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4-5 模擬魔獣の排除
材料さえあれば物質の複製は容易だ。たとえそれが、生物の体でも。
そんなわけで、塔から拝借してきた物質と、そこらへんにある物質から「俺」を複製し、今は開発した魔法を刻み込んでいた。
複製体を作った後で変装魔法を使う必要がないことに気がついたが、塔への侵入で役に立ったし気にするまい。何なら、あの時の俺の姿にした上でそれを見破らせ、騙す確率を上げようか。
心臓もどきの稼働は――順調だな。呼吸に似せた空気の流れも違和感ない。
体のあちこちに、俺の意思と連動する魔法を刻んだ。俺が右手を挙げたいと思えば右手を挙げ、走りたいと思えば走る。
俺は、この場から一歩も動かずに、この人形を動かして戦わせることができるわけだ。理論上は。
実際は、戦闘の動きをさせることは難しい。
俺の思考と動作の入力に、致命的なラグが生じるためだ。人形の体を動かすために、三つの思考が順番に行われている。
一つ目、動きを頭の中でイメージする。二つ目、その動きを実現させるためには体をどう動かせば良いか考える。三つ目、人形の手足に命令を出す。
これをどの動作に対しても行っているから、入力が間に合わなくなるのだ。
自分の体を動かす時は、一連の思考をほぼ無意識に行っているのだが。
現在は、人形の手足を自分のものと同じぐらいに動かせるよう、操作を練習している。
人形を起点に、広い範囲の世界の情報を読み取り、人形とその周囲の様子を把握する。
人形の視点で周囲を見られないことも、動かしづらさに繋がっているのかもしれない。が、残り少ない日数で術式を改善するのは厳しい。だから、このまま頑張る。
俺は、不要になった模擬魔獣の排除を任せられていた。
自分の都合で作り出しておいて、不要になったから排除するのはどうかと思う。まあ、俺は模擬魔獣全般を排除したいから、これは願ったり叶ったりだ。
爪の攻撃。後ろへ跳んで躱す。右足と左足に同じぐらい力を込めて、膝を曲げ、力を解放。
体が宙に投げ出されるから、膝を軽く曲げて着地。
足首を柔らかく使って、衝撃を吸収するのも忘れずに。
あー、疲れた。ちょっと体を動かすだけで頭を使う。一通り戦闘をこなそうものなら、脳疲労がひどいことになる。
躱しきれたところで戦闘は続く。攻撃の合間を縫って反撃に移らなければ、一生戦闘は終わらない。
爪を振り切った後――前足の付け根に隙ができた。
左脚を軸にして腰を捻り、右脚を叩き込む。バランスを崩さないように祈りながら、回し蹴りを実行。
どれだけ操作に難をきたすとしても俺の体の複製品、模擬魔獣は吹っ飛んだ。殺しきれてはいないだろう。だが、数は減った。
前方から、鞭のようにしなる尾が迫ってくる。
右足を踏み出し、左足を踏み出す。足の指まで使って、跳ねるように。スピードに乗って尾と接触する直前、腰を落とし、両脚を伸ばす。尾の下をくぐり抜けた後は、直前の動きを再開。
走って、滑り込み、また走る。
同士討ちでもしてろ。不運にも尾が直撃した模擬魔獣の悲鳴が途切れ、魔力の放出が始まったのを感じながら、俺はそう思った。
これで一体目。
よし、走るのには慣れてきた。
地面に干渉。土を固めて剣の形とし、右手でしっかり握る。
所詮は土の塊。当たったところで肉が裂けることも、血が噴き出ることもない。だが、使い捨ての武器としての役目は果たす。
