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それだけが僕にできる、優しさだから。
優しさは、時に自分自身を切り裂く刃となる。
一つは恋に震え、一つは想いに惑い、そして、最後の一つは静かに身を引こうとしている。
決して重なることのない、三つの心は、いつか二つと一つに分かれてゆく。
振り入れが終わり、いつものわちゃわちゃしたスタジオ。
そんな中、阿部ちゃんは一人、鏡に向かって練習を続けている。
「阿部ちゃん、まだやってんの〜?真面目だねぇ。」
ふらりと横へ行き水を差し出すと、「ありがと。」と、少しだけ、眉を下げて笑う。
知ってるよ。阿部ちゃんがこんなにも真面目なのは、いつでもファンに最高を届けたいだけじゃないってこと。
そうやって、何かに没頭していないと、溢れ出しそうな気持ちに蓋ができないから。
チラッと、本当に一瞬だけ、鏡越しに佐久間のことを見る阿部ちゃんの目。
いつも思う。あの、"特別"が隠しきれない瞳。
阿部ちゃんの視線の先に俺がいないなんてことくらい嫌でも分かる。
隣にいるのが、俺じゃないことなんて。
でも、誰よりも阿部ちゃんのことを知っているのは俺なのに。
俺が阿部ちゃんのことを想うほど、気持ちが抑えきれなくなって。
スタジオから楽屋までの長い廊下で、二人が並んで歩いている。
阿部ちゃんが、佐久間の裾を、ほんの少しだけ引いた。
それに気づいた佐久間が、歩幅を緩めて二人の距離がゼロになる。
二人の背中が一瞬、重なって見えたような気がした。
三つだったはずの心は、いつの間にか、鮮明に、二つと一つに分かれていた。
「......バカだよな。俺も。」
誰もいない廊下で、俺は一人、小さく呟く。
楽屋へ入ると、楽しげに笑っている二人。
きっと俺は、あんな風にはなれない。
俺は逃げるように楽屋を後にし、エレベーターホールへと向かう無機質な廊下。
俯き、一人で歩く背後から聞き慣れた声がした。
「ねぇ!」
呼び止める声に、俺は足を止めざるを得なかった。
「今日なんか変だよ。何かあったなら、話してよ。俺たち、《《同期》》でしょ?」
やっぱり、阿部ちゃんは優しいね。
でもそんな優しさが、今は胸に深く突き刺さる。
「《《同期》》」その関係性は、絶対に越えられない境界線を、阿部ちゃん自身が引き直したように聞こえた。
阿部ちゃんが自分を思ってくれているのはわかっている。
でもそれは、ただの"友情"だから。
俺は、意を決して顔を上げた。
いつもの、余裕のある笑みを貼り付けて。
「阿部ちゃんさ?お前、自分のことだけ考えなよ。...佐久間のこととか、さ、笑」
阿部ちゃんの顔が、一瞬で強張り、瞳が揺らぐ。
その反応を見ただけで、胸が、苦しくなった。
俺の恋を殺して、お前の恋を肯定してやる。
"それだけが俺にできる、優しさだから。"
「いいからさ。俺は大丈夫。...じゃあな、おやすみ。」
阿部ちゃんの表情をこれ以上見たくなくて、俺は背を向けた。
阿部ちゃんの背中を見送れるほど、俺は強くなくて。
だから、自分からこの場を離れるしかなかった。
エレベーターの扉が閉まる直前、一人で廊下に立ち尽くす阿部ちゃんが見えた。
追いかけてきてほしい。でも、追いかけてきてほしくない。
決して重なることのない三つの心は、この瞬間に、二つと一つに別れたんだ。
扉が閉まった瞬間、一粒の涙が静かに俺の頬を伝った。
どうでしたか?
今回はあえて誰目線なのかは書きませんでしたが、阿部さんの一言でお察しの方が多いと思います。
そして、なんの曲か当ててみてくださいね。
最後までお読みいただきありがとうございます。
リクエスト、お待ちしております。