怪我をするような不幸に陥っている時でも、ずっと、ずっと笑い続けている。
当時幼い俺はそれが理解できなかった。何故そこまで「`笑う`」という事にこだわり、執着し続けるのか。
だから、家族が笑って此方を見て何かを喋る時も、俺は顔を引き攣らせながら笑い返し、相槌を打って、何とかやり過ごしてきた。
【`こいつらと同じになりたくない`】そう思いながら。いつか、大人になってこんな不気味な場所から出るんだ。
─そう思っていたのに。
成人してやっとあんな家から抜け、都会に来たある日、オレは気づいてしまった。
交差点を歩き、スマホを見ている途中、ふと顔を上げると、
サラリーマンも、女子高生も、小学生も、皆、「`笑っている`」。
あいつらと同じように、仮面を貼り付けたかのように、笑っている。しかも、そんな中で一人、笑わずにいる俺に気づいたかと思えば、一斉に、此方を見てくる。目を極限まで見開いて、オレを凝視してくる。
数千人、数万人もの視線が全部、オレだけに集中していた。さらには、動物も、画面の中にいるアニメキャラも、全て。
【`オレを、見ている`】
まるで、【`お前は笑わないのか?`】とでも言うように。
「っあ……。」
喉から掠れた声が出て、額に冷や汗が一筋浮かび、頬を伝って落ちる。
スマホを持つ手がガタガタと痙攣するかのように震え、瞳の焦点も段々合わなくなってきた。
心拍数は上がり、心臓が早鐘を打つように鼓動する。吐き出す息も震え、やがては吹く風によってかき消される。
「(落ち着け、落ち着くんだ……。)」
心の中でそう自分に言い聞かせ、胸を押さえて深呼吸をする。何とか呼吸も落ち着いてきた。
だから、オレは、必死に、口角を少し上げて、作り笑いを浮かべた。
するとさっきまでオレを見ていた連中は、オレから目を背け、視線を外す。
オレはそれを見て、作り笑いを消そうと、力を抜いた─
はずだった。
全く戻らない。笑った状態で固定され、いくら戻そうとしても、表情筋はビクともしない。
嫌だ。あんな奴らと、同じになりたくない!
オレは、オレのままでいたい!あんな貼り付けた笑顔のまま生きたくない!
心の中でそう叫んでも、オレの顔に張り付いた笑顔は変わらない。
絶望に目に涙溜め、涙が頬を、顎を伝って落ちる。
顔を上げれば、さっきまでオレを見て、視線を外していた連中がオレを囲うようにして集まり、オレを笑顔で凝視する。
「`君も、一緒だね。`」
そう祝福するように、手をパチパチと鳴らして拍手する。数万人が拍手する乾いた音が、重なって爆音となってその場に響く。
耳がキーンとして痛い。しかも間近でそれを聞いている為、鼓膜が破れそうだった。
助けを求めようにも、辺りには、オレ以外にまともな人間はいない。いや、オレさえも、まともではないのかもしれない。
「…ハハ。」
オレはそれから、仮面をつけて生きていく事にした。
こんな不気味な笑顔を、晒すわけにはいかない。
フードを深く被って、誰にも素顔を見られないようにして。
さあ、今夜は何処に行こうか。そして、
`誰ヲ、コチラ側ヘ引きずり込もうカ`
のはずだった。