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prologue
いよいよ始まるDEAD APPLE。
プロローグだから短いけど気にしないで☆
ヨコハマ裏社会史上、最も死体が生産された88日。
あらゆる組織を巻き込んで吹き荒れた血嵐、龍頭抗争。
────その終結前夜。
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赤い満月が空に浮いていた。
枯れ葉が風に乗り、道路に落ちる。
重く伸し掛かるような空気の下で、ポートマフィアの下級構成員である織田作之助。
そして、ポートマフィアに依頼を受けて仮加入している万事屋ルイス・キャロルは小走りで目標地点に向かっていた。
路地裏からは銃声が聞こえてくる。
ルイスも織田作も、手には拳銃を構え油断なく周囲を見渡していた。
曲がり角を抜けると、煉瓦造りの古く小汚い建物が目に入る。
血の臭気が漂っていた。
「うんざりだな」
織田作は小さくため息をつく。
右を向いても左を向いても死体の山だ。
いずれの死体の手にも銃があり、薬莢が大量に転がっていた。
どこかの構成員が銃撃戦を繰り広げたのだろう。
「……?」
ふと、二人の耳に引っかかるものがあった。
こんな暗澹たる夜には似つかわしくない声だ。
迷ってる暇はない。
逆方向であることも気にせず、二人は道路を駆け、“声”のした方に近付く。
辿り着いたさきには横転した車があった。
車から投げ出されたのか、近くに人が倒れている。
駆け寄った織田作は銃をホルスターにしまい、倒れている二人を確認した。
おそらく夫婦なのだろう。
夫らしき男は、家族を庇うように覆い被さっていた。
武装はしておらず、服装からも抗争に巻き込まれただけの一般人に見える。
流れ弾に当たったのか、夫婦はどちらも絶命していた。
「……チッ」
ルイス・キャロルは舌打ちをした。
戦争も抗争も、どちらも関係ない一般人の被害が出る。
けれど、夫婦が二人で守ったおかげで、子供だけは助かったようだ。
幼い少女が泣き声をあげる。
織田作が聞きとめた声だ。
織田作は少女を抱き上げ、怪我がないか確かめた。
奇跡的に軽傷しか負っていない。
服の裾からこぼれたハンカチーフに、幼い字で「咲楽」と名が記されているのが見えた。
「こんな状況で生きてるとは、運がいいな」
「……本当だね」
そう呟くと同時に、耳障りな雑音がイヤホンから流れてきた。
続けて二人を呼ぶ声が聞こえる。
『──織田作、ルイスさん』
急に繋がった通信に、二人の眼差しが鋭くなった。
「太宰、どこだ」
『何をしてるか大体察しがつくけど、早く逃げろ。そこもすぐに危険になる──』
ザザ、と雑音が混じる。
もう一方からの通信が割り込んできた。
『引っ込んでろ、サンピン!』
太宰と違う新たな声に、二人は視線を上げる。
直後、背後から豪速で走ってきた単車がルイス達を追い抜いた。
単車を運転するのは特徴的な黒帽子の男。
さきほど、太宰との会話に割り込んできた通信の相手だ。
ポートマフィア幹部候補、中原中也。
「今日も相変わらずの仲の悪さで何より」
「行くぞ、ルイス。太宰の言う通り、ここもすぐに危険になるだろう」
はいはい、とルイスは織田作の後ろをついていこうとした。
しかし、足を止める。
「やっぱり二人のところへ行っても良いかな?」
「元より俺一人でも問題ないが……嫌な予感でもしたか?」
「そんなところ」
じゃあ、とルイスは中也のバイクを追い掛けた。
🍎🍏💀🍏🍎
県庁の屋上へと着くなりルイスは鏡を出す。
屋上を強い衝撃が襲ったが、鏡はびくともせずルイスの目の前に浮かんでいた。
砂埃が収まった頃、ルイスは鏡を消して屋上を見渡す。
圧殺。
屋上にいた敵は全て死体となり、屋上を埋め尽くしていた。
「おや、ルイスさん。織田作と一緒だった筈では?」
「暇だから来ちゃった」
「早く行くぞ」
中也は二人の会話を気にせず、自ら作った死体の山を一瞥もしないでビルの内部へと進む。
ルイスは苦笑いを、太宰はため息をつきながら後をついていった。
目指す男は、ビルの中にいる筈だった。
非常階段を通って入ったビル内部は、随分と荒れていた。
廊下には埃が溜まり、鼠の走った跡がある。
人の気配がする方に向かうと、広い部屋の隅に事務机や棚が積み上げられていた。
電話のコードが千切れ、蛍光灯が点滅する。
重要そうな証券類も、雑多な書類とともにあたりに打ち捨てられていた。
