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4-2 思想と立場
「今さら、誰が来たって同じだよ。俺は何も話さねえ」
暗く冷たい地下牢。その一番奥に繋がれた男は、死んだ目で俺たちを見た。
「今回は少し違う」
「ああ?」
男が俺を見た。ヒューゴも含めた俺たちではなく明確に俺個人を。
「紹介しよう。新入りだ」
「見れば分かる」
男はヒューゴの言葉に適当に返し、俺を上から下まで舐め回すように眺めた。
「で、こいつに何させんだ? 俺に拷問は効かねえよ。別に死んでも良いんだかんな」
ヒューゴは男に返事することなく、俺に向き直った。
「あいつが何の罪を犯してここに捕まったか話しておこう。密偵だ」
密偵。敵対組織から送り込まれた、情報を抜き取るネズミ。組織として見れば、俺たちの――俺の敵だ。
「どこからのだ?」
「敵対組織から」
「違う」俺は分かりきった答えを返すヒューゴに、少し苛立っていた。
「思想は。理念は。何をした?」
ヒューゴは深くため息をついた。
「それならそうと聞け」
「嘘ついたら、俺が許さねえかんな。ぜってえ訂正してやる」
そう、スパイからの頼もしい言葉も受けた。
「魔獣の持つ可能性を再現するために、俺たちは模擬魔獣を作ることを選んだ。だが、模擬魔獣は死ぬと魔力に還元され、環境を汚染する。その結果、魔界には模擬魔獣賛成派と反対派が生まれた」
「で、俺が反対派」
その言葉を受けて、俺の心は決まった。
「――じゃあ、俺が敵対する理由はない」
ヒューゴの表情が苛立ちに彩られ、男の表情は驚愕に彩られた。
「いつもの奴とはちげえなって思って流してたが、模擬魔獣を連れてねえのってそういうことか」
合点がいった男はうんうん頷いている。
「本物に近い方が成功率が上がるというのに」
ヒューゴが説得を試みてくるが、俺の答えは変わらない。ヒューゴの意見に従った方が楽で、間違いがないと分かっていても。
「俺は模擬魔獣に反対。こいつも反対。なら俺たちは、同じ思想を共有してる」
「思想ではなく、立場というものがあるだろう」
「俺たちの組織は互いに敵対し合ってるって? たまには組織じゃなく、個人を見るのも大切だと思うけどな」
「甘いな。俺だって、別に何が何でもお前を守らなければならない義理はない」
何と言われようが、俺は俺の意思を曲げない。
現状、ヒューゴの方が力関係が上だから、ヒューゴに無理やり計画を進められたら従うしかないが。
ヒューゴはそんなことをしないと思っている。――信じる、とはまた別の感情で。
それに、ヒューゴなら別の角度で切り崩しにかかるはずだ。机上の空論を戦わせても意味がない。実感を伴わせれば、あるいは話を聞いてくれるかもしれないと、そう思って。
まあ、俺は意見を変えるつもりはないが。
打算だらけの俺の姿勢に、ヒューゴは見事に応えてくれた。
「代案を出せ。検討しよう。聞くだけならタダだからな」
俺は頭の中にある案の詳細を詰め、少しずつ言葉にした。
「人間を使うのではなく、人形を使う。人間そっくりのだ。俺なら人間そっくりに偽装できる」
「人間を使う? それって俺のことかよ」と戦慄する男の声は、意識から排除した。
「言っておくが、お前独自の力を使うことは――捕虜に聞かせる話ではないか。もう良いな。帰るぞ」
俺もそれには同意だ。大人しく、ヒューゴの転移術式に巻き込まれた。
「さて、話の続きだ。お前独自の力を使うことは禁ずる。少しでも奴らに勘づかれる可能性を減らしたい」
「ぐっ」
俺が使おうとしているのは邪術――『|姿を変えろ《ロノウェ》』だ。生物、無生物関係なく使え、この邪術を使うことにより完璧な変装が可能となる。
魔法で再現できるか? できる。
邪術と魔法は力の体系やアプローチこそ違うが、働きかける対象は同じだ。ならば、再現できない道理はない。
「……魔法で再現できる。さすがに魔法も使うなとは言わないだろ?」
ヒューゴは鼻を鳴らした。当たりだ。
「俺が積極的に手助けすることはない。が、どうしても俺の力がほしいなら相談しろ」
「それは……」
ヒューゴからかけられた言葉に、俺は目を見開いた。
却下されるものだと思っていたが。
「実行してやっても良い。期限は……そうだな、七日。それを過ぎても何の成果も得られない場合は、俺の計画でいかせてもらう。異論はないな」
「ない」
期限が少し短い気もするが、譲歩してもらっている身。これ以上の条件は望むべくもない。
