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寄り道~だし茶漬けは囁いた~
今しがた乗るはずだったバスを逃した。急いで駅のバス乗り場に駆け込んだまではいいが、間に合わなかったのである。5mくらい前でドアが閉まり颯爽と走り去っていった。冷たい風が吹き抜けていく。
現在午後8時半。次のバスまで約50分。タクシーに乗って帰ろうかと思ったが、タクシー乗り場は人が多かった。それに伴って選択肢は消えた。家にあるものでどうにかしようと思って晩御飯はまだ食べていない。
「はぁ、お腹空いた」
同時に腹の虫も何かしら食えと主張してくる。
どうしよう。
寒い中で50分も突っ立っているわけにもいかないし、コンビニで弁当でも買うか。コンビニってどこにあったっけ?
見回した視界の端にライトに照らされているのぼりが見えた。
「おかわり無料」
普通の定食屋らしいが行ったことのない店だ。そろそろ空腹が限界に近く惹かれるように店へ向かった。
店の前にメニューが立ててあり、どんなものがあるのか気になったので見てみた。
肉、魚、野菜、さまざまな定食が並んでいる。どれもお手頃価格で財布に優しそうだ。数分眺めた後、最近、魚を食べる機会がないと思って鯖の味噌煮定食にした。
魚って家では食べると後片付けが少々面倒なのである。焼いた時の匂いが部屋にこもってしまうし。
中に入ると食券を購入しないといけないようだ。少し機械に苦戦しながらも食券を購入し、店員に席に誘導される。
「当店はお冷やなどはセルフサービスになっておりますのでご自分でお取りください」
そう告げられ店員は食券の半分を持って厨房に消えていった。
夕飯のピークは過ぎているようで人はまばらだった。飲み物を取りに行く。水か温かい烏龍茶か、温かい方が好みなので烏龍茶にした。烏龍茶の入ったポットの隣にもうひとつポットがある。なんだこれ。ポップには【だし】と書かれていて、最近の定食屋にはだしがおいてあるんだなと感心してしまった。ポップを読み進めるとだし茶漬けがオススメらしく【おいしい食べ方】の図まで書いてあった。
自分の座席に戻って時間を確認する。次のバスまで残り40分。急がなくても間に合いそうだ。
それからさらに数分。
「お待たせしました。鯖の味噌煮定食です。」
目の前に置かれた鯖の味噌煮は照明に照されて輝いて見えた。割り箸を割って……今回はうまく割れたようだ。いつもは片方だけ短くなってしまうので割り箸を割るのは苦手なのである。少し嬉しい。
「いただきます」
鯖を箸で一口大に分ける。よく煮込まれているようで柔らかく簡単に分けることができた。熱そうなので気を付けながら一口食べる。甘めの味噌の味が染みていてなんだかほっこりする。これはご飯がよく進む味だなと思った。魚とご飯の組み合わせっていいよな。時々味噌汁を啜りながら食べ進める。あっという間にご飯がなくなってしまった。鯖も同じようなタイミングで食べきってしまったのだか、少々食べ足りないと言うか、だし茶漬けが気になる。
まるでだし茶漬けに囁かれているかのように。
「おいしいよ。食べてみて。だしとご飯とお漬け物。小腹が空いているのなら。だし茶漬けはいかがかな。だしの香りが誘っているよ」
そう言っているように聞こえた自分は疲れているんだと思う。バスの時間まで20分。時間は少しあるし食べてみようと思う。食べ過ぎだと言われても体重なんて知らない。明日のことは明日の自分に任せればいいのだ。てことで明日の自分、頑張れ。
おかわりもセルフサービスらしく自分で食べる量をよそった。だしをかけて定食についてきた漬け物をのせる。これでだし茶漬けは完成である。お茶漬けはよく食べることが多いけれどだし茶漬けは初めて食べる。作り方ってそこまで変わらないから家で食べることができそうだ。そろそろ食べないとバスの時間が刻一刻と迫ってきている。
おいしい。
だしのかつお節の香りとご飯が絶妙に合っている。漬け物の食感も面白い。一口、また一口と進んでしまいほんの5、6分程で食べきってしまった。
「ごちそうさまでした」
おいしかった。一言、呟いて立ち上がる。バスの時間はもうすぐだ。
「ありがとうございました」
店員さんが笑顔で見送ってくれた。
また機会があればまた来てみようかな。
外に出ると思いの外冷えていて風邪をひいてしまいそうなくらい寒い。バス乗り場に着いた頃、丁度乗ろうとしていたバスが来た。乗り込んだ人は自分を含めて3人、時間も遅いのでガランとしていた。30分程揺られて目的地のバス停に着いた。いくつか手前でバスの乗客は全員降りてしまい乗っていたのは自分だけだった。
家についてお風呂を沸かしている間に本を読んでいたのだか、気づいたらうつらうつらしていた。それだけ疲れていたのだろう。お風呂が沸いた音がしたのでお風呂に入って布団に横になると早々と眠ってしまった。
何故か数匹の鯖に追いかけられる夢を見て夜中に飛び起きたのはまた別なお話。そのせいで次の日は少し寝不足ぎみだった。
先日、だし茶漬けを食べる機会があったのですがとてもおいしかったのでつい筆が進みました。
バスに乗り遅れた絶望感はハンパじゃないです。バスに乗るときは時間に余裕を持って行かないと後悔しますね。