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夢結び
・攻め女、受け男
・逆レイプ
・サキュバス
・過去作(2021/4-12)
過去作なので毛色がいつもと違うかも。
全身が、柔らかく温かいものに包まれている感覚がする。心いっぱいに心地の良いものを抱えたのは、何時ぶりか。否、もしかすると、それは初めてかもしれない。耳元で何かを囁かれたが、温もりに包まれると、どうでも良くなってしまった。ただその温もりの中で、一言だけ、女の人が囁いたのは分かった。
「これからよろしくね。人間クン」
その意味を考えることなく、僕の意識は闇に委ねる。光のない、揺籃のような黒は、あまりにも心地良かった。
ふと色を感じて、意識があることに気が付いた。ただ、いつものようにアラームのけたたましい音が聞こえる訳ではなくて。睡眠欲が満たされ、意識が自然と起き上がったような心地さえあった。すんと吸った空気に、甘い香りが含まれている。
いつも寝転がっているベッドに、自分の体温以外の温もりはないし、その温もりに気が付くのは、ベッドから出たくないと思った時だ。それに、甘い香りのものなんて、置いたつもりはない。
その異常に気が付かないまま、目を開く。そこには――布地に包まれた、球体のような影があった。
「うわぁああぁああっ!?」
思わず叫び声を上げながら飛び起きて、僕は強く後ずさる。けれど、そのすぐ後ろは壁に当たってしまって、逃げ出すことは叶わなかった。
部屋に、知らない女の人が居て――それも、彼女の膝の上に、頭を置かれていた状態で目が覚めたのだ。いきなり起きてしまった状況に、頭がぐらぐら回る。
「あら……もう起きちゃったの」
僕の叫び声にびくともしない彼女は、壁の隅に留まった僕にゆっくりと近付く。柔らかな茶色の髪が膨らんだ乳房を滝のように滑り落ち、優しい香りを漂わせている。女の人にあまり触れたことのない僕の胸は、知らない人の筈なのに、不自然に高鳴った。
彼女は僕を見つめて、その双眸をミステリアスに細める。言葉を紡ごうと僅かに動いた唇に、僕は目を奪われた。
「初めまして。そして――私のお家にようこそ。人間クン」
呼称に違和感を覚えた途端、その言葉に誘われるように、僕は眠る直前のことを思い出す。
眠ろうと布団を捲ると、ふと、後ろから、ぎゅ、と抱きしめられるような感覚がして、その柔らかさと温かさに、そのまま微睡んでいた……ような、気がする。夢のようなものだと思った記憶は未だに現実か夢かは分からないが、あの時に囁かれた言葉が、声が、夢ではないと示唆している。
「お前……もしかして、あの時、僕のこと……」
「あの時……? 嗚呼、私が人間クンを攫う前、ぎゅーってした時のことかな。丁度、こんな風に……」
ぎゅ〜……っ。甘く囁いた彼女の声が髪を擽って、柔らかい胸が僕の顔を覆う。驚きのあまりに暴れることも忘れた僕は、彼女の香りを吸い込んで、みるみる力が抜けていく。暴れないことを悟ったからか、彼女はゆっくりと腰を落ち着け、僕の脚の上に温かい太ももを乗せると、僕の頭を撫でながら語り掛けた。思わず吐き出した息を吸っても、不思議と苦しくなくて。ただ、どうしようもない程に甘い香りに、眠気でもないぼんやりとした感覚に襲われる。彼女の鼓動と声と甘い香りのことしか、視界を奪われた僕には分からない。
「怖がらせちゃってごめんね、人間クン。私はルルゼ。キミをお迎えに来た、魔界の住人です」
「まか、い……?」
「そう、魔界。……ただ、住人、って言っても、お迎え、って言っても、私はキミと契約する為にここに連れて来た、悪魔なのだけれど――」
悪魔。その言葉にぞくりとしたけれども、香りと柔らかさと温かさで、寒気も直ぐに溶かされてしまう。綺麗な女の人にしか見えないけれど、抱きしめただけで溶けそうな程に魅入られるのは、心に語りかけて来る悪魔にしか為せない業だ。
「私はただ、キミを幸せにしたいから迎えに来たの。それに、契約に払う代償はたった二つだけ」
