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怨恨ノ京 #1 権力がもたらすもの
ここは平安京。別名「怨恨ノ京」である。雅で優雅な表とは一変して、平安京の裏は嫉妬や嫌悪などで溢れていたのが由来だ。
ただ気品や地位を誇る貴族たちは、裏の顔を決して見せることはなかった。
泣くようぐいす平安京
|風光明媚《ふうこうめいび》な|宮中《きゅうちゅう》・|内裏《だいり》
物事には|表裏《ひょうり》あり
裏は隠し通すのみ
妬み恨みを見せてはならぬ
|門無き者《もんなきもの》は|塵や灰《ちりやはい》
弱き者は死ぬるが筋
強き者は|権勢振るう《けんせいふるう》
「これ、早う隠せ!穢らわしい!」
牛車に乗っている男性は、内側からちょっと顔を覗かせ、外を見ていた。
屋敷からちょっと出ると、そこには死体が見るも無様な姿で転がっている。
牛車の周りにいる従者は、その死体に急いでむしろをかけて手を合わせた。
流行り病で亡くなる者が近頃、多くなっている。
都には不穏な空気が漂っており、牛車に乗る男性はふん、と満足そうに笑って去っていった。
「お母さんと|九狼《くろう》には悪いけど…もうダメだわ…」
|宇葉《のきば》は震えながら涙声で言った。
妹の|宇京《うきょう》も涙を溜めている。
でも意地を張って流さない気らしい。
宇葉はそんな宇京を咄嗟に抱きしめたー
ここ数日、母の|軒野《のきや》と愛犬九狼はそれぞれ病にかかり、寝込んでいた。
そればかりか先程、宇京の友達は亡くなったばかりだ。
《死がこんなにも身近見える…》
そう思うと、宇京も意地を張ってはいられず、やがて涙を何滴もこぼす。
すると父である|弧介《こすけ》が家に戻ってきたようだ。
家と言っても竪穴式で、穴を掘り屋根を被せただけの質素な作りである。
弧介は入口から、ちょっとだけ顔を覗かせ手首を曲げ伸ばしして、「家から出なさい」と合図した。
入口には、二人ほど人があるようだ。
宇京と宇葉は険しくとも慣れた目つきで裏口から出、静かな風の吹く野原に行った。
「姉ちゃ、父ちゃんは大丈夫なの…?」
しばらくしたところで、宇京は急に怖くなった。
「…。私、ちょっと様子見てくる。宇京はここで待っててね」
宇葉は宇京の頭を撫でて、駆けて行った。
心配でたまらない宇京は、じっとしていられずしばらく野原を進んだ。
すると、烏帽子を被った少年が一人、木のそばで静かに座っている。
宇京は宇京らしくせず、じーっと静かに見つめていた。
だが、あまりに視線が厳しかったのか、やがて少年はパッと振り返り宇京を見つけた。
「そこのお嬢さん」
少年は優しく微笑む。
「何だよ!あんた!」
驚いて出た言葉がこれだったことを、宇京自身も驚いた。
「私のこと…恨んでます?」
(な、何こいつ…)
少年は怖いくらい面寄せしてくる。
「あんた誰?なんでそんなに面寄せしてくんの!?」
「これ失敬。私は大納言が息子、|左夜宇《さよう》といいます。して、あなたは?」
「あたしゃ宇京だよ。それで、なんでそんなお偉いさんがこんなところに?」
嫌味っぽく宇京が聞く。
「いろいろ訳ありでしてねえ〜」
まるで、商人のおじさんの様に言った少年は、左夜宇と名乗った。
大納言といえば、大貴族の息子なんだろう。
そしてその、生まれの差が宇京をひどく傷つけた。
「ふん。大貴族の分際で、あたしら庶民を貶そうっていうわけ?」
「そんなことはないですよ。第一、庶民のところへは行きませんし」
左夜宇の言い方はなぜだかカチンとくる。
宇京は珍しく迫り来る感情を抑えながらも、ふと思った。
「姉ちゃ、まだ戻らないのか…?」
小さな呟きが左夜宇の耳にも入る。
「お姉さんがいるんですか?」
「そうさ。でも米取りに絡まれた父ちゃんを見に戻ってから、帰ってこないんだ」
「まさか…それは家に戻った方がいいですよ!」
「なんだよ、いきなり!」
左夜宇は息を呑んだあと先程とは打って変わり、厳しい目つきを向ける。
ただならぬ気配に、宇京は家の方向へ急いで走った。
何がどうなっているかは宇京自身にもわからない。
だが、とても嫌な予感がして、とにかく走り続けた。
「えっ…?どういうこと…?」
宇京は家の薄汚れた玄関口に立った瞬間、言葉が出なくなった。
目の前が真っ暗になっているどころか、魂が吸い取られたかのように、伏していた。
「遅かったか…」
左夜宇もその光景を目にした。
そこには、父・弧介が殴られた後がある。
目にはアザが、ところどころに血が出ていた。
奥に向かうと、軒野と九狼が倒れていた。軒野の寝床には本の数十粒ほどのお粥が置いてある。近頃全く育たない米を、必死に集めた物だ。
さらにその横には、刀で胸を貫かれた姉・宇葉の姿があった。
母と九狼は病死し、弧介は殴られた死亡。宇葉は何者かに刺されている。
「えっ!なんだよこれ!おかしいじゃねえか!誰がやったんだよ!…」
涙を見せまいとしていた宇京だが、叫び終わるとすぐに泣いてしまった。
こんなに大好きな家族を、一瞬にして奪われたのだ。
左夜宇がポンっと、宇京の方に手を置く。
その手を睨みながら宇京は、
「全部貴族のせいだ!権力なんて作りやがって!あたしらが何したっていうんだ!」
と泣きながら叫んだ。
恐らく左夜宇に。
「…。そうですね…でも、お気持ちはわかるつもりです。私も数ヶ月前に、妻のしづはこの刀の持ち主によって殺されました」
すると、宇京の鳴き声がだんだん小さくなった。
ふっと、左夜宇に振り返る。
「本当か?」
「ほ、本当ですよ…」
宇京の圧がすごい。
そして凄い切り替えだった。
「じゃあ、あんたの妻と姉ちゃを殺したのは同一人物ってわけだ。あんたの妻はなんで殺されたんだ?」
「私にもわかりませんよ。ただ、しづとは昔から不仲だったんです。私が好みじゃなかったようで…」
「そのしづとかいう奴の気持ち、ちょっとはわかるな」
左夜宇の顔がムッとする。
宇京はそんなこと構わず、話を続けた。
「じゃあ、手を組もうじゃないか。あんたとあたし。、どっちも身内を殺されたわけだ」
「そうですね。じゃあ同盟でも組みますか」
宇京と左夜宇は手を取る。
先程までの雰囲気は嘘みたいだ。
その後、宇京は家族の墓を作り、宇京と左夜宇は同盟を組んだ。
同盟名は、「宇京と左夜宇の身内を殺した犯人探し同盟」を短くして「|左京犯同盟《さきょうはんどうめい》」にしたらしい。
宇京は、家族の恨みを果たすとばかりに、墓を振り返った。
でもそれは正しくない、とばかりにカラスが夕暮れ空に鳴く。
しかし宇京は、涙を振り切り、前に進むのだった。