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苦しさも、笑む
グラムの009の夢小説です。ジョンは居ません。
※本作は、以前公開していた小説の再投稿となっております。前にこの小説が検索エンジンに引っかかって表示されてしまったので、やり直しました。よろしくお願いいたします。
いつも笑ってる彼が好き。
「あ、#あだ名#おはよー!」
「お……おはようございます」
毎朝、私が食堂に行くと、彼はいつも私に対して、優しく挨拶してくれる。その瞬間から、私の一日は始まると言っても過言ではない。
彼の、元気で優しい所が好き。
「あはは、#あだ名#はいっつもクールだねー」
彼はそう言うけど、実際はちょっと違う。クールとかでは無く、緊張して上手く言葉が出ないだけなのだ。本当だったら、挨拶からスマートに世間話でもしてみたいけど、喉の奥に言葉がつっかかってしまって、上手く話せないのだ。かろうじてできるのが、一言だけの挨拶を返すだけなのだ。
そんな無愛想な私でも、優しくしてくれる彼が好き。大好きだ。
榧野尊。彼に出会えただけで、私がこのミルグラムに収監された意味は、既に成されている。それくらい、彼が大好きだ。きっと尊さんに出会えたのは、神様が哀れな私に味方をしてくれたおかげだろう。間違いない。
そう、間違っていないんだ。
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最初は、この監獄がどうしようもなく怖かった。審判で赦されなかったらどうなる、看守が怖い、周りの人達に馴染めるだろうか。そんな不安と緊張がとめどなく溢れてきて、終いには吐き気がしていた。
でも、そんな時に声をかけてくれたのが、他でもない。尊さんだった。
「あー、君大丈夫……? 体調とか悪いの?」
「えっ……?」
最初の尊さんへの第一印象は、疑問だった。なんで私に話しかけてきたんだろう、という意味での疑問。この人にだって、おそらく生活があって、ほとんどの場合はそれを心配するはずなのに。周りの人達に、構ってる暇なんて無いはずなのに、ましてや、こんな惨めな女にだ。訳が分からなかった。
けれど、私に手を差し伸べてくれる彼の目は、見た事も無いくらいに屈託無く輝いていて、凄く素敵な物だった。私や、私の周りに居た人達とは比べ物にならない、綺麗な瞳。その瞳の中に、私が現れた瞬間から、私は何かを感じ取ってしまった。
「あ……だ、大丈夫です。心配なさらなくても……」
ドキドキで、上手く会話ができない。この人に、もっと自分の事とか、質問とか、話したい事があるのに。
「あぁ、そう? なら良いけど……無理しないでね。ほら、いきなりこんな所連れて来られてさ、怖いよね。大丈夫、僕も同じだから!」
あはは、と笑う彼の笑顔が、私の世界ではとても魅力的に映った。それと当時に、言葉に安心感も覚える。同時に相反するような感情を覚えてしまうなんて、とも考えた。そして、こうも思った。
ああ、私はこの人が好きだな。私はこの人に、今ここで恋に落ちた。まさに青天の霹靂、今までに感じた事の無い気持ちだけが、ただあの瞬間だけは、濁流のように私の脳へと流れ込んできた。好きだと気付いたのだ。
「そ、そうですか……!」
おそらく、この感情と経緯を単語にまとめるとしたら、一目惚れだと思う。彼とは初対面のはずなのに、完全に惚れたのだ。
「……あ、あの。お名前は?」
さりげなく、名前を聞いた。肌とか赤くなってないよな、不審な雰囲気は出てないよなと、人殺しが気にする事じゃないような、そんな箇所を気にしながら。すると彼は、私の心を絆すように、優しく微笑みながら答えた。
「僕? あぁ、僕は榧野尊。よろしくね」
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それからは、尊さんの事しか考えられない監獄生活が続いた。食堂でご飯を食べている時も、尋問を受けている時も、自分の部屋で寝る時も、全ての時間において、考える事は尊さんの事ばっかり。それくらい好きで、好きでしょうがなかった。
「はぁ……尊さん……」
毎日三回、皆が集まるミルグラムの食堂。そこで私がいつも見つめるのは、彼だけだった。彼以外の誰にも、興味は無かった。
しかし、日々が経つにつれて、そんな世界も崩壊しはじめる。
「あっ、尊さーん! 何してんの?」
「……んっ……」
ミルグラムの中には、もちろん私以外にも女性が居る。そしてその女性達は、ほぼ全員、私みたいな内向的なタイプじゃない。尊さんにも、いっぱい話しかけてて、私が知らない尊さんの事情だって、きっといっぱい理解している。
まとめれば、嫉妬をしていた。私は尊さんに近寄るミルグラムの女性達に、いつの間にか嫉妬していたのだ。
もちろん、あの人達が良い子だっていう事は、凄く分かっている。優乃ちゃんも、夢羽ちゃんも、真昼さんも、遍ちゃんも、琴子さんも、皆優しい。それに、私と話す時と尊さんと話す時、彼女らは同じテンションでコミュニケーションを取る。
だからきっと、これは私が勝手に傷付いているだけだと思う。私が恋に盲目すぎて、尊さんに近寄る人の事を全員、敵視してしまっているだけなんだ。絶対、そうに違いない。
「……でもさぁ……」
それでも、私はどうしてもわがままを覚えてしまう。尊さんが笑顔で女の子と話していると、胸の底から感情が溢れてきて、最後は泣きそうになる。
一体、この感情の落とし前は、どこにつければ良いのだろうか。愛や恋は、どうやって相手に届ければ良いのだろうか。
これらが分からなくなる前に、手遅れになる前に、尊さんに出会えていたらと、何回も思う。あんな風に優しい大人が、周りに一人でも居てくれたならば。
「……あっ、#あだ名#もこっち来て話そうよ!」
「えっ、私は…………遠慮、します」
こんな風に、空回りして好きな相手を避ける事も、無かったかもしれない。
手遅れになる前に、出会って教えてほしかった。どんな辛い事も、笑ってやり過ごしてしまう、あなたみたいな立派な人に。
苦しさも笑む、そんなあなたに。
なんか、夢主ちゃんが人殺しになった理由が文章から透けますね。絶対愛とか恋とかでばっちりやらかしてるよ、この子。
しかも、尊さんと付き合ってない、そんなに多く会話もしていない状態でこれなんですよ。もう、ヤバいですね。絶対身近に知り合いとして居たら恐怖ですね。