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キミの名前を描きたい。6
ありのままの俺
は、なんで一颯が小鳥遊と。
なんか今日は―運悪いな。
一颯は俺の親友(?)で、いつもは一人でいるのに今日はなぜか、小鳥遊といる。
意味が、分からない。
一颯は小鳥遊に何かをこそっと伝えてから俺の方を向いた。俺に向けられる鋭い視線が毎日、俺の心をぶすぶすとつらぬいていく。
そしてその度になんでこの世界で生きているんだろう、と思う。
死にたいと思う。
どうしてありのままの自分で生活してはいけないのか、それが俺の生まれた時からの疑問だった。だけど、そんな質問は親に出来なくて。
ずっと、苦しかった。今も、きっとこれからも。ずっと俺は周りの人たちに―本当の俺を知ってもらえないんだな。
「別に、特に意味はなく」
一颯が簡単にそう答えたものだから俺は少しだけ驚いた。
じゃあ、なんで小鳥遊といるんだよ。なんで、そんなにしれっと答えれんだよ。
人の、―気持ちも分かってないくせに。なんで。
次から次にわいてくる疑問に腹が立って俺は一颯をからかうように
「は?お前、小鳥遊に気でもあんのか?」
と言った。
でも、今、俺が発言した言葉が現実でないことを願う。
だって、小鳥遊を一番に思ってるのは―俺だから。
でも、こんな性格じゃ、きっと無理だ。クラスの問題児、いや、学年で一番の問題児と言われている俺と、学年トップクラスの可愛さを持つ彼女では釣り合うはずがない。
もちろん彼女も俺に気なんて全くないはずだ。
「ちょ、何言ってるか分かんないんだけど」
一颯はそう答える。
そう、だよな。俺の心の中なんて誰にも見えないんだから。―親にさえ。
「はぁ⁉」
簡単に、偉そうにそう答え、俺は一颯との会話を終えた。今日は、美術の絵の具が入ってるからやたらと鞄が重い。
―絵の具のセットは二つ入ってるから。俺と、良く忘れ物をする小鳥遊のために。
そう思っていても、今まで貸してあげられたことはない。
緊張するし、誰も俺に近寄ろうとしないから。
鞄をどすん、と机に置き席に座ろうとした。
でも、座れなかった。
もう一度、―小鳥遊の顔を見たい。
あの天使のような笑顔を見たいと思って小鳥遊の方を見ると小鳥遊は少し強張っているような、まるで何かを待っているような、そんな表情をしていた。
俺と小鳥遊の目は合わず、代わりに一颯と目がバチっと合った。俺は慌てて
「一颯はちゃんと持ってきたよな?」
と聞いた。そう、絵の具のことだ。絵の具、きっと小鳥遊は忘れてるだろうな、いや、持ってきてるかもしれない。そしたら、二つ持ってきた意味―ないじゃん。
「なにを」
一颯が答える。
一颯、性格いいもんな。教室に入ってきたときのあの小鳥遊の笑顔は過去一幸せそうだった。俺と話すときはいつも顔が引きつってるのに、なんで。
それは俺が―最低最悪なクズ野郎だから。
そんなこと分かってる。自分でも、はっきりと。
自分がしてることがどれだけ最低な事か分かるのに、直せないなんてもっと最低最悪で、俺は、俺はきっとずっとこのままダメな人生を送って、それで―。
そこまで考えて辞めた。一生変わらないようなことなんて俺はもう考えなくてよいのだと、もう俺は生きる意味がないのだと、そう思うことにした。
よし、今日、自殺しよう。死のう。死にたい。
俺が小鳥遊の彼氏になることができないのは百億年前から分かってる。
別に叶わないことが分かってる夢を追いかけなくてもよいのではないのか。
一颯に全てを取られてしまうのではないかと不安になる。
あの笑顔はまるで天使のようで本当に可愛くて。こんなクズの俺にはもったいなくて。
きっと小鳥遊は一颯のことが―好きで。
はぁ、もう無理だ。
俺にはきっと希望はない。神様も俺を応援してくれなかった。
信じることで救われるとか、そんなこと、やっぱり噓だったんだ。
俺は、俺なりに努力したのに。そうやって小鳥遊のことを考え始めると、泣きそうになる。
だから、もう忘れることにした。なにもかも。
「絵の具」
「あ」
俺の発言と同時に小鳥遊の口から声が漏れていた。
あぁ、ほら、やっぱり。忘れたんだろ。そのために俺は二つも持ってきてあげたんだ、なのに。
―でも、そんなこと、小鳥遊には言えなくて。
こうやって小鳥遊のために何かやってることも周りのみんなは知らないんだろうな、
きっとこの先誰も俺の努力を認めてくれない。
俺の本当の姿を見てもらえないんだろうな。
きっと―小鳥遊にも。
誰も分かってくれない。親にさえ。
小鳥遊の方を見る。小鳥遊は絶望感に満ち溢れた顔で俺のことを見ていた。少し小刻みに震えながら。
やっぱ、小鳥遊は俺のことが怖くて、近寄りたくなくて―
大嫌いなんだろうな。
もう、いいや。きっと俺に小鳥遊は振り向いてくれない。
いつもどうり、偉そうに、最低最悪な奴っぽく。小鳥遊を上目遣いに見て
