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第五話:優しい嘘と、苦いうどん
祭りの喧騒が去った翌朝。第7大隊本部の空気は、いつもより少しだけ沈んでいた。
相模屋 紺炉の「|発火限界《アトラバースト》」による灰病の症状が、今朝は少し重いらしい。
「アカリ。紺炉さんが、今日は『うどんが食いてぇ』ってよ」
朝の算術もそこそこに、紅丸がぶっきらぼうに言った。
その目は泳いでおり、手に持った買い物袋を、まるで押し付けるように灯に渡してくる。
「……そ。じゃあ、私が作ってくるわね」
灯はすべてを察して、笑わずに受け取った。
紅丸がこうして「紺炉の名前を出す」時は、決まって彼自身が心配でたまらない時か、あるいは、灯に何かを頼みたい時の照れ隠しなのだ。
「紺炉さん、具合はどう?」
奥の部屋に入ると、紺炉が壁にもたれて苦笑いしていた。
「……悪いな、アカリ。若がまた、俺の名前を勝手に使ったんだろ?」
「ふふ、バレバレよ。『紺炉さんがうどん食べたいって言ってる』って。紅本人が、一番心配そうな顔してるのにね」
灯は火を起こし、焔絵の能力で繊細に火力を調整しながら、紺炉のために胃に優しいうどんを煮込む。
破壊の炎を出す紅丸にはできない、灯だけの「守るための炎」の使い方だ。
「……あいつ、素直じゃねぇからな。自分じゃ何も言えねぇクセに、お前のことだけは、一丁前に過保護ときた」
「知ってる。……昔から、あの子はそうだから」
灯は、懐中時計の蓋をカチリと開けた。
止まった針は、あの日、紅丸と手を繋いで帰った時のまま。
「若を頼むぞ、アカリ。俺の代わりに、あいつの隣で笑ってやってくれ」
「……当たり前でしょ。一等消防官として、全力で完封してあげるわよ」
部屋の外では、紅丸が聞き耳を立てているのが気配でわかった。
「……紺炉さんが、早く食えって言ってるぞ!」
壁の向こうから聞こえる紅丸の怒鳴り声。その声が少しだけ震えているのを、灯は見逃さない。
「はいはい、今行くわよ。……まったく、不器用なんだから」
二人のつく「紺炉のせい」という嘘は、優しくて、少しだけ苦い。
けれどその嘘があるからこそ、三人の絆は、浅草の街と同じように強く結ばれていた。
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