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1.はじまり
「あの洞窟の先には行ってはいけない。あそこには、人を食う存在がいる。だから、行ってしまったら二度と戻れないよ。」
何度聞かされたことだろう。だけど……響は好奇心を隠せなかった。あの先には、何があるのだろう?
よく分からないことが、響の好奇心を刺激した。
人を食う生き物がいる?
それだったら、なぜこっちには人がたくさんいるのにやってこないのか。もしかして、人を食う生き物などいるのだろうか?
響の好奇心は、そろそろ限界を迎えそうだった。
「よし、行ってみよう。」
響の頭の中には、迷路かな?という楽しい妄想が繰り広げられていた。
果たして、この洞窟の先には何があるのか?
そして、科学技術が台頭している時代において今もなお、それが伝えられているのはなぜか?
幸い、サバイバルセットなどは、あちこちに売られている。
響は今、9歳。小学3年生。だが、未知の場所へと進む覚悟は、それはお遊び程度みたいなものだったかもしれないが、あった。
『少し、出かけます。帰らなくても気にしないでください。』
そう手紙を置いて、探検に赴いた。
ただ、この手紙は、親の不安を引き立てるものであった。その点、この置き手紙は失敗だったといえるだろう。
しかし、これでも多少の捜索の手掛かりになるのだから、その点では間違っていない。
ただ、響が目指すべきだったのは、その両方を兼ねそなえた手紙であるべきだった。
無論、小学3年生にそのことを求めるのは間違っているとは言えるだろう。
コツン、コツン。
響が歩く足音が周りに響いていく。
道は、幾重にも分かれていた。その中で響はずっと右の道を選んだ。
理由は簡単だ。面倒くさかったから。
しかし、これはあながち間違っていない……。
響は、歩いた。歩き続けた。洞窟は、思ったよりも広かった。
こっそり取ってきた弁当はとっくに食べ終えている。
(こんなに広いなんて……。大丈夫かな?今日中には帰る予定だったのだけど……)
響があの置き手紙をした理由、それは、みんなを驚かすためであった。
これで、今小学3年生だ。恐ろしい子である。
何が言いたいのかというと、響は本当に帰れないとは考えていなかった。しかし、今はどうなのだろう?2,3時間歩いているというのに、まだずっと右側の道を歩き続けている。
(おかしくない?なんでまだ行き止まりにつかないの?この山、そんなに広かったっけ?)
そう考える響の脳裏には、このまま行き止まりにたどり着かないまま飢えて、死んでしまうのではないか?そういう不安が生まれていた。
(いや、そんなわけがない。だいたいそれだったら人を食う生き物はいなかったということだ。何も心配はいらないはずだ。)
いつの間にか、この先に何があるのか、ということから、この先に何もないことを証明する、そういうふうに目的が変わっていた。それほど恐ろしかったのだろう。
「心配いらない」
「心配いらない」
響はそう口に出して心を落ち着かせる。
(そうだよな、何も心配することはないじゃないか、あと1時間くらい歩いても止まらなかったら、戻ろう。)
だんだん落ち着いてきた。
「すーはー、すーはー」
ついでに深呼吸もしてみた。
(よし、大丈夫。まだまだいける。)
もう二時間も歩いているというのに、元気な響であった。
(おや?)
響は顔をあげた。
さっきまでの湿った空気が突然感じられなくなったからだ。
(行き止まり?いや、出口?)
響の気持ちはたった一つに向いていた。
(なんでもいいから、早くトイレに行きたい。)