「なに?小鳥遊忘れたの?お前なら忘れそうって期待してたんだけどマジで当たったw」
と。俺は正直言って泣きそうだった。なんで、こんなことしないといけないんだろう。
こんなことしてたら小鳥遊に嫌われる。
俺だってそんなこと最初から分かってる。
分かってるけど、そんな俺自身さえ、みんなには分かってもらえていない。
ただの問題児で絶対に近寄らないほうがいい最低最悪で人の気持ちを考えられない人間、と。
思われているんだろうな。
「忘れちゃった…あはは」
小鳥遊は俺にそう言った。はずだった。
―なんだろう、なんか、奇妙な違和感がした。
その声がまるで―俺に向けられた言葉だと感じなかった。
小鳥遊の視線は俺の方に向いているのに、ここにはいない誰かさんに言っているようで、俺なんか―いないみたいに聞こえた。
多分、さっきからマイナスのことばかり考えていたからだ。小鳥遊には振り向いてもらえないとかいう。
うん、きっとそうだ。
でもこの小鳥遊の言葉が俺の未来を左右する言葉だとはなんて今の俺には分かるはずがなかった。
本当は、俺が貸してあげるよ、って言いたい。
どうしても、言いたい。
だけど、そんなこと出来ない。
心の中ではそう思っているのに、俺の口からはその思いとは逆の言葉が出ていた。
「小鳥遊は終わったなw先生に説教されるwおもろすぎ!」
こんなんじゃ、ダメだ。
俺は性格を変えたいのに。これじゃまるで、俺には見えない、もう一人の自分みたいだ。
誰かに、制限されてるみたいに。俺の体を自分で操れない。
「小鳥遊wマジでお疲れ様」
俺の口からするするとひどい言葉が出てゆく。
残念ながら、俺はこれからずっと嫌われるんだ。この俺の発言を制限している、性格を変えろと言う、俺の人生を勝手に決めている―親のせいで。
―「瞬月ふざけんなよ!」俺の耳に届いたのは、そんな一颯の声だった。
「だいたいさぁ、人を馬鹿にするのってサイテーだと思うんだよね、個人の意見だけど」
あぁ、ほら、やっぱり。ほかの人は誰も知らない。俺が今こうやって思っているその感情も、顔に出しちゃいけないから。
一颯は今、俺のことを睨みつけている。一颯が俺を嫌っていることが分かる。分かってしまう。
一颯から俺に向けられている視線に、嫌悪が滲んでいたから。
でも、一颯からの視線や、一颯の発言より、なによりも目に飛び込んできたのは―。
「は、一颯何言ってんの」
俺は何事もなかったように、少しも傷ついていないみたいに振舞った。小鳥遊にダサいと思われないように。
―小鳥遊。好きだよ。
これが俺の言いたい言葉。
ずっと、そうだった。
―俺の気持ちは一生変わらない。
小鳥遊が、好きだ。
でも、俺がさっき一番気になったこと、あの、一颯が発言した時の、頬を桜色に染めている小鳥遊の顔。
それが、頭から離れない。
「だから、これ以上穂希を傷つけんなって言ってんだよ」
一颯は俺に対してそう言った。誰かさんが嫌な思いをするとか、そういうことを全く考えていないみたいに、しれっと。
意味、分かんない。
「へっ」
小鳥遊が一颯の発言に対して反応した。俺の発言に対しては何にも反応してくれない癖に。それも、一颯の時は少し頬を赤らめてるのに、俺の時は青ざめた顔して。この世の終わりが来たみたいな顔して。
穂希。一颯はそう言った。
俺は小鳥遊と呼ぶだけでドキドキしてしまうのに。なんで、一颯が小鳥遊の事呼び捨てにしてんだ。俺の一生の夢と言っても過言ではないような事を一颯は簡単に。
俺だって小鳥遊のこと下の名前で呼びたいのに。
ほんと、意味わかんねぇ。
グラウンドの隅にあるコンクリートの壁に寄りかかり、俺は絶望感に満ち溢れていた。
目の前には広大なグラウンドが広がっている。いつもは男子友達と走り回って薄々このグラウンド狭いなとか思っていたのに今は、ものすごく広く感じる。どこまでも続く草原のように。
―「おい、一颯こいつに気でもあるわけ?」
俺の中の悪魔がそう言った後の記憶はあまりない。
ただ頭には俺の方に向けられている小鳥遊の顔が浮かんでいた。
冷え切ったような青い顔、怯えている顔、俺のことが嫌いということをはっきりと主張しているあの顔が。それとその顔にはっきりと怒りが滲んでいたことも。
なんで、だろう。俺はこの先も小鳥遊に嫌われるのだろうか。うん、多分そう。
いや、絶対だ。さっきの小鳥遊の顔が答えだ。
「はぁ」自然とため息が漏れる。そんなため息と同時に目の奥が熱くなる。
こんなことには慣れているはずなのに。
今回だけはもう、我慢できない。
最愛の人に嫌われていることがその人に聞かなくてもはっきりと分かる。それは、俺が小鳥遊に心の底から嫌われているから。
残念ながらもう一颯にはとっくに負けているようだ。小鳥遊の行動と、その顔から。
そう思うとなぜか視界が歪んで目から透明な水が流れ落ちる。
一度流れ出した涙はもう止まらなくて、授業の始まりのチャイムが鳴ったのにも気づかなかった。
これからも続きます!