足を開き、右足は後ろ、左足は前。重心は後ろに、右手を大きく振りかぶって、いざ解き放つ。
目指すは空の一点。自らの優位を確信している、鳥の模擬魔獣。
声を出す機能があれば出しているだろう渾身の投擲。それはまっすぐ模擬魔獣へ飛んでいき、体の芯を捉えた。
模擬魔獣は体の制御を失って、地面へ真っ逆さまに転落する。羽が飛び散った。血こそ出ていないが、中身は衝撃でズタズタになっているだろう。
俺は下に回り込んで、模擬魔獣に向かって手を差し出した。拳だが。
この位置なら、俺がなにもしなくても良いだろう。
模擬魔獣は俺の拳の真上に落ちてきて、体の芯を貫かれた。
血をもろに浴びないように避ける。
二体目。
地面が揺れる。人形も模擬魔獣も等しく、その揺れに足を取られた。
地面に潜るタイプの模擬魔獣か。敵味方関係なしとは、恐ろしい。
揺れは一向に収まる気配がなく、模擬魔獣は地面から出てくる気がないようだった。地上から位置を特定する方法は限られる。苦戦必至か――。普通なら。
俺には全て見えている。
頭は、俺の足元。細長い体を曲がりくねらせ、一生懸命地面を泳いでいるが、その速度は遅い。なら、地面に手を突っ込んで頭を掴むこともできるわけだ。
両膝を曲げてしゃがみ込み、右手を地面に向けて伸ばす。まだだ。もう少し、もう少しで模擬魔獣の頭が右手の真下に来る。
タイミングを間違えたらおじゃんだ。慎重にタイミングを測る。
――今だ、突っ込め。
右手に込める力を強くして、模擬魔獣の頭を締め上げる。体を取り出さなくてはならない。うっかり頭を握りつぶして殺してしまったら一大事だ。
重心を後ろから前に移動させ、それと連動させて膝を伸ばす。立ち上がった後、更に右手を上げ、模擬魔獣を地上に引っ張り出した。
魚の模擬魔獣だ。いや、魚と言うには大きすぎるか。頭だけで俺の拳と同じだけの大きさがある。
口元には五対のひげがあり、体の色は茶色に近い。地上に引き上げられて、地下に戻ろうと跳ねて移動しようとしていた。
地面に魔力を通し、元通りに修復する。大事な場面で陥没でもされたらたまらない。
そうなれば、この模擬魔獣は用済み――元々何の用もなかったが――だ。
右足を出して体重を支え、左足を出してその動作を引き継ぐ。そうして歩き、模擬魔獣の頭に右足を置いた。
そのまま体重をかけ、魚もどきの頭を踏み潰した。ぐしゃり、と。
三体目。
蹄が地面を叩く。ただの獣なら対処も容易い。そんなことは、アシュトンたちがよく知っていた。
人馬一体。元は騎手と馬が一つの体になったように、人間が馬を巧みに乗りこなすこと。
対して、これは文字通りの人馬一体。馬の下半身に、人間の上半身が乗っている。
馬の脚は四本。人間の腕は二本。馬の速さで戦場を駆け、人間の器用さで武器を振るう。片方だけでも厄介なのに、両方が合わさって、かなりの脅威だ。
人馬一体は戦場を駆け回り、弓で仲間の模擬魔獣の援護をしていた。
矢が人形の体に当たれば、修復を余儀なくされる。修復自体は一瞬で終わるが、魔法式が破壊された場合は復旧に時間を要する。避けないわけにはいかなかった。
人馬一体が接近してくる。何を考えたか分からないが、千載一遇の好機。馬の脚を叩き折り、走れないようにしてやる。
土を固めて棒を作り、構える。右手は上、左手は下。
体重を後ろから前に移動させ、棒を振り切る!