「俺もつきっきりではいられない。頼みも、いつでも聞いてやれるわけではない」
ヒューゴは転移してどこかへ行こうとする。
「待て。一つ、頼みたいことがあるんだ」
俺はヒューゴを呼び止めた。
「それは『どうしても』なのか?」
「ああ」
静かな声で問うてくるヒューゴに、自信を持って答えた。
これを自力でやり遂げようとすれば、一週間では到底時間が足りない。
「どんな物質でも手に入る場所に、心当たりはないか?」
「――ある、と答えれば、どうする?」
そんなもの、答えは分かりきっているだろうに。
「場所を教えるか、連れて行くかしてほしい」
ヒューゴは片目を閉じて一瞬だけ考え、
「良いだろう。四日後で良いか」
「ありがとう」
返事を何段階かすっ飛ばして、俺は感謝を口にした。
その言葉を聞いて、ヒューゴは笑った。笑って、そのまま転移してどこかへ消えていった。
俺は辺りにばらまかれた研究資料に目を向ける。
ヒューゴがいなくなって、研究成果が書かれたものとただのメモ書きの区別がつかなくなってしまった。
まずは、俺が欲している資料――対象の見た目を|欺《あざむ》く魔法を作るための資料を見つけなければならない。
幸い、研究成果が書かれた資料は内容ごとにまとめられている。
俺は研究資料に一つ一つ目を通して、必要なものを選別した。
◆
見た目を変える魔法はなかなか複雑だ。
形を変えるのがいちばん難しい。が、今回は人形を作るのでやらなくて良い。
色を変えるのには難儀した。世界の中の色を管理する領域で、どの色がどのように表されているか、総当たりで特定した。
その全てを白い紙に書き写し、俺はふっと一息つく。
ここまでで一日。ヒューゴが示した日まで、あと三日。
見た目を変える魔法はこれでほぼ完成だが、まだ四分の一。
俺が作りたいのは、完璧な変装ができる魔法だ。
人間が出している情報は見た目だけに限らない。
心臓などの内臓の音や、人間が出す声。汗などの体臭。肌の柔らかさや温かさなどの質感。
そんな五感をあざむく魔法を作らなければならない。味覚に関わるものがないのは、必要ないと考えたからだ。さすがに敵を舐める者はいないだろう。
人間が五感から得る情報は、視覚からが最も多く、次に聴覚からが多い。
だから、次に|欺《あざむ》くなら聴覚だ。人間が出している音を再現する。
心臓の音、呼吸の音、骨が鳴る音、歯を噛み合わせる音、衣擦れの音。
全ての音を再現しなければならないわけではなく、人間を再現しようとすれば出る音もある。だから、再現する音としない音を決めるのが最初だ。
心臓の音――心臓は血液を送り出す器官。人形の体は魔法で操る予定なので、血液は必要ではない。だが、死んだときに血が流れないのは不自然だ。ならば、血液は必要で、それを全身に行き渡らせるための器官としての心臓も必要。よって、心臓の音は類似器官で再現する。
呼吸の音――人形の体は呼吸を必要としない。だが、至近距離でぶつかり合う時に呼吸音がしないのは不自然。風を操る魔法で音だけ再現するとしよう。
骨が鳴る音――内からでも外からでも、体を動かせば内部で鳴る。再現する必要はなし。
歯を噛み合わせる音――俺が戦闘中に意図してその音を出すことはない。不要。
衣擦れの音――動けば鳴る。
意図して再現する音は呼吸の音で、自然に再現される音は心臓の音、骨が鳴る音、衣擦れの音。
これから俺が着手するのは、疑似心臓を永久的に動かす魔法と、呼吸のような空気の流れを生む魔法だ。
一定の間隔で収縮と弛緩を繰り返す式――出力を微調整して、完成。
空気の流れを生む式、完成。
これで音の問題については解決。次はにおいか。
視覚以外の五感に関わる式は簡単に組める。さっさと終わらせて、消費魔力を少なく、効率化する改造を施す。
俺は邪気を変換して、魔力を大量に生み出すことができる。だから、魔力のことは気にしなくて良い――わけではない。
実際にやってみてどれだけ魔力を使うかは分からないし、戦いがどれだけ長引くかも分からない。突っ込んで自爆するだけだと怪しまれるから、戦いの中で上手く爆発する必要もある。
実際に人形ができるまでは、微調整に時間を費やしたい。
「時間になった」
次回予告。
最後の声の主は、ノルを転移で一瞬で連れ去る。
ここが大一番。
計画が成るかどうかの重要な作戦が始まり――しかし、その前に怪しげな人物に出会う。
次回、4-3 白と金