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カプシーヌ王国のスパイス騒動記
とある異世界、剣と魔法、そして過剰なスパイスが存在する王国“カプシーヌ”で、ある日、事件は起きた。
王国で知らぬ者のない“氷の女騎士”の異名をもつ凄腕の女騎士、ブリュンヒルデ。
彼女は、鉄壁の守りと冷徹な判断力は皆の尊敬を集めていた。
しかし、彼女には誰にも言えない秘密があった。極度の激辛マニアだったのである。
彼女の胃袋は、常に火を求め、燃え盛っていた。
事件は、毎年恒例の“シンデレラ舞踏会”の前夜祭で発生した。
この舞踏会は、国内の優れた料理人が腕を振るう場であり、優勝者には“王室御用達”の称号と、舞踏会でプリンセスに料理を提供する栄誉が与えられる。
今年の目玉は、伝説の魔物“ファイア・サラマンダー”の鱗から抽出したと言われる、“嘆きの激辛ソース”を使った料理だった。
「これこそ、真の刺激……!」
前夜祭で、それを見たブリュンヒルデは目を輝かせた。
ところが、前夜祭の審査直前、事件が起こった。審査員の前に並べられていた“嘆きの激辛ソース”の瓶が、忽然と消えてしまったのだ。
現場は騒然となった。審査員を務める侯爵は顔面蒼白で叫んだ。
「ソースがなければ、審査ができない!舞踏会の名折れだ!」
そんなこんなで捜査を任されたのは、ブリュンヒルデである。
彼女は冷静に現場を検分した。現場は厳重に管理されており、部外者が侵入した形跡はない。容疑者は、会場内にいた限られた人物に絞られた。
容疑者リストに上がったのは以下の3名。
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Ⅰ.美食家伯爵アルフレッド
伝統的なフランス料理を愛し、新しい激辛ブームを毛嫌いしていた。
Ⅱ.若手シェフ、エリック
激辛好き。昨年、アルフレッド伯爵に酷評され、逆恨みしていた。
Ⅲ.メイドのシンデレラ
灰掃除ばかりさせられている不遇な少女。なぜか前夜祭の会場に紛れ込んでいた。
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ブリュンヒルデは一人ずつ事情聴取を行った。
アルフレッド伯爵は全身の毛を逆立てるように叫び、
「あんな下品なもの、私が盗むわけがない!」
と一蹴し、地団駄を踏んだ。
エリックはやや怪訝そうな顔をした後、すぐに落ち着いた声で、
「確かに伯爵への恨みはあるが、ソースを盗んでまで邪魔はしない」
と穏やかに否定した。
最後に、シンデレラが残った。
彼女は怯えた様子で、ゆっくりと言葉を絞り出すも、
「私はただ、お使いを頼まれて……」
と、どもるばかりで話にはならなかった。
しかし、ブリュンヒルデはシンデレラの頬がわずかに紅潮し、瞳の奥に奇妙な熱が宿っているのを見逃さなかった。
直後、ブリュンヒルデは静かに言い放った。
「シンデレラ、あなたね」
「な、何を証拠に……?」
「その目よ。あなた、激辛が好きでしょう?」
そうブリュンヒルデに言われた途端、シンデレラは観念したようにため息をついた。
「実は……私が灰掃除をしていた屋敷は、義母と義姉たちが全員、生粋の激辛マニアだったんです。
毎日、食卓には世界中の激辛料理が並び、食べられない私はいつも残飯ばかり。
でも、ある日こっそり一口食べてみたら……その刺激に魅了されてしまったんです」
シンデレラは更に続けた。
「前夜祭に“嘆きの激辛ソース”が出ると聞いて、どうしても我慢できなくなって。
一口舐めてみたかったんです。あまりの美味しさに、つい瓶ごと隠し持ってしまいました……」
ブリュンヒルデはその動機に何故か頷き、ソースの居場所を吐くようにシンデレラへ指示をした。
シンデレラはもじもじしながら、自分のエプロンのポケットから空の瓶を取り出した。
「あ、あの……あまりに美味しかったので、全部舐めてしまいました……」
ブリュンヒルデは絶句した。
ファイア・サラマンダーのソースは、通常の人間なら一口で意識を失うほどの代物だ。それを瓶ごと、しかも何事もなかったかのように平然としているメイド。
「あなた……ただ者ではないわね…」
そうして、事件は解決したが、ソースは消滅した。審査員たちは頭を抱え、シンデレラを責めようと詰め寄った。
特にアルフレッド伯爵が物を言おうとしたその時、ブリュンヒルデがニヤリと笑った。
「伯爵、ご安心を。このシンデレラ嬢が、あのソースを完全に再現できます。私も保証します」
シンデレラは、日々の激辛英才教育(?)で培った絶対味覚と耐性を見事に発揮した。
消えたソースと寸分違わぬ、いや、それ以上の魔改造激辛ソースを即座に作り上げた。
その後、審査は大成功し、特にエリックは大喜びしていた。
他の美食家伯爵も「……下品だが、この完璧なまでの調和は認めざるを得ない!」と唸った。
こうしてシンデレラは、魔法使いの力ではなく、“激辛”という特殊スキルで舞踏会に料理を提供する栄誉を掴み取った。
そしてブリュンヒルデは、自分を超える激辛仲間を見つけ、心なしか嬉しそうにシンデレラを見つめるのだった。
めでたし、めでたし。