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良くも悪くも不思議な話
夢、だろうか。見知らぬ部屋に|行野 導《ゆくの しるべ》は椅子に座っていた。目の前に立っていたのは導よりも年上の女性。青いワンピースに特徴的なブローチ。片手には本を持っているようだ。
「君はとある岐路に立たされている。簡単に言えば君の行動に世界の命運がかかっていると言ったらどうする? まぁ、そんなこと突然言ったって混乱しちゃうよね」
「」
声を出そうとしたら何も音が出なかった。女性は淡々と話を続ける。
「心配しなくてもこの状況を打開するある秘策があるんだ。それがこれ」
差し出されたのは黒い封筒。赤い蝋で封がされている。腕は動くようで封筒を受け取った。
「それにどう答えるのかは君次第。いろいろあると思うけどがんばって、としか言えないんだ。最後に1つ、私は喫茶デリータってところにいる……かもしれない」
と言って女性は消えたところで導は目が覚めた。あくまで夢の筈。夢見の悪い夜だったと思いながら起き上がる。手には黒い封筒があった。
封を開けると便箋が2枚。1枚目には女性が言っていた内容と似たようなこと、2枚目には契約書と書かれている。契約書には「対価と引き換えにこの命運を打開する力を授けん」
みたいなことが書かれていた。対価とは何だ。力って何だ。怖くなってきて引き出しの中に放り込んだ。
その日の学校からの帰り、気が付くと知らない場所にいた。いつもとは違う道から帰ろうとしたのがいけなかったのかもしれない。現在進行形で黒い何かに追いかけられている。捕まったらいけない、そう思いながら必死に逃げている。走り続けてとうとうつまずいてしまった。ふとポケットに手を突っ込んだ。なぜか例の封筒とペンが入っていた。もう頭の中では恐怖でいっぱいで藁にも縋る思いで名前を書く。署名を書ききった途端便箋が灰になって消えた。次の瞬間、目の前に何かいた。
「契約成立だ。ボクはメルア、|契約者《マスター》君に力を貸そう。契約の証にこれを」
この人形みたいなのが力を貸してくれるらしい。渡されたのは5センチくらいの花のブローチだった。
「君は何者なんだ?」
「ボクはボク、何者でもないさ。ただ人間ではないことは確かかな。こんなところでおしゃべりはほどほどに。さっさと行こうか」
メルアの後ろから黒い何かが襲いかかってきた。
「メルア、後ろ!」
「ボクを倒すには動きが甘いかな」
メルアが指を鳴らすと辺りが炎に包まれ何かは燃えて灰になった。
「これで良いかな? いつの間にここまで来たんだか」
「道に迷ってそっから」
「そう」
メルアについていくと知っている道に出ることができた。気が付くとメルアは消えていた。
家に帰り着くと郵便受けに梱包された荷物が入っていた。先日インターネットで注文した本が届いたのかもしれないと思ったがどうも違う気がする。宛名は自分だったので部屋で早速開けてみた。すると中身は豪華な装飾が目を引く本と鍵だった。知らない言語で書かれているようで内容は全く分からない。スマホで写真を撮って翻訳してみると、上手く翻訳されなかったようでやはり分からなかった。内容を理解することは諦めてとりあえず本棚に置いた。夕飯の時間になったので母さんが呼びに来たようで導は部屋を出た。
「遅かったじゃないか」
部屋に戻ると椅子にメルアが座っていた。もう今日1日疲れすぎて驚く気力もない。
「どうしてここに? てか何の用?」
「ブローチだよブローチ。ブローチがあれば大抵の場所なら移動してこれるんだ。ここに来たのはさっきの対価を支払ってもらうためだよ。契約書にも書いてあったでしょ?」
「確かに書いてあったけれど対価って何?」
「それが何も考えていないんだよね。面白そうだしその棚にある本でももらおうかな?」
指を指した先には先程俺宛に届いた本だった。内容は分からないし、置いておいても不気味なだけなのでいいかと思った。
「別に良いけど、こんなのでいいのか?」
「いーよ別に。対価は支払った、ということでこれからもよろしくね|契約者《マスター》君。それじゃ」
と言って消えた。なんだったんだあいつ。
ブローチは試行錯誤の末ペンダントになった。胸元に着けるより首にかけた方がましだろう。まぁ、普段はポケットにでも突っ込んでおくつもりだけど。
次の日、学校が休みだったので散歩に行った。
「よく来たね。いらっしゃい」
気が付くと喫茶店にいた。喫茶デリータ。あの女の人が言っていた場所だ。等の本人が目の前にいる。ここでは喫茶店のマスターって感じのフォーマルな服装だった。
「無事に契約も果たせたようだね。どうにかなるといいけど。まぁ、いいや。コーヒーはいかが? おすすめはブレンドだよ」
「はぁ、よくわかんないけどブレンドひとつ」
「OK。まぁ、ゆっくりしていきなよ。自己紹介が遅れたね。私は|御伽《オトギ》だよ、よろしく。これはサービスだ」
と言って目の前に出されたのはプリンだった。ひとくち食べると昔ながらのプリンって感じで少し固めのようだった。しばらくしてコーヒーのいい香りが漂ってきた。