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第10話:浮上する意識、十秒の残響
「……っ、湊!」
叫びながら手を伸ばした瞬間、眩い光が視界を真っ白に染め上げた。
重力に逆らうような猛烈な浮遊感。耳の奥で、心電図の「ピー」という音が、キッチンの水道の蛇口を閉めるキュッという音に変わる。
ゆっくりと、重い瞼を持ち上げる。
「…………え?」
目の前にあったのは、病院の白い天井でも、巨大な|槐《えんじゅ》の木でもなかった。
見慣れたリビングの、少し毛羽立ったベージュ色の天井。
頬には、夢の中で流したはずの涙が、一筋の冷たい線となって伝っている。
静かだ。
テレビからは、夢に入る直前と変わらない、午後のニュース番組の音声が流れている。
「……今日の全国の天気をお伝えします……」
キャスターの声が、あまりにも淡々と日常を刻んでいる。
私は震える手で、自分の顔を触った。
皺のない、柔らかな肌。
視線を落とせば、そこにあるのは四十年前の――いいえ、二十代の私の手だ。
「夢……だったの?」
四十年という歳月。
湊と出会い、恋をして、結婚して、蓮を育てて、そして彼を看取ったあの濃密な記憶。
私の心には、彼を失った時のあの引き裂かれるような痛みが、まだ生々しく残っている。
なのに、時計の針は、私が目を閉じてから、まだ十秒も進んでいない。
「……みなと」
彼の名前を呼ぼうとしたけれど、喉が震えて声にならない。
この部屋のどこを探しても、もう彼はいないのではないか。
あの夢の最後のように、彼はもう、冷たくなってしまったのではないか。
恐怖で全身の血が引いていく。
その時、廊下からパタパタとスリッパの足音が聞こえてきた。
「お待たせ、遥。コーラあったよ。あと、のり塩のポテチも――」
キッチンのドアが開き、一人の男性がひょっこりと顔を出した。
🔚