「あ……」
ふと、僕の股間を舐めるように、指が這う。擽ったさと恥ずかしさと焦らされるような快感で、僕は慈母のようなルルゼの胸に深く顔を埋める。
「暫く、私の家から出ないこと。そして、キミは私に、美味しい精液をあげること。それさえ守ってくれれば――キミが私と居たいって、願ってくれれば、ね?」
「あ……っ、う、ぁ……」
掛けられた声が、異様に頭の中で何度も響く。ルルゼは僕に体を押し当て、固くそそり勃ち始めた僕の股間に秘部を擦り付けてくる。その度に、くちゅり、くちゅりと淫らな水音が何故か聞こえて、その音と彼女の鼓動が、僕の耳にこびり付く。優しくももどかしい、薄い布越しの情事は、想像を掻き立てていく。
「何度出しても、私が回復魔法を掛けてあげる。キミがイきたい、気持ちよくなりたい、って思う度に、こんなことができるし――あら、もう染み出しちゃった」
ルルゼの愛液が下着から染み出して、甘酸っぱい香りをつんとさせながら僕の服の股間部分をべっとりと汚し始める。愛液が染み出し始めると、腰を止めるどころかより強く押し付け、僕に溜まるもどかしい快感を高めていく。濃くねばつくような愛液はズボンから下着を侵し、ついには、股間に直接触れようとしていた。
「ほら、ほら……ふふ。選んで。キミの意思がないと、ずーっとこのままよ……?」
「あっ、う、あぁあ……」
僕のモノは先走りを下着の中でどろどろ吐き出して、それが彼女の愛液と混ざっていく。動けないままどろどろになった下着をズボンに押し付けられ、彼女の温かい愛液にとろとろに包まれていく。意識は股間の甘い痺れにしか向いていなくて、返事なんて到底できないまま、僕は腰から下をがくがくと震わせる。ルルゼはそんな僕を見て、くすくすと妖しく笑みを零した。
「これからもっと気持ち良くなれるから……ね?」
一緒に、ぐちゃぐちゃになりましょう?
吐息混じりに誘う言葉に、息が詰まる。快感に浸されたい。気持ちよくなりたい。何も脱いでない状態であんなに気持ちがいいなら、直接入れたら――どうなってしまうのだろう。
「直接入れたら、キミはそれだけで射精してしまうの。だって私は、淫魔だから。……男の子も女の子も関係なく、私がその気になれば、触らずにイかせることだってできる悪魔、だもの」
ルルゼの肌に、ぼんやりと黒い粒が浮かび始める。驚いて思わず胸から視界を離し、再び壁に頭を預けながら彼女の顔を見詰めていると、人間さながらの姿は一瞬にして黒い霧に包まれ、真っ黒な影が僕の前に現れる。そして、その霧はほんの少し眩い光と共に晴れていき。彼女は、ルルゼは――美しい肢体を晒した、悪魔の姿へと変貌した。
磨かれた陶器のような白い肌に、優しく潤った赤色の髪。はちみつ色の綺麗な瞳。
あの霧の色と同じ真っ黒な角と、蝙蝠のような羽。そして、先端が花の蕾のように締まった尻尾。
あれだけ触れていた胸も、その柔らかさと甘そうなはちみつ色の乳頭でまた僕を誘い始め、思わずしゃぶりつきたい衝動に駆られる。
けれど、一番に目立つのは。
「人間クン。私のおっぱいも良いけれど……ちゃんとこっちも見て?」
ルルゼは僕からほんの少しだけ離れると、細い脚を広げて、広がった場所に静かに指を添える。
「私の大事な所……人間クンに、直接見せてあげる」
広げただけでどろりと零れる、蜂蜜のように濃い愛液。染み出しただけで、触れただけで興奮を催すようなそれが、強い香りが、胸と布に阻まれない分、神経に直に響く。
「……う……」
ただ、それだけではない。広げた彼女の秘部までもが、蠢いて、吸い付こうと畝っているのが、表面上の動きだけで想像できてしまう。
ルルゼは両手を秘部に添えて、快楽の絡む肉口を開いたまま、目を細める。
「おいで、人間クン」
「あ……ああぁ……っ」
まるで泣き出したかのように、僕の昂った声が漏れていく。力の抜けた体は膝を立てて、這うように彼女へとにじり寄る。そして、僕は。慌ててズボンと下着を脱ぎ散らかして、彼女の中へと、狙いを定める。
