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とにかくなんかキラキラした話を書こう。
角川つばさ文庫を目指そう。会話文を増やそう。感情描写を多くしよう。
今日は中学生になって初めての1日授業の日。真新しい制服に包まれた私は、胸を高鳴らせながら校門をくぐった。入学式を終えたとはいえ、まだまだこの学校には慣れない。
きょろきょろしながら歩いていたら、誰かにぶつかってしまった。私は慌ててぶつかった相手の方を振り返った。艶やかな黒髪を低い位置でツインテールにしている女の子がいた。身長は私より低い。制服がぶかぶかなので、同じ中1なのかなと思う。
「すみません。」
私を見上げる女の子と目が合った時、女の子はぱっと花の咲いたような笑顔を浮かべた。右頬に小さなえくぼができていた。
「あなた、中1?」
「あ、うん、えっと、あなたも?」
「そうだよ。よかったら友達にならない?あなた、かわいいし。」
どきっとした。恋愛的な意味じゃなくて、かわいいと言われたことに対して、純粋に照れてしまったのだ。
「うん、全然、なろう、あの…。」
どぎまぎしているせいでうまく返事ができなかったけれど、女の子には伝わったようで、にっこり笑ってくれた。
「名前は?あ、あとクラスも教えて!」
女の子は歩きながら言った。綺麗な黒髪が揺れるのを眺めながら、口を開く。
「綾川、ほのか。クラスは、えっと、1年3組です。」
「あ、敬語やめようよ。同い年だし。ていうかクラス一緒!私は桜木香織。よろしくね。」
「うん、よろしく。香織、ちゃん。」
ずっと胸が高鳴っていた。初めての友達だった。
***
「香織、おはよー。」
教室に入ると、香織ちゃんの友達らしき女の子が駆け寄ってきた。私は戸惑った。なんとなく気まずい。
「おはよー、光希。」
「ん。それよりこの人だれ?」
光希と呼ばれた女の子は、私に視線をやって不思議そうな顔をした。名前ではなく『この人』と呼ばれたことに、少しだけ傷つく。初対面だから名前を知っていた方がおかしいけれど。
「友達のほのかちゃんだよぅ。」
「へー。友達?」
「うん、そう。ほのかちゃん、この子は私の友達の光希ね。幼稚園の頃から一緒だから、まあ幼馴染かな?」
光希さんは微妙な顔をしながら数秒間沈黙した。私も多分、彼女と同じ気持ちだ。彼女にとって私はあくまで友達の1人なんだな、という、嫉妬に似た、変な感情。かわいいとか褒められた後だと、さらに堪える。気がする。
とはいえ、香織ちゃんは相変わらずえくぼを作ってニコニコしているし、空気を険悪にさせるわけには行かない。
「光希、さん?よろしく。」
私はそう会釈をした。光希さんも、「よろしくね。」と返事をくれる。
この子のことは、あんまり好きになれなさそうだ。友達の友達は友達、なんて、綺麗事なのかもしれない。知らない感情が私の心を渦巻いていて、そんな自分には慣れていなくて。どうにも拭えない違和感というものが、私に張り付いている気がした。
***
お昼休み、私はお弁当を持って視線をさまよわせていた。香織ちゃんと食べたい。けど、香織ちゃんにとって私は一緒にお弁当を食べるほどの仲ではないかもしれない。それに多分、光希さんもいるだろうし。私がいたら、2人の邪魔になるかもしれない。そんなことを永遠と考えてしまって、自分の席から動くことができなかった。
そんなふうにしていると、
「ほのかちゃーん、ご飯食べよー。中庭で!」
教室のドアのそばに立った香織ちゃんが、自身のお弁当を掲げながら私を呼んだ。気分がぱっと明るくなる。
「う、うん。」
私はお弁当を抱えて香織ちゃんに駆け寄っていく。
「どこにいるのかと思ったよー。光希たちと中庭行ってたら、ほのかちゃんいないことに気づいて。」
屈託のない笑顔で香織ちゃんはそう言う。私も笑いながらごめんと返したけれど、内心では『光希たち』という言葉が気になって仕方がなかった。
光希さん以外にも、香織ちゃんには複数の友達がいるのだろうか。私が入ったら、浮いちゃうかな。邪魔者だとか思われないかな。いない方がいいんじゃないかな。私がいてもいなくても、あんまり関係ないだろうし。必要不可欠とかじゃないだろうし。事実、香織ちゃんたちは中庭に着くまで私がいないことに気づかなかったわけで。
そんなことをぐるぐると考えてしまう自分が嫌だ。こんなだから必要不可欠だと言われる存在になれないんだろう。わかってるけど、わかってるけど。
中庭のベンチには、光希さんの他に2人の女の子が座っていた。「葵とカレンだよ。あ、ちなみに2人は幼馴染ね。えーと、私と光希と仲良くなったのは、小5の時。」葵さんは短髪でボーイッシュ、いかにも快活そうだ。カレンさんはどことなく不思議な雰囲気を漂わせている。
あのメンツの中に私が入ってもいいのだろうか。緊張で胃がキリキリと痛み出した。
けれども実際に話してみると意外と優しくて、もちろんそれはまだ『他人』というレッテルが剥がれていないからだろうが、それでも攻撃的にされるよりはずっとマシだった。
***
それから2週間ほどがたった。学校にも人間関係にも少しずつ慣れてきた。もちろんまだまだ緊張はするけど。光希さんたちと距離を縮められているわけではないし。
休み時間、私、香織ちゃん、光希さんの3人は、香織ちゃんの机の周りでおしゃべりをしていた。