人馬一体が減速して動きを止め、棒が真ん中からへし折れた。
とどめを刺すため、右足と左足を交互に踏み出し、右足で踏み切って、上半身の胸のところを狙って拳を放った。が、拳が人馬一体の胸を捉えることはなく。
俺の目は、人馬一体に起こった異変を捉えていた。
人間の体が馬の体に変わる境界のところ。そこに隙間ができて、本来あるはずだったものが出てくる。人間の腕が馬の体を押さえつけ、自分が出てくる手助けとした。
人間の体の腰から下が出てくるにつれて、人間の体に外骨格が形成され、異形化を遂げる。
人馬一体は機動力を捨てる代わりに、硬さを得た。
変化が完了するとまずい。仕留めるのにかかる時間が段違いに長くなる。
まだ馬と繋がっている部分がある。しめた。馬は脚を折られて走れない。この隙に、人間の体を滅ぼす。
地面から大きな槌を作り出し、握る。初めて握る武器だ、使い方なんて知らない。けれど、握って振りかぶることはできる。
今まで、意識に課していた縛りを少しだけ解いた。脚に込める力を抑えるという縛りを。
人形と感覚を共有することはできない。だから、壊れるほどの力を込めても分からない。それだと困るから、確実に壊れない程度の力しか込めていなかった。
その縛りを、ほんの少しだけ解く。
一歩。姿勢を低くし、歩幅を大きくする。足の指先まで意識して、足が地面を離れる瞬間まで地面を蹴る。それだけで十分だ。
地面を巻き込みながら、人馬一体のところまで一気に接近、飛び上がる。
そのまま、大上段に構えた大槌を、振り下ろした。腕の力と大槌の自重、それらが合わさって大きな破壊力となり、人馬一体へ迫る。
大槌は、人間の体も外骨格も馬の体も関係なく、一切合切を打ち砕いた。
人馬一体の体は消え、後に残ったのは地面の陥没のみ。
四体目。
周囲に残る敵を確認する。二体。少ないな。
両方とも狼の姿をした模擬魔獣だ。しかし、尾を股の間に挟んで、怯えているように見える。
さっさと処理して、終わりにしようか。
この程度の相手なら、直接的な攻撃としての魔法の使用を縛っても、十分戦えることが分かった。
拳で心臓を貫く。狙いを定めて、走り出した。
「敵を見つけた。戻ってこい」
ヒューゴの気配が急に現れ、ヒューゴは俺の肩を叩いて言った。
何のことかさっぱりだが、まあ良い。
俺は二体の模擬魔獣を燃やし尽くして、転移で人形を帰らせた。
「で、どういうことなんだ?」
人形の損傷箇所を修復し、術式に不具合がないことも確認した後、俺はヒューゴに事の次第を聞いた。
「ウチには敵対組織が多い。今回もその一つだ。ああ、奴らは特に大義もなく魔界の支配を企む連中だ、気にせず殺して良い」
「話が見えない。わざわざ俺にやらせる理由は」
「目立て。そろそろ隠し通すことも難しくなってきた。作戦の決行は近い」
ヒューゴは淡々と語るが、俺にとってその言葉が持つ意味は大きい。それは、この平穏な準備期間が終わることを意味していた。
「分かった。やる。……なあ、俺も行って良いか?」
「なんのために?」
「いや、対話もせずに殺すのは嫌なんだよ。ヒューゴが言った通りの奴か確認してからやりたい」
「好きにしろ。だが、戦闘は人形にやらせろ。お前がやると話にならん」
「ああ」
俺はこれ以上言葉を重ねることはなく、素直に頷いて人形の準備を始めた。
「一昨日、人間の塔を襲った時の変装。あれを人形に施せ。きっと食いつく」
敵対組織が、なわけはないか。あの時の俺を探している人間は多くいるだろう。研究の最先端の場所に、無断で入られてものを盗まれたのだから。
「派手にやれ」
そんな、応援かも分からない言葉に送り出され、白髪金瞳の人形は魔界のどこかへ放たれた。
次回予告。
ノルは強い。
だから、人形で敵と戦うなんてことができる。
しかし、それでも驕らないのが彼だ。
敵を見て、戦いの中でも成長していく。
次回、4-6 人形の無双劇