彼女の咀嚼口は、先端からゆっくりと僕を呑み込んで、どろどろの熱い愛液に溶かし、そのまま、吸い込むように腰をくっ付けて――。
「これで、契約は完了ね」
「ううぅっ、出る、出ちゃう……!」
「良いよ、人間クン。私の中に、ご飯……精液出して?」
突起物のような腟内の襞が、陰茎をぎゅっと掴む。奥にはまるで亀頭を虐める為だけの粒が大量に詰まっていて、その一つ一つが、ちゅうぅと敏感な先端に吸い付く。囁かれ、焦らされ、限界の近くまで高められた性感は、突然激しくなった快楽に耐えられる訳もない。
咀嚼もしていない、頬裏の肉の感覚だけで、僕は呆気なく果ててしまった。
「ぁあぁああああぁああ!!」
「ん……っ。そんな声を出して、まるで女の子みたい」
ルルゼの腟内で暴れたように脈動した僕のモノは、絶頂に漬けられた精液を吐き出す。たった一度の射精なのに、毒のような快感で頭がいっぱいになって、僕はへなりと彼女の胸へと倒れ込んだ。
「お疲れ様、人間クン」
くすくすと可愛らしい笑い声を僕に聞かせながら、ルルゼは僕の頭を撫でる。射精後の心地良さで眠気が覆って来て、目を瞑る。けれど、彼女は笑い声を止めると、僕の腰に尻尾を巻き付けて、ぎゅ、と抱き締めたのだ。まるでそれは――。「それじゃあ、もう一回出しましょうか」逃がさないとでも、言うように。
「え……っ」
僕の腰に巻き付いた尻尾が、操るように前後する。当然、僕の腰も、そのまま前後に揺さぶられ。その度に、彼女の膣と僕のモノが擦れて、射精したばかりで眠ろうとしていた性器を、危ない快感で叩き起す。
「あっ、ひっ、ひぃ……! そ、んな、だめっ、ううぅ」
「ダメじゃないでしょ……? ちゃんと私は言った筈よ。『何度出しても、私が回復魔法を掛けてあげる』って。でも、一回だけじゃ物足りないから、私の中に出したんでしょ? 入れただけで射精してしまうのを分かって、それでも、私と気持ちいいことがしたい、って」
「でもっ、これは、ちがっ、ちがうっ」
「何も違わないわ」首を絞めるように、ルルゼは太く勃起した陰茎を締め付け、肉の触手の齎す快感で苦しめる。
「でも、どっちにしろ、キミはもう手遅れ。私と契約が結ばれた時点で、人間クンのできることは、決まってしまったんだから」
ルルゼは僕の肩を押し倒し、腰の尻尾を解くと、その先端から果実のような柔く瑞々しい突起物を覗かせる。
「ひ……っ」
不気味な見た目に怯えて、情けない声を上げるために開いた僕の唇にそれを押し込むと、さらさらとした水のような液体を口の中へ流していく。思わず僕はその水を飲み干すと、彼女は満足気に頷いた。
「回復魔法の詰まったお水を飲んで、水分でお腹が膨れるまで精液を出して……。限界まで搾り取られるだけ。でも、苦しくなんてないから。苦しいくらい、気持ちいいだけだから。ね」
口の塞がれた僕は、恐怖と拒絶で首を横に振ることしかかなわない。ただ、その反応でさえもルルゼを喜ばせるだけで、彼女が悪魔であることを思い出した僕は、みっともなく生理的な涙を滲ませ始めた。ちゅぽん、と注ぎ口が離れると、僕の口は命乞いを求める。
「たす、け、誰か……」
「もう手遅れだって、言ったでしょう?」
「〜っ!!」
不思議そうに呟いた彼女は、その腰を乱雑に降ろし、再び僕を膣で締め上げる。そのまま再び腰を浮かせ、擦り付けるように振り下ろすと、僕の肉棒がかき混ぜられていく。かき混ぜられているのはルルゼの膣肉の筈なのに、塗りつぶされるような快感で、僕の方が蕩けていく。
粘つく熱い愛液。先端に吸い付く肉の粒と、全体を撫でる触手。雄を壊す為だけに、堕落させる為だけにある搾精器の毒に当てられた僕は、まだ一分も経たない内に、また絶頂を迎える。それでも勃起は治まらなくて、畝ねる膣からも解放されず、精液を吐き出す。垂れ流す。絶頂に絶頂を重ねられて、理性は、僕の心は、この悪魔にとってはただの薄っぺらいおまけだったことに気付かされていく。ただ、その時にはもう精液は止まることなく、捻った蛇口のように、振った直後に栓を開いた炭酸飲料のように、腟へと溢れていく。
