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異世界での出来事を話して欲しい
だから木綿は真也の家まで押しかけた。
玄関のチャイムを鳴らすと、すぐに真也は出てきた。
その顔には少し疲れが見えるものの、体調が悪いわけではなさそうだと木綿は判断する。
そんな真也に木綿は言った。
異世界での出来事を話して欲しいと。
その言葉に真也は快く了承してくれた。しかし、木綿の不安は消えなかった。
なぜなら、真也は異世界での出来事を話すとき、とても嬉しそうな顔をするからだ。
その表情を見るたびに、木綿の心はざわついた。
そして、その日から真也は毎日のように異世界の話をする。
まるで、異世界での日々を思い出すように。
木綿は、異世界から戻ってきた真也に、この世界での思い出を作って欲しいと思っていた。
しかし、真也の思い出話を聞いていると、この世界での思い出よりも異世界での思い出の方が大切なものに感じられた。
この世界は、真也にとって辛いだけの世界ではないか? 木綿はそう思った。
そして、その疑念は確信に変わる。
真也は、異世界へ帰りたがっている。
その事実は、木綿を絶望させるのに十分なものだった。
そして、その絶望は、木綿の思考を鈍らせる。
そして、彼女はとんでもないことを口にしてしまう。
それは、真也がこの世界に残るための手段だった。
木綿は、真也に異世界へ戻って欲しくないという気持ちから、その方法を口にした。
それは、木綿が異世界で手に入れたスキルを使ったものだった。
真也はその方法を知らなかったため、彼女はその方法を彼に教えることになったのだが……その方法が失敗だった。
木綿は、真也にキスをした。
真也は驚いていたが、木綿は構わず唇を重ねる。
しかし、木綿の願いとは裏腹に、真也は抵抗する素振りを見せた。
木綿は、真也が自分を拒否することに耐えられず、咄嵯に言ってしまったのだ。
「私を抱きしめて」と。
真也には、木綿の言っている意味がわからなかったが、それでも言われた通りにする。
すると、木綿は真也の体を抱きしめ返した。
その瞬間、木綿の体は光に包まれる。
「え……!?」
木綿は困惑するが、もう遅かった。
木綿は光の粒となって、真也の腕の中から消えた。それは、異世界から帰ってきた時と同じ現象だった。
「木綿っ!」
真也は、突然姿を消した木綿の名前を叫ぶが、返事はない。
しかし、その声に応えるかのように、真也の目の前に魔法陣が展開される。
そして、その中心から現れたのは、異世界の衣服に身を包む木綿の姿だった。
「……え?」
真也は、その光景に驚きを隠せない。
「あ、あれ? 真也くん……だよね?」
木綿もまた、自分の姿を不思議そうに見つめながら言う。
「そ、そうだけど……木綿こそ……」
真也の言葉に、木綿は「やっぱり」と言って笑う。
「ごめんね、急にいなくなって。ちょっと訳があってさ。それより、真也くん大丈夫?」
木綿は、真也の体に触れようとするが、その手は空を切る。
木綿の手は、真也の身体を通り抜けたのだ。
それに驚いた木綿は、慌てて手を後ろに回す。
しかし、今度は何かに触れる感触があった。
それは、真也の服の一部だ。木綿は、自分の手が触れている場所を確認するために視線を下げると、そこには真也の顔があった。
木綿はその事に気づき、顔を真っ赤にして真也から距離を取る。
しかし、先ほどまであったはずの壁のようなものは無くなっていた。
木綿はそれを確認して、もう一度だけ真也の体に手を触れる。
やはりそこには何も無い。
どうやらこの世界において、自分は幽霊のような存在になっているらしいと木綿は推測した。
真也からすれば、いきなり女の子が現れたように見えるはずだ。木綿は、自分がこの世界に残れた理由と経緯を真也に話すことにした。
自分が、異世界からの帰還者の肉体を乗っとることのできる特殊なレギーナであること。
真也の両親を殺したのが、そのレギーナであるということ。
そして、自分の目的は、そのレギーナを倒すことだという事。
真也は、木綿の説明に納得がいかない部分もあったが、とりあえず理解することにした。
そして、真也は木綿に提案する。
それは、木綿の目的を達成するために協力したいというものだった。
木綿は、その言葉に驚く。自分の目的を果たすということは、この世界を捨てるということに他ならない。
真也には、そんな選択はできないだろうと思っていたのだ。
しかし、真也は真剣な眼差しで木綿を見つめていた。
その瞳を見て、木綿は確信する。
真也は、この世界で生きるつもりがないのだ。
そして、それは真也の決意が固いことを意味する。
その事実が木綿を苦しめる。しかし、彼女は諦めない。
例え、この世界で真也と共に歩めなくてもいい。
ただ、真也を守りたい。それだけを思って、彼女は自分の正体を明かしたのだ。
だからこそ彼女は迷わない。
真也のために、彼女は戦うことを決めたのだ。
そして、彼女は真也に協力を求める。
真也は自分の意思を伝えてくれた。ならば自分もそれに応えなければ、と木綿は思う。
だから彼女は自分の持つ知識の全てを使って真也をサポートすることに決めた。
まずは、自分の能力について説明しなければならない。
木綿はそう思い口を開くが、それよりも先に、聞き慣れた音が響いた。
真也のお腹の音だった。
「お昼まだだったんだね。じゃあ、一緒に食べようか。私の作った料理をさ」
木綿は笑いかける。
真也は、恥ずかしそうに頬をかいた。
それから二人は、昼食を摂るために食堂へと向かう。
その道中で、真也が倒れた。たちまち蜂の巣をつついたような騒ぎになり救急車が到着した。
搬送先の病院で残酷な診断が下された。真也の脳腫瘍が手の施しようがないほど進行していたのだ。ICUで真也は木綿に告げた。「俺はもう助からない。今夜が山だそうだ。だから一つ君にお願いがある。俺の分まで生きてほしい」
「そんなの嫌だよ!私は真也くんと一緒に居たいんだ!」
「わかってる。でも聞いてくれ。もし俺が死んだら、君は悲しむだろう。でも忘れないでほしい。君の心の中にはいつも俺がいることを。たとえどんなことがあっても、俺はずっと君の側にいるということを」
「真也くん……わかったよ。絶対に真也くんのことを忘れたりしない。約束する。必ず真也くんの分も生きてみせる」
「ありがとう木綿。最後にもう一つ頼みがある」
「うん。何でも言ってみて」
「木綿の笑顔を見せてくれないか?きっとこれから辛いことがたくさんあると思う。けど、木綿のその綺麗な顔はいつでも笑っていて欲しいんだ」
「真也くん……こんな時にずるいよ」
「ああ、そうだな。でも最後なんだ。頼む」
「……うん」
木綿は精一杯の笑みを浮かべて真也に見せた。
「これで安心できた。木綿、愛しているよ」
「私も真也くんを愛してる!」
「ありがとう。今まで本当に楽しかった。幸せだった。またいつか会える日が来ると信じている。その時はまた二人でいろんな場所に行こう。もっとたくさんの思い出を作ろう。木綿となら、どこに行っても楽しいはずさ」
「そうだね……そうだよね。真也くんと一緒ならどこにでも行ける気がする」
「はははっ、嬉しいこといってくれるじゃないか。それじゃあそろそろ時間だ。最期に木綿の笑顔が見れてよかった。ありがとう」