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何者にもなれない僕たちの、夜明け
ハル:主人公。周りは成長していくのに、妄想しかできない自分が嫌い。
七海:主人公の幼馴染。ハルの理解者。
「王様になって、光り輝く指輪をつけてみたい」
そんな子供じみた妄想を、二十二歳になった今でも、僕はまだベッドの中で続けている。
時計の針は午前二時を回っていた。スマートフォンの画面が、暗い部屋の中で僕の顔を白く照らし出している。
画面に映るのは、SNSで見かける「何者か」になった同級生たちの姿だ。
起業した奴、結婚した奴、夢を叶えて海外へ飛び立った奴。
それに比べて、僕はどうだ。
明日もまた、代わりのいくらでもいる事務作業のアルバイトに行くだけ。
「……何やってるんだろうな、僕は」
口をついて出た言葉は、重たい泥のように部屋の隅へ沈んでいった。
兵隊になって何かを本気で守る強さもない。
スーパーヒーローになって悪に挑む勇気もない。
ただ、ここではないどこかで、特別で、強くて、みんなの視線を集める天才になった自分を妄想しているだけ。
そんな、中身が空っぽな僕。
世界で一番、僕だけには断じてなりたくない。
胸をかきむしりたくなるような自己嫌悪に耐えかねて、僕はベッドから起き上がった。
夜風に当たりたくて、薄手のパーカーを羽織り、這い出るようにしてアパートの屋上へと向かった。
ガチャリ、と重い鉄の扉を開けると、先客がいた。
「あ、ハルくん。やっぱり起きてた」
隣の部屋に住む、幼馴染の「|七海《ななみ》」だった。
彼女は手すりに寄りかかり、夜の街を見下ろしながら、缶ココアを両手で包み込んでいる。
「……うん。ちょっと眠れなくて」
「そっか。私も同じ」
七海は優しく笑った。
彼女はいつもそうだ。
僕がどんなに情けない顔をしていても、いつも変わらない温度でそこにいてくれる。
僕は彼女の隣に並び、遠くでまたたく街灯を眺めた。
沈黙が心地悪くて、僕はつい、胸の奥に溜まっていた泥を吐き出してしまった。
「ねえ、七海。僕さ、たまに本当に自分が嫌になるんだ」
「どうして?」
「だって、何もないから。神様みたいにみんなに見つめられたいとか、天才になって歴史に記憶されたいとか、そんな恥まかしい妄想ばっかりしてる。でも現実にいるのは、何一つ行動できない、意気地なしの僕だ」
僕は自嘲気味に笑った。
「悪に挑むヒーローにもなれない。いっそ、嫌な奴を全部消してやりたい暗殺者とか、世界をぶち壊すスーパーヴィランにでもなれたら楽なのに、それすら妄想止まり。こんな、頭の中だけでしか生きられない空っぽな僕にだけは、僕自身、絶対に強くなりたくないんだよ」
一気にまくし立てると、夜の静寂が戻ってきた。
言ってから後悔した。
こんな重い話、彼女を困らせるだけなのに。
だが、七海は困った顔をしなかった。
ただ、持っていた缶ココアをそっと足元に置くと、僕の方をまっすぐに向いた。
その瞳には、夜空の星が綺麗に映り込んでいた。
「なんて君が言うんだね」
七海は、歌うような静かな声で言った。
「私が本当に愛していたいのは、神様なんかじゃないよ。ハルくん」
「え……?」
「歴史に残る天才でも、世界を救うスーパーヒーローでもない。そんな遠い雲の上の存在、私には関係ないもん」
彼女は一歩、僕に近づいた。
夜風が彼女の髪を揺らす。
「そっか、ハルくんは自分のことがそんなに嫌いなんだね。でもね、あなたは何を言われても、あなただよ」
七海の言葉が、僕の硬く冷え切った心に、じんわりと染み込んでいくのが分かった。
「周りの人があなたをどう評価しても。ハルくん自身が、自分のことを『空っぽだ』って卑下しても。私にとっては、今ここで一緒に悩んで、傷ついて、それでも一生懸命生きているハルくんが、ハルくんなの。他の誰にも代わりはできない」
七海はそっと、僕のパーカーの袖を掴んだ。
その手は少しだけ震えていた。
「だから……そのままでいて」
そう言って、七海は泣きそうなのを堪えるように、優しく、本当に愛おしそうに笑った。
「……っ」
視界が、急激に滲んだ。涙がボロボロと頬を伝って落ちていく。
僕はスーパーヒーローにはなれない。
王様にも、天才にもなれない。
けれど、世界中でただ一人、七海だけは、この情けない僕のままでいいと言ってくれた。
妄想ばかりの僕を、「あなただ」と認めてくれた。
「ありがとう、七海……」
声を詰まらせながら呟くと、彼女は嬉そうに頷いた。
東の空が、ほんの少しだけ紫色に白み始めていた。
夜明けの光が、僕たちを静かに照らす。
僕はまだ、何者でもない。
自分を嫌いになる夜は、これからもきっと何度も来る。
だけど、このままでいいと言ってくれる人がいる限り、僕は僕のままで、今日という泥臭い現実を、もう一度歩き出せるような気がした。
完
いえす。ないすぅ。