ルルゼはそれを、ごくごくと有り得ない音を立てて膣から飲み干しながら、僕の口に再び癒しの水を流し込む。それを飲んでいる間は、体が癒されているからか、飛びそうになる記憶が無理矢理起こされる。本当は飲みたくないのに、もうこの快感を感じたくないのに。ただ、飲まなければ死んでしまうと本能が察して、一滴も零さず飲み込んでいく。
もうすぐ打ち止めになって、精液の量も濃度も少なくなってきたところで、治療の供給が追いついて。垂れ流しになった僕の精液は、意識は、はっきりとしたものに戻ってしまう。
拷問だ、と思った。死ぬことも許されないまま、こんな風に刻み込まれて。たった一度しか迎えないはずの射精を、この悪魔は何度も強いている。
この快感から、悪魔からあまりにも逃れたくなって、愚かな僕は膣から引き抜こうと、ほんの少しだけ残った力で奥に埋まったそこから肉棒を引き抜く。その行動は、僅かに、数ミリか数センチ程、亀頭が奥底の粒から逃れられただけに終わった。
「あらあら。まだ暴れる気力が残ってたなんて……ふふ。でも、君のことは殺さないから……ちゃんと壊れないように加減はするから、安心して出したっていいのに」
ただ、その行為さえ、僕を快楽地獄に突き落とすだけだった。最早腰を引くことにさえも僕は圧倒的な快感を感じて、がくがくと腰を突き出しながら精液を垂れ流す。突き出せばまた粒が亀頭をびっちりと包み込んで、激しく吸い付いた。
壊されないから、苦しくって、気持ち良くって、苦しいはずなのに求めてしまって、その矛盾がまた辛いのに。ルルゼはそれを分かりきったように、笑みを浮かべる。
「でも、これだと神経が持っても、心が持たないで壊れてしまうし……それだと面白くないし、連れて来た意味もなくなってしまうわね」
それじゃあ、そろそろ。彼女は僕の耳元に、唇を寄せる。
「一気に出すから、これまでで一番大きな快感になるけれど……最後に、びゅーって、しましょうか」
その言葉を理解する前に、大きな絶頂の波が来るのを予感してしまう。彼女の瞳が、僕の視界の前で開いて。蜂蜜色の目が、僕を妖しく誘い込む。
今も漏れ出すように、ちょろちょろ、ちょろと細かい絶頂を迎えているのに。その波が訪れると、一瞬だけ、射精が止まる。
「打ち止めまで、射精しなさい」
ドクン。ドクン、ドクン。ドクン。
神経に刻み込まれた命令が、僕の意志とは関係なく膨らんでいく。これ以上出したら、それこそ、壊れてしまう。僕が、僕で、なくなってしまう。それなのに、抑えようとすればするほど、僕の心は、荒波に揉まれていく。
「ひ――っ」
「それじゃあ、この快感を楽しんでね。さっきみたいに、無理矢理快感でねじ伏せられるのとは違った……」
「神経に刻み込まれた、命令された快感を」
僕の喉が、何かを吐き出すように呻く。言葉にならない声。意味を成さない言葉を、嘔吐される精液と共に吐き出していく。ルルゼは僕の叫び声を、まるで愛おしい我が子の拙い歌を聞くように、うっとりと聞き惚れている。毒された僕の神経は、もう二度と、元に戻ることはないだろう。何も、感じなくなっていく。やっとこの苦しみから解放されるのか、それが一時的な休息であるかは分からないけれど。
呼吸の方法さえも忘れながら、有り得ない程の精を吐き出しながら、僕の記憶は、闇へと落ちていく。
彼女の放つ魔力と同じ、真っ黒な闇に。僕の意識は沈んで行った。
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とんでもない悪夢を見ていたような、優しい夢を見ていたような気がする。ぱちりと、あの時のように自然と意識が戻る。
見慣れない部屋に居るのは、僕一人だけだった。体を起こすと、布団がほんの少しだけ巡れる。肌の温もりから開放された外気は変に冷えている。何かの違和感を確かめようと、僕は布団を更に捲る。
