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「地球滅亡まで…」
2025/08/31
地球滅亡まで、あと48時間。隕石が急速に近づいてきていた。
人々の反応は、絶望したり大切な誰かと抱き合ったり、路上を裸で走り回ったり、とりあえず発狂してみたりと色々だ。世の中はめちゃくちゃになっているけれど、警察もこんな時まで仕事はしない。まあ、仕方がないことだった。
私は友人の愛佳に会いに行った。呼び出したわけだ。
「よっ。」公園に入ってくる愛佳に片手をあげた。「よぉー。」愛佳も同じように片手をあげる。ブランコに座って、それを足で揺らしながら口を開く。
「信じられる?滅亡だってよ。」「信じられるわけ、ねー。」「そりゃーね。」風が吹いた。強い風だ。何もかも吹き飛ばしちゃいそう。ブランコが、風で揺れた。錆びついた音がした。「今のって、インセキの影響?」愛佳が空を見上げ、私もつられた。どこまでも続く青い空、無言で浮かぶ白い雲、まばゆい太陽…。なにもかもがいつも通りに思えて、でも、空の奥の奥の方で何かが光ったような気もした。
私は空から愛佳に視線を動かした。「あと、2日だってよ。愛佳はどう、怖いですか。」空を見上げたまま、愛佳は小さく笑った。「実感湧かなしなー、別に?」「それなー。」私はブランコを漕いだ。思いっきり漕いだ。最後にこんなふうに漕いだのっていつだっけ。どうでもいいを考えながら、漕ぎ続けた。愛佳はそんな私をみて、眩しそうに目を細めた。ブランコから立ち上がり、滑り台の階段を登った。1番高いところで振り返って私をみた。そのあと、滑り台を滑っていた。私の漕いでいるブランコが、勢いを弱めていく。
地球滅亡まで、あと24時間。人々は少し落ち着いた。
「よぉー。」昨日と同じ調子で、愛佳が片手をあげた。私の家の玄関で。突然訪問してきた愛佳に驚きつつ、部屋に通した。
「どーしたのよ。急に。」私が訊くと、愛佳はオレンジジュースを味わって飲み込んでから、「暇だったからー。」と言った。少し躊躇いつつ、気になってしまった私は、さらに踏み込んだ。
「家族は?一緒に過ごさなくていいわけ?」家族というか、大切な人。人々は大切な人と共に時間を過ごしているのに、愛佳はそうしなくても良いのだろうか。
愛佳は視線をさまよわせ、最終的に床に落とした。愛佳は自身の家族についての話を嫌っていた。彼女の家の家族構成も、家族との関係も、家がどこにあるのか、どんな家なのかも、私は何も知らなかった。訊くことも
なかった。今までは。
「あーんまり。家族って言っても、血、繋がってるだけでしょー。うちの場合は繋がってるかもよくわからないけど。」
しばらく部屋は静かになった。急に大きくなった外からの音で、私たちは同時に立ち上がった。窓を開けた途端、ものすごい風と頭に響くような低音が部屋に入ってきた。うわっとか、ひゃーとか、私は色々言ったけど、自分でもよく聞こえなかった。空を見た。何かがあった。赤いような茶色いような、丸いけどいびつな、何か。
本当はそれが何かすぐに理解できたけど、嘘であって欲しくて、窓を閉めながら愛佳に尋ねた。
「あれ、なに。」頭がくらくらした。愛佳は壁に手をつきながら小さな声で答えた。
「インセキ…じゃない。」私の望んでいない返事だった。
隕石が衝突する。もう、すぐ近くまで来ている。
地球滅亡まで、あと1時間。
愛佳に会った。昨日と同じように突然訪問してきて、しかし私もなんとなくそうだろうなと思っていた。まだ朝だ。本当なら窓の外は明るいはずだけれど、今は暗い。隕石の影のせいなのだろう。
「あー、死ぬのねー、私たち。」カーテンだけ開けて愛佳は笑った。それは引き攣っているわけでも、無理しているわけでもなさそうな、心の底からの笑顔に見えた。「アニメみたい。」私は曖昧に頷いた。愛佳のように割り切ることができなかった。死というものをピリピリ感じて、死にたくないってそう思っていた。
「夏芽は最後、家族と過ごすんだよね?」
「うん。」
「じゃ、あたしと会うような時間なんて、本来はないはずだったんだ。」
そう言うと、愛佳は私を抱きしめた。暖かい体は私よりも小さいはずなのに、私よりもずっと強かった。私も愛佳の背中に手を伸ばし、ぎゅっと力を込めた。10秒ほどそうしたあと、愛佳はパッと私から離れた。「なに、泣いてんの。」愛佳は私を見て、また笑った。私はいつの間にか涙を流していた。頬が生温かかった。それを慌てて拭ったあと、愛佳に訊いた。
「どこいくの、愛佳は?」
「さあ。家以外のどこか。」愛佳は優しい笑顔を浮かべた。見たことのないような笑顔だった。「天国であったら、よぉーって挨拶してね。」私も笑った。笑って、うんって返した。
「またね。」私が歯を見せると、愛佳も同じようにした。「また。」
愛佳が出ていったあとリビングに行くと、家族がいた。おっとりしているお母さんと、全体的にゴツいお父さんと、思春期でニキビ面のお兄ちゃんと、そして、私。家族4人。私たちは視線を交わし合って微笑んだ。
地球滅亡まで、あと3秒。
3、2、1…。