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第3話:若草色の誓い
湊の手の冷たさが、私の心臓まで凍らせていくようだった。
あまりの絶望に意識が遠のき、私は再び深い闇へと沈んでいく。
次に目を開けたとき、視界を埋め尽くしていたのは、あの冷たい病室の白ではなかった。
窓から差し込む、柔らかな春の陽光。
少し古びたアパートの、六畳ひと間のリビング。
「――遥、見て。このカーテン、やっぱり正解だったね」
振り返ると、そこには二十代の湊が立っていた。
白髪も皺もない、瑞々しい肌。少し長めの前髪。
彼は、新しく買った若草色のカーテンを満足げに眺めて、私に笑いかけた。
「……湊」
「ん? どうしたの、そんなに俺の顔じっと見て」
私はたまらず、彼の胸に飛び込んだ。
驚いたように湊の体が跳ねる。けれどすぐに、彼は私の背中に腕を回し、優しく包み込んでくれた。
トクトクと刻まれる、力強い心臓の音。
さっきの「死」が、嘘だったかのように温かい。
「湊、生きてる……生きてるよね」
「当たり前でしょ。まだ死ぬ予定はないよ? ほら、これから結婚式だって控えてるんだから」
湊は少し困ったように笑いながら、私の頭をゆっくりと撫でた。
その手のひらの感触に、私は涙が溢れるのを止められなかった。
「どうしたの? 準備大変すぎて疲れちゃった? 今日はもう何もしなくていいよ。俺が夕飯作るから、遥はそこでゆっくりしてて」
そう言って、彼は私をソファに座らせ、とことん甘やかすモードに入る。
台所から聞こえる包丁の音、野菜を炒める香ばしい匂い。
これが、私たちの始まりだった。
これから私たちは、あの「四十年の歳月」を歩んでいくのだ。
「幸せにするからね、遥」
キッチンから聞こえた湊の声は、誓いのように静かで、重かった。
私はまだ知らない。
この幸せな「再現」が、実はたった数秒の出来事だということを。
そして、この温かな日々を、もう一度最後まで繰り返さなければならないことを――。
🔚