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第壱章
「美鈴、何をしているのかしら?」
「…あっ、咲夜さんっ…」
目の前でしゃがみ込み、|⑨《バカ》の相手をしているのは紅美鈴だった。私がメイドとして仕えるレミリア・スカーレットお嬢様の館・紅魔館で門番をしている。
「めーりん、どーしたの?」
「いえっ…いやぁ…」
「早くカエル凍らせごっこしよ!」
そう言って、⑨はカエルをピキッと凍らせ、氷の中に閉じ込める。はあ、どこかの神様が怒ってきそうだ。
「めーりん、ねえめーりん!」
「すみません、ちょっと今は…」
「なに?いつもめーりん、いっしょにやってくれるじゃん!」
美鈴を睨みつけると、最後のひと足掻きのような愛想笑いを浮かべた。まだ向かいにしゃがみ込む⑨は、駄々っ子のように「めーりーん!」と叫ぶ。
「さっ、咲夜さん勘弁してくだ」
私はパッと時を止めると、弁解しようとする美鈴の口元も、美鈴を揺さぶろうとする⑨の手も止まる。そんな中、私だけは右足に差していたナイフを抜き取り、美鈴の背後に設置する。
時止めを解除すると、「っさい」という弁解の続きと、「うわっ!」という悲鳴が聞こえる。
「これで分かったかしら?そこの妖精も」
「めーりんをどうしたんだっ!」
これだからヒーロー気取りの妖精は。
「そう。なら貴方も串刺しにしてあげるわ。そのカエルさんが氷の剣で刺されたように、ね?」
そう言い放つと、わーっと⑨は去っていった。
「さて、美鈴。罪は重いわよ」
「ちょっと待ってください咲夜さん!」
回収したナイフを放つ。
…あら?
いつもに増して、少しだけナイフの進みが遅い気がする。能力は発動していないのに、だ。これなら美鈴に避けられちゃうじゃない!
…えぇ?
美鈴の速度も、ナイフに比例するようにゆっくりとなっていた。何よこれ、と言いそうになる。少しだけだが、確実にゆっくりとなっている。
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「幽々子様、寒いですね」
「ねぇ、そうね」
呑気に言う幽々子様は、霊に「ねぇ?」と語りかける。確かに寒いは寒いが、ふふっと微笑むぐらいの寒さだ。誤差の範囲。
「ふふ」
冥界にはちらちらと雪が舞う。春雪異変のことを思い出し、ぎゅっと口元を結ぶ。ああ、あの時勝っていれば、今頃は…という妄想の途中で、不意に雪を見つめた。
ちらちらと舞う雪。こころなしか、去年より舞が遅い。ゆっくり。明確に遅いわけではなく、あくまでゆっくりの範疇だ。
「幽々子様」
「なあに、妖夢?」
「雪が…」
いや、言うのをやめよう。
幽々子様は、気づいているはずだ。それなのに雪を眺める。気づいているのに。なんで?
私に試練を与えてくれているから、だ。
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「永琳」
姫様に呼び止められ、私は返事をした。
「何か異変が起こってるって噂知らない?」
「知らないですが」
「そう。私もよ」
何故こんなことを言うのだろうか。永い時を生きすぎてしまったのだろうか。それなら、今すぐ薬を調合せねば。
「何故か知らないけれど、時の流れがゆっくりになっていないかしら」
「…そうなんですか」
曖昧な返事の後、すぐに思い出す。
彼女の能力は、永遠と須臾を操る程度の能力。時間には取り分け敏感なのだ。ましてや、無限と等しい時を生きてきた彼女にとって、あの銀髪メイドよりも遥かに。
「…その異変を、解決しろと?」
「そうよ」
微笑んだ姫様は、どこかさみしげだった。