公開中
第6話:教頭の罠と、秘密の夜会への招待状
学園の門を出るまでは、二人は完璧な「同僚」だった。
だが、自宅の玄関を跨ぎ、魔法の防音結界を張った瞬間。イゾルデは文字通り、糸の切れた人形のようにソーレの胸に倒れ込んだ。
「うぅ……ソーレ……。私、あんな見え透いた嘘をつくなんて……。教頭のあの蔑むような目、今思い出しても氷結魔法で教室ごと凍らせてやりたいわ……!」
氷の令嬢、本日二度目のメルトダウンである。
ソーレは苦笑しながら、彼女の細い肩を抱き寄せ、リビングのソファへと運んだ。
「まあ、あいつは昔から鼻が利くからな。……でもよ、イゾルデ。あの状況で『魔法薬が爆発した』って言い訳は、ちょっと無理があったんじゃねーか?」
「……っ、ソーレが、そうれ(あれ)……急に迫るから、頭が真っ白になっちゃったのよ! 私のせいじゃないわ!」
顔を真っ赤にしてポカポカと彼の胸を叩くイゾルデ。その仕草は、学園での凛とした姿からは想像もつかないほど幼く、愛らしい。
ソーレはそんな彼女の手を優しく捕まえ、指先の一つひとつにキスを落とした。
「……悪かったよ。でも、ゼノスが動いたってことは、俺たちの『慈善活動(裏の顔)』の方も嗅ぎ回ってる可能性がある。あいつ、王都の汚職貴族どもと繋がってるって噂だろ?」
ソーレのオレンジの瞳が、一瞬だけ鋭い「守護者」の光を宿す。
イゾルデも、甘える手を止めて表情を引き締めた。
「ええ。私たちの『非合法な口止め』や『家計支援』が、彼らの利権を脅かしているのかもしれないわね……。……あ。そういえば、これを見て」
イゾルデがマントの内ポケットから取り出したのは、銀色の封蝋がなされた一通の招待状だった。
「……ゼノス教頭から? 『王都若手教師の親睦夜会』……? 気持ち悪いな、あいつがそんな殊勝な会を開くなんて」
「ええ。でも、断れば余計に怪しまれるわ。……それに、ソーレ。これ、裏を見て」
ソーレが招待状を裏返すと、そこには不可視の魔力インクで、小さな文字が刻まれていた。
『――貴殿らの“生存確認”の証拠を、会場にて提示する用意がある』
二人の間に、冷たい沈黙が流れる。
証拠。
それは昼間のキスのことか、それとも、もっと深い「裏の活動」のことか。
「……ハッ。面白いじゃねーか。証拠を提示する前に、その口を身体強化(物理)で塞いでやるよ」
「だめよ、ソーレ。ここは、私の錬金術で『真実を隠す霧』を仕込むのが先決だわ。……でも、その前に」
イゾルデが、ソーレの首筋に顔を埋め、服をぎゅっと掴んだ。
「……ソーレが、そうれ……怖がってる私を、もっと強く抱きしめてくれないと、夜会に行く勇気が出ないわ……」
不安と闘争心が入り混じる中、二人は明日への活力を得るように、深く、深く、体温を重ね合った。
たとえ罠だとしても、二人一緒なら、どんな氷も溶かして進める。
――しかし、この夜会が、ライルをも巻き込む大騒動の始まりになるとは、この時の二人はまだ予想だにしていなかった。