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幕間
殺されたエージェントの近くに置かれていた罪の果実。
少年は何か思うことがあるようだ。
一度、国木田君達とは別れて連絡をする。
追加の情報を貰えなかったこともあるけど、リンゴが気になる。
澁澤龍彦はもちろん、太宰君にも関わりがある気がした。
安吾君に連絡をする前に、僕はメールの返信を先にしておくことにする。
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--- 幕間・1『少年と林檎』 ---
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やぁ、と僕は電話を耳に当てながら笑う。
相手はあまり良い気分ではないようだった。
「先程探偵社の国木田さんから連絡を受けました。リンゴ……でしたか」
僕は肯定してパソコンを異能空間から取り出す。
写真とか送りつけた方が早いな。
送信していると、軍警がやってきた。
「これさ、後の処理は任せて大丈夫?」
「えぇ。資料はすぐに別の者に届けさせます」
いいや、と僕はパソコンを閉じる。
「また消される可能性もあるし、エージェントの手に資料は残っていなかった」
「……情報はもう誰かの手に渡っていると」
「そういうこと。だからパソコンに送っちゃって」
後のやりとりはアリスに任せることにしよう。
とりあえず、僕は僕のやるべきことをやらないとね。
🍎🍏💀🍏🍎
古いジャズが、微かに流れていた。
地下にある店内に窓はない。
柔らかい空気、絞られた照明。
淡い橙色の光が、壁に並んだ空のボトルを照らす。
年代物のカウンターとスツールは淡い飴色になり、木目が良い風合いに育っている。
からりとグラスの中の氷がまわる、心地よい音が聞こえた。
「やぁ、さっきぶりだね」
階段を降り切った僕がそう声をかけると、彼は此方を向いて微笑んだ。
ある席に置かれていた蒸留酒の入ったグラスには、白いアリッサムの花が添えられている。
其処は、織田作さんがいつも座っていた席。
置かれている酒も、彼がいつも飲んでいた銘柄の蒸留酒だった。
けれど、グラスを呷る手は、今はもうない。
そもそも、グラスの置かれた席には誰も座っていない。
からっぽの席に、花とともに置かれたグラスだけが、寂しく佇んでいる。
「大切な会議とやらは終わったんですか?」
「あぁ。君がいないから、国木田君がまた怒っていたよ」
その様子が思い浮かんだのか、太宰君は小さく笑った。
「これ、頼まれていたやつね」
僕は“其れ”を机に置きながら、いつも三毛猫の眠っていた席へと腰掛ける。
対して太宰君は、微笑みながら自身のグラスを手に取った。
机に置かれた“其れ”は毒々しい赤と清らかな白のカプセルだった。
「……ありがとうございます」
織田作、君の云うことは正しい。
そう囁き、カプセルに手を伸ばした。
「人を救う方が、確かに素敵だよ」
ただし、と云いたげに太宰君は笑った。
「……生きていくのならね」
カプセルを口に入れた太宰が、名残惜しそうに席を立つ。
「じゃあ、行くよ。織田作」
別れを告げて、長外套のポケットから〝何か〟を取り出し、カウンターに置いた。
そのまま振り返ることなく、太宰君はバーを去る。
古いジャズの音に、靴音が重なる。
「……。」
やがて、靴音が聞こえなくなった後。
カウンターには、グラスとともに〝其れ〟が残された。
────ナイフの刺さった、赤い林檎。
殺されたエージェントの近くにもあった“其れ”を見て、ため息をつく。
「……もう暫くはここに居ようかな」
罪の|果実《リンゴ》は甘美な腐臭を漂わせていた。
少年はバーを後にしてヨコハマを離れた。
そして高所から霧がゆっくりと街を飲み込む様子を一人、静かに眺めている。
次回『少年と濃霧に包まれた街』
やはり、霧の中にいるであろう彼らに電話は繋がらなかった。