「……!」
僕の体は、一糸まとわぬ姿をしていた。あの時脱がなかった上半身の服も、あの淫魔が持ち去ったのかすっかり消えている。生まれたままを晒したその姿に恥ずかしくなって布団を被ると、こんこんと扉がノックされた。
「人間クン、おはよう。ちゃんと元気かな」
僕の返事も聞かず、悪魔は部屋の扉を開いた。ちょうど布団を掛けていて良かったと思いながらも、僕はルルゼを強ばった目で睨み付ける。
悪魔のような姿でなく、人さながらの、慈母のようにさえ思えるその姿を。
「あらあら……そんなに警戒しなくてもいいのに」
ルルゼがさも当たり前のようにベッドへと近付くと、僕の体は掛け布団を引き連れて壁の方へとにじり寄る。その様子の何がおかしいのか、ルルゼはくすくすと静かに笑い声を零しながら、ベッドにその身を寄せて来た。
ぎしり、ぎしりと、スプリングが軋む。
「あんまり可愛いことしてると……また食べちゃうぞ?」
「ひ……!!」
睨み付けることも忘れて、僕は目を瞑る。布団を盾にするように頭を隠すと、先程よりも残虐で妖しい笑みが僕の耳に入り込む。ぽふりと布団に手が沈み込む音が響いたと思えば、一瞬で柔らかく脆い盾がベッドの隅に追いやられる。肌をそのまま晒した僕は、ルルゼに舐め回すように見詰められながら震えることしかできなかった。
「怯える姿もとってもかわいい……でも、怖がらなくたっていいのよ」
ぎゅ〜……。あの囁き声と共に、僕の体はまた淫魔の腕の中に収まる。心の中で、「騙されるな」と叫ぶ声と「温かい……気持ちいい」と呟く声がぶつかる。理性が必死に叫んだとしても、悪魔のもたらした温もりだけで、一度呟くように思ってしまえば、僕の心はもう戻れない。警戒を忘れた僕は、彼女の体に腕を回す。誰よりも柔らかくて、温かくて、いい匂いがして……何よりも大事で心地良い、彼女の肌に。
「私が此処に来たのは、君にお洋服を着せようと思っただけよ。……ただ、私の趣味だから、嫌いなものになるかもしれないけれど……」
僕の服が脱がされている理由は、ただ洗濯されている、という理由だけだった。この人に対して警戒なんてしなくたっていい。この人を信じて、その身に委ねて良かったと、僕は溜息を吐く。
僕が先程までまともだと信じていた心の声は、もう聞こえない。
「それじゃあ……この中から選んでね」
彼女の心地良い抱擁が終わり、心惜しさにぁ、と声が漏れる。早くまた抱き締めて欲しくて、うずうずした気持ちで服を並べるルルゼを見詰めていると、彼女は目を細めて僕の目を見た。
「これから、何度でも抱き締めてあげるから……寂しく思うことなんて、ないんだよ」
その言葉に、こくりと頷く。
悪魔の魔法に魅入られたせいだとは知らずに、僕は馴染む色の服に腕を通す。服の素材は感じたことのない不思議なふわふわとした柔らかい感触があったけれど、気持ち悪さや違和感は特になかった。
「うん、良く似合ってるわ」
満足気に彼女は頷いて、素朴な服を着た僕を様々な角度から覗く。その視線は、時折腰だったりお尻だったりと不適切なものだったけれど、初めて純粋に喜ぶ彼女を見ると、恥ずかしさやら嬉しさやらで笑みが溢れる。
「それじゃあ……一緒にご飯を食べましょうか。さすがにあの水だけだと、味気ないでしょう?」
ルルゼの言葉に、幼子のようにこくりと頷く。伸ばされた彼女の手を取ると、そこからじんわりと心地良い温もりが心に流れ込む。
覗き込むのもなんだか恥ずかしくて、それから彼女の顔を直接見ることはできなかったが、口角は常に上がっていた。
あの時に浮かべていた笑顔や、下半身に向けられていた視線の意味を、僕はまだ知らない。
そしてそう遠くない未来で、何度も、何度も。僕が忘れた頃にまた思い出すことになる。
彼女が良心的な心を持った人間ではなく、残虐な悪魔であることを。
この偽りの幸せと壊れる程の快楽の檻からは、決して逃げられないことを。
刹那、僕の体は、気が付かないほど弱いはちみつ色の不可解な光を放った。