「香織ちゃんはたくさん友達がいるんだね。」
私がつぶやくように言った言葉に、香織ちゃんはえくぼを作った。香織ちゃんの笑顔は可愛い。胸にちくっと、小さな針が刺さったような痛みを感じた。この笑顔を向けているのは、私だけではない。光希さんにも、葵さんにも、カレンさんにも、他の子達にも。こんな子がいたら、みんな好きになっちゃうだろう。惹かれてしまうだろう。
「ほのかちゃん。」
光希さんに名前を呼ばれた。驚いた。私と光希さんが関わることは、あんまりないだろうなと思っていたから。
「どうか、した?」
光希さんの吸い込まれそうな瞳を見つめて聞いた。この瞳が、私はなんだか怖い。光希さんが基本的に無表情だから、というのもあるのかもしれない。
「ほのかちゃんは、香織のこと、好きなんだね。」
えーっ。私の声と香織ちゃんの声が重なった。
「そ、え、そう、そうかなぁ、え、そうかな……。」
汗がだばだば湧いてくる。へへへへ、と変な笑い声を漏らしながら視線を上から下へ、右から左へと動かし続ける。香織ちゃんの顔も光希さんの顔も見れないし、私の顔を見られたくもなかった。顔に熱が集中しているのがわかるから。
「うん、私のことはあんまり好きじゃないみたいだけど。」
「そ…んなこともないよ!!」
香織ちゃんに性格の悪い人だと思われたくなくて、それだけはしっかり否定しておく。実際光希さんのことは好きでも嫌いでもないけど、それを言葉にされると自分自身の器が小さいようでなんとも情けなくなってくる。
「別にいいでしょ。私も、あなたのことはあんまり好きじゃないもん。」
「あ、あぁ、そう…。」
「ちょっと光希ズバズバ言い過ぎ!」
「まぁお互いそこまで好きじゃない関係もそれはそれでいいんじゃない。」
どうやら光希さん的には、決して貶しているわけではないらしい。というか、光希さんならどんな関係性でも「まぁいいんじゃない。」と言いそうだ。
「えーなんか私が1番気まずくない?」
香織ちゃんが冗談ぽく言った。確かに、それはそうである。
***
7月中旬。私は日中は30度を超えるほどの暑さに耐えながら、毎日を過ごしていた。
『今週の土曜日、私と光希とほのかちゃんとで遊ばない?』
香織ちゃんからそんなメッセージが送られてきたのは、水曜日のことだった。予定は特にないので、返事はもちろんOKだ。いいよ、どこにいくの?そう打っている間に、続けてメッセージが送られてきた。
『葵とカレンは塾で行けないらしい。』
そういえば2人は幼馴染だと聞いた。特別仲が良くて同じ塾に通っているとか、そういうのもあり得そうだな。そんなことを想像しながら慣れないフリック入力でなんとか打った文章を送信した。
すぐに既読がついて、返信が来る。
『プールとかどう?』
この暑さにはぴったりの提案だった。
土曜日、私は楽しみすぎて待ち合わせ時間の30分前にプールに着いていた。が、やっぱり早すぎたので、受付の、2台ある自販機のそばでで立って待つことにした。受付を通ったら次は更衣室で、スマホなどもそこで預けるので、今入ってしまったらもう香織ちゃんたちと連絡が取れなくなってしまう。居心地が悪いけれど外は猛烈に暑いので仕方がない。
10分ほど経った時、自動ドアが開いて人が入ってきた。
「あ、ほのかちゃん。早いね。」
入ってきたのは光希さんだった。少し意外だった。まだ待ち合わせ時間まで20分もあるのに。光希さんはなんとなく、待ち合わせ時間ぴったりに来るイメージがあったのだ。偏見以外の何者でもないのだけれど。
「え、光希さんも結構早い…。」
「そうかなー。」
光希さんは私のそばにある自販機の目の前に立って財布を取り出した。何を買うのだろうと思い、改めて自販機の商品を見てみる。ひとつは普通の飲み物が売っている自販機で、もうひとつはアイスを売っている自販機だった。光希さんはアイスを買ったようだ。
自販機の口から取り出されたそれはいちご味。また、意外だと思った。クールな光希さんはチョコミントあたりを好むのかと…これもまた偏見でしかない。ぺりぺりと包装紙が剥がされ、可愛らしい色のアイスが見えた。光希さんの体に入っていくアイスを眺めていると、視線に気づいた光希さんが、アイスを私に傾けた。
「食べたいの?」
「えっ。あ、え、いやいや、申し訳ないから。」
「そう。別に少しくらいならあげても良かったんだけど、まぁいっか。」
割とフェアなんだなと、3つ目の意外なところ。
一度は遠慮したけれど、なんだか光希さんのアイスを見ていると美味しそうで、私も買おうかなと財布を取り出した。自販機の前で何味にしようかと思考する。バニラかチョコか、クッキーアンドクリームも捨てがたい。結局チョコ味にして、光希さんと並んで食べた。香織ちゃんが来るまでの間、会話はほとんどなかったけど、気まずいとは思わなかったのが不思議だ。
***
2学期になった。下駄箱で上靴に履き替え、廊下を歩いた。すれ違った葵さんとカレンさんに挨拶をすると、2人ともニコッと笑って返してくれる。教室に入る。教室の中は話し声で溢れていて、夏休みの非日常感から一気に日常に引き戻されたようだった。
「ほのかちゃん、おはよー!」
「おはよー。」
香織ちゃんと光希ちゃんが挨拶をくれて、駆け寄ってきてくれて、私も自然と笑顔になる。口を開いて、声を出す。
「おはよう。」
日常が始まった。幸せな日常。代わりのない日常。あまりにも尊い、日常。
軽く書けた。