部屋の中央には、天幕のような不審な空間が広がっている。
三人が探しに来た目当ての人物は、そのなかに座って居た。
彼はうつむきながらぶつぶつと呟き、火を熾したバケツに何かを投げ込んでいる。
「──手に入る、手に入らない、手に入る、手に入らない……」
花占いにも似た言葉。
ただし、千切っているのは花弁ではなく札束や有価証券。
さらには光り輝く宝石だ。
「手に入る、手に入らない、手に入る、手に入らない──」
札束が燃える。
有価証券が千切れる。
宝石が炎に呑まれていく。
太宰が石を見て呟いた。
「あれ全部、本物の宝石だ……」
「今のは五千万だね」
硬質な音を立て、大ぶりな宝石が焚火に投げ込まれる。
「──……手に入らない」
それが最後のひとつだったのか、男が吐息をついた。
「こんな占いばかり当たってもまったく嬉しくない。組織など編んでみても、やはり欲しいものは手に入らぬか」
男が顎の下で手を組み、その顔が炎に照らされる。
白い膚に背中まで流れる白い髪。
髪の一部は編み込んでたらしている。
美しい容貌のなか、毒々しい赤の瞳が印象的だ。
澁澤龍彦。
この男を殺せば、龍頭抗争は終結する。
全ての災禍の原因とも云える存在を前にして、昼夜が一歩進み出た。
静かな声で云う。
「……俺の仲間を返せ」
その声で、ようやく中也達の存在に気付いたように、澁澤が顔を上げた。
「ようこそ、退屈なお客人」
無感動な眼差しを澁澤は向ける。
「どうせ君達も私の欲するものを与えられはしない……早々に死にたまえ、彼らのように」
澁澤の背後から、ゆっくりと霧が立ち上る。
その足元には、何かが転がっていた。
中也がそれに気付き、目を見開く。
床に転がされていたのは、中也の仲間達。
行方不明になっていた六人全員だった。
全員、瞳孔が開ききっており、ぴくりとも動かない。
すでに絶命していることは明らかだった。
澁澤が告げる。
「君の友人はみな自殺したよ。退屈な人間は死んでも退屈だ」「てめええ!」
中也の顔に赤い異能痕が走った。
強く握りしめた拳が震え、手袋が弾け飛ぶ。
あらわになった腕にまで、異能痕は広がっていた。
暴れる心が求めるままに、中也は異能を解放する。
風が起こり、中也の髪が揺らめいた。
「止めるなよ」
中也は太宰達に告げて、澁澤と向かい合う。
「やれやれ……」
ため息まじりに、太宰は後ろにさがった。
「良いの?」
「森さんは此処まで見越してるし、大丈夫ですよ」
そう、とルイスも踵を返した。
「“陰鬱なる汚濁”……か」
中也の異能が暴走を始める。
絶叫。
咆哮。
轟音。
ありとあらゆる音をあげ、ビルがまるごと破壊される。
衝撃波が待機を揺るがし、破片が砲弾のように飛び散った。
「君の異能力って、二次被害までは無効化できないよね」
「はい。ルイスさんが居なかったらビルの崩壊に巻き込まれて、中也と心中することになってました。考えるだけで気持ち悪い」
「……良かったね、僕の鏡まで無効化しなくて」
本当ですよ、と太宰は何度目か判らないため息をついた。
🍎🍏💀🍏🍎
「──……。」
惨憺たる様相を見せる現場を、遠くから眺める男が居た。
肩まで伸びた黒髪と紫水晶のような瞳を月光が照らす。
外套が、風に大きくはためいた。
ふっ、と無邪気な笑みをこぼし、底知れない表情を浮かべて、男──フョードルは、誰ともなく独り言ちる。
繊細な指が、音楽を奏でるように空を滑った。
「……楽しすぎるね」
ふと、フョードルは気付いた。
崩れゆくビルの少し手前、二人の少年が宙に浮いている。
正確には鏡の上に乗っているのだ。
「おや……まさか僕に気づくとは思っていませんでしたよ、ルイスさん」
フョードルは先程よりも口角を上げ、とても嬉しそうに笑っていた。
銃弾が降る。
砲声が響く。
|路面《アスファルト》が抉れ、血塵が散る。
哄笑と悲鳴が飛び交い、怨嗟の声が町を蝕む。
数多の命を奪い、夥しい惨劇を生んだ龍頭抗争。
五千億円という大金をきっかけに始まった抗争は、ヨコハマ全土を戦場へと変えた。
ある者達は双黒として戦いに身をやつし、ある者達は戦いで肉親を喪って路頭に迷い、ある者達はのちに、迷子達を引き取ることとした、血なまぐさい戦い。
それから六年後。
────龍は、眠りから目覚めようとしていた────。
あれ、3701文字だぞ???
思ったより書いてて笑うわ。
次週からいよいよ本編!
一話の長さがどれぐらいになるか不明ですが、お楽しみに!