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第Ⅵ話「雨に散る君」
Ameri.zip
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【前回のあらすじ】
総統であるクリスに頼まれ、シイと共に軍の仕事を手伝うことになった零。零は何やらただならぬ雰囲気を纏うクリスや、セオリー通りではない作戦に胸騒ぎを覚えるが…
軍の手伝いと聞いてどんな大変な仕事なのだろうかと身構えていたが、僕達に任されたのは本当に「お手伝い」程度のものだった。
任されたのは「軍と連携した情報のやり取り」と「スパイの捜索」。だが、情報というのは戦争に関する機密でもなんでもなく、世論の方。まぁ当然と言えば当然だ。公認とはいえ僕は殺し屋、しかもぽっと出なのだから。
「戦争をすれば当然国内は荒れる。その時の鬱憤がいつ私達を襲うか分からないからな。世間の声を聞くのもまた、私の役目だ」
なんでも、戦争でかかりきりになってしまうため国内のトラブルの対処は後手に回ってしまうそうだ。そのトラブルを未然に防ぐため、僕達が町での井戸端会議や愚痴なんかを逐一聞いて、それを報告するらしい。
ちなみに、もう一つの「スパイの捜索」に関しては本当に僕はなにもしなかった。そもそも入国審査は厳しいし、何か怪しい動きがあったとなれば、すぐにシイさんが駆けつけてしまうからだ。足早バカに追い付いた頃には、現場は血祭りか談笑会のどちらかに変貌している。
そんなこんなで、僕はむしろいつもよりも楽なんじゃ?と思うようなお手伝いばかりをさせて貰っていた。基本的には街の人たちとお話をして、時々探りを入れる。スパイの情報があれば、まぁ一応駆けつけはするが大抵は事が終わっていて。
だから案外こんなものかと、正直油断さえしていたのだろう。
僕は、戦争を教科書の中でしか知らなかった。それは恵まれたことで、同時に無知ということでもある。無知は罪だ。
何も、知らなかった。知った気になっていた。だから、いけなかった。
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その日は珍しく、雪じゃないただの雨が降っていた。水が服を濡らして、張り付いた布は肌を湿らせていく。久々の感覚だった。
「オレ雨きらぁい。びちゃびちゃになるし、走ったら転ぶし、テンション上がんない!」
口を尖らせながら歩くシイさんはご機嫌斜めのようだ。雨のせいでもあるだろうが、彼の愛しの恋人と会えていないのも要因の一つだろう。
普段は補佐官として働いているが、フーゾさんは一応軍の医療隊隊長でもある。彼曰くあまりそちらに顔を出すことは無いらしいが、知名度はあるようだ。やはり能力持ちは目立つのだろうか。
「んね、零くんは雨好き?」
「…僕は、特に好き嫌いは…ああでも、体が冷えるのはちょっと嫌…ですかね」
実のところ、雨の日はそんなに好きじゃない。元いたところでは、皆なんとなく湿気や低気圧のせいで苛立っていた。八つ当たりをされたことも少なくはない。
「ふーん…そ。でも安心してね、ここはそんなに雨降んないから!」
「さすがに何年か過ごしてれば分かります」
それもそうか、と笑う彼の顔は、今日の空模様とは正反対の太陽のようだ。雲に隠れない、真冬の太陽。フーゾさんがこの笑顔を守りたいと言うのも、納得できる。
雨が嫌いでも、愛する人に会えなくても、笑顔を絶やさない人柄の良さ。僕には一生真似できないそれは、きっと彼が長く生きてきたから身に付いたものだ。
町中を歩く。いつもと違う静かな街に、雨の音と僕の水を含んだ足音だけが響いていた。
途端に、何かが弾けた。あれは銃声だ。残響が雨に吸い込まれる前に、シイさんは駆け出していく。突然走り出せるわけもなく、少しの間ともたつきを経て駆け出した。音からしてすぐ近くだろうか、スパイだろうか、ただのもめ事だと良いんだが、内ゲバなら最悪だな、といらぬ憶測を立ててはそれらを思考の雨に巻き込んでゆく。
「フーゾ…?…もしかして、」
そう呟いたのは、前をいくシイさんだ。その後にも何か口ずさんだ筈だが、雨音に消えていってしまった。
彼の鼻は人一倍よく働く。いつもそれは、せいぜい作っている途中の料理を見ずに当てることにしか使われない。だが、その正確さはクリスさんのお墨付きだ。だからこそ、その呟きは恐ろしいものでもある。
雨では、普通人の体臭というものは嗅ぎ分けられないだろう。なのにそれが分かったということは、それよりもより強い…例えば、《《血液》》の匂いが、彼の鼻に届くほどに多くあるということだ。
嫌な予感が過る。露に濡れて輝く白銀の隙間から、太陽は見られない。あるのは、焦りと恐怖にまみれた一人の男の顔だった。
角を曲がると同時に、二度目の銃声が唸りをあげる。だが、耳をつんざくような叫び声が瞬時にそれをかき消した。叫びは、一つの形を成して街に轟く。
「フーゾッ!!!おい、フーゾ!!!!」
視界を遮っていたシイさんの体が動く。そこにあったのは、腕と胸から血を流すフーゾさんだった。だらん、と放り出された腕が、まるで糸の切れた操り人形のもののようで。耳鳴りが、僕から世界を遠ざける。目の前の光景が、雨の反射だったらよかったのに、なんて。
◇To be continued…
【次回予告】
「うん、おやすみ。…愛してる、ずっと」
「惜しいやつを亡くした。…本当に残念だ」
「フーゾって、誰?」