公開中
プロローグ
しんいち
「櫂李さん、櫂李さんっ、、」
人の目なんて気にしてられない。
路地にこれでもかと言わんばかりに
張り巡らされたネオン管が、
マラソン選手のように全力疾走している男
を照らす。目がチカチカする。
それでも、俺が見ているのはただ一点、
あの人に続いてる道だった。
もう22時だというのに今から店開きの
準備で賑わう通りを抜け、辺りはいきなり
静けさを取り戻した。住宅街だ。
遮蔽物がなくなり少し肌寒い気もする。
俺はメロスじゃない。あの人もセリヌンティウスなんかじゃない。
あの2人の友情にだって負けない繋がりが
俺たちにはあったと思う。少なくとも、
俺はそうであってほしかった。
誰もが一度は耳にしたことがあるだろう、『走れメロス』という物語を。普段本を読まない俺がこんな事に思いふけるなんて。中々
ジャパンに染まってきたのではないか。
そんな場違いのことを思っている間も
足は止まらず、ただ1つの目的地に向かって
走っている。
あの繁華街に何度も足を運んだ。
あの住宅街に近づくたび心が躍った。
普段読まない日本の本だって、
たくさん読んだ。
それは全部、あなたとだったから。
あなたのおかげで酒の楽しさを知った。
あなたとの話題が少しでも欲しくて、
苦手な日本語の本だって読んだ。
あなたといて人間の怖さも知った。
あなたに少しでも振り向いて欲しくて、
自分磨きだって頑張った。
だから、お願いです。
またあの無機質な、感情のこもってない
目でだっていい、一言もなくたっていい。
代わりに俺が何回でも伝えるし、あなたを
ちゃんと見てあげるから。
「置いてかないでよ、ヒョン、、」
気づけばもう目的地に着いていた。
受付であの人の名字を伝え病室に向かう。
もしかしたら声になっていなかったかも知れないが。
それでも看護師さんはすぐに案内してくれた。だって、あなたと会ってしまったせいで俺もこの病院に通っていたんだから。
病室についた。あの看護師さんは空気を
読んでか、1人にしてくれた。
深呼吸3回。あなたが教えてくれた、
心を落ち着かせろための魔法。
ドアにかける手は小刻みに震えていた。
ねえ、俺あなたのために国まで
超えてきたんだよ。
この病院に来たのも来なくなったのも、
あなたのおかげなんだ。
あなたがいない人生なんて思い出せない。
好きになったら終わりだって、
わかってたのに。
それでも好きになっちゃったんだよ。
いつもそうだった。あなたはどこまでも
可哀想で、無防備で、愚かで、残酷だ。
掴めそうで掴めない人。
あなたが信じてくれるまで、何度でも
愛してるって伝えるよ。
あなたが愛してくれるのなら、何度でも
抱きにいくよ。
だからお願い、どうかーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『えと、どちら様ですか?』
パリン。
音が聞こえた。
、、ああ、あの時と同じだ。
あなたと出逢ったあの時聞いた、
世界が色づいていく音。
ーーーーーーーーーーーーーーそれは同時に、俺の世界が
崩れていく音でもあった。