公開中
The Comedy of X 5
大使館を出てから数分後。
跳ねるように前を行く乱歩さんに、私は尋ねた。
「乱歩さん」
「なあに、与謝野さん」
「香子の事件がどう関係してるんだい」
先ほどから不思議に思っていたことだ。
香子の事件は、私利私欲に塗れた権力者の犠牲というだけでは無かったのだろうか。
妾がそう尋ねると、乱歩さんはうーんと唸った。
「別に確証があるわけじゃないけど、元々昼を生きる人が夜の世情を知るのは容易いことじゃアない。だから、何らかの手引きをした人物、もしくは組織があると思ってたんだ」
言われてみれば、確かに容易いことではなかった。
一般の人生の道というものは、大抵は昼から始まり昼に終わる。
それが夜に浸かるなんて時は、余程のことに巻き込まれるか、身を堕とすような大事に遭ったかだ。
其の理由は、異能力然り性格然り──あの元依頼人の一団は、欲望が理由だったということだろう。
妾がそう納得していると乱歩さんは、今まで尻尾が掴まれなかったのも不思議だしね、と付け加えた。彼らしい洞察力と思考力に、成程、と頷く。
「でもこれから如何するんだい? 証拠探しって云っても、妾らには事前調査も何も──」
「其処は人に頼る!」
「人? 人ってェ──あ」
居る。夜の世情を、妾たちよりも知っている人達が。だが──
妾は乱歩さんの耳にしか聞こえないように小さな声で話しかける。
「けど乱歩さん。ポオや小栗はさておき、あの御二方は如何するんだい」
そう問い掛けると、乱歩さんは得意げな笑みを唇に浮かべて言った。
妙に生き生きとしている。
悪戯っ子の笑いだ。
「協力するって言ったのは彼方だよ? 巻き込むに決まってるじゃん!」
否、彼方からすると、協力してもらうの間違いだと思う──
其のツッコミは、苦笑いとして空気中に消えた。
けれど其の数秒後、妾は苦笑いも消して乱歩さんを見つめた。
もう一つ、本当なら聞きたいことがある。
こんなに乱歩さんにやる気を出させたのは、若しやすると妾の──昔の妾の所為ではないかということ。
自惚れかもしれない。けれど、この状況から考えてそれ位しか妾には思い付かないのだ。
けれども、訊くのは怖い。
自分の罪を再確認することが、ではない。
乱歩さんにとって、妾が“護るべき弱者”になっていることが解るのが怖いのだ。
賢くない妾は賢い名探偵にとって“護るべき人”であることは確かなのだ。
だが、其の理由が“弱いから”であったのなら。
其れは──
其の続きは、乱歩さんがマンホールを飛び越え乍ら言った言葉に掻き消えた。
「与謝野さんは強いよ」
「……」
「ただ、僕が、嫌なだけっ」
全く、如何して此の名探偵は優しいのだろう。
微風が遊んだ髪が一房、俯いた頬を鼓舞するように叩いた。
此方を一切見ずに、童のように歩道を歩む彼を見ながら、妾はふっと吹き出した。
「乱歩さんには敵わないねェ」
「ふふん。当たり前だろ?」
だって名探偵だもの。
其の言葉に妾は目を細めながら、如何やって“あの人達”に連絡を取ろうか考えていた。
---
まあ、取り敢えずよく知る人物に取り次いで貰おうか、と携帯電話で着信を鳴らす。
数コールの後に、はあい、と間延びした返事が耳に届いた。
「お前さんにしては電話に出るのが早いじゃアないか。入水でもしてるかと思ったンだがねェ」
『仕方ないじゃないですか。蟹を質に取られたんですよ?』
蟹質なんて卑怯だ、と機械越しにも拗ねていることを如実に伝える声の持ち主は某自殺嗜好、太宰だった。好物を質にとって万年サボり魔の尻を引っ叩いたのは、赭い髪を持つ重力遣いのパートナーなのだろうから、全く救いようがない。
『で、与謝野女医、どうされました? 一応ちゃんと調査はこなしてますけど』
「いや、香子の事件なンだが、あれから独自に調べていることはないかい?」
『夢浮橋事件のことですか? でしたら……あぁ、成程』
太宰は一人納得したような声を漏らし、数秒の逡巡を行うと、それなら、と口を開いた。
流石は探偵社で乱歩さんに次ぐ──ものによってはそれ以上の──頭脳を持つ者だ。
簡単な状況から此方の求めていることも読み取ってしまうその回転の速さは素直に素晴らしいと思う。
その頭脳にに免じて、調査状況に対して“一応”という副詞を付けたことは不問にしておいてやろう。こちらの我儘で手伝ってもらっている状況なのだ。国木田辺りに言いつけるのは流石に不憫だろう。
『ある程度の調査結果は私の引き出しの黒いUSBメモリに入ってます。詳しいところは私が彼らに聞いておきましょうか』
「あァ、有難う。助かるよ……だそうだけど? 乱歩さん」
「ん、代わる。やァ太宰、素敵帽子くんたちによろしくねー」
『あー、はい、伝えておきます』
乱歩さんに筒抜けであることに対する、情けない苦笑いを残してプツッと電話が切れる。
暗い画面を映し出した携帯をしまいながら、乱歩さんに口を開いた。
「けど、乱歩さんにしては珍しいンじゃないかい? ポートマフィアを頼る、ッてのは」
裏をよく知る人物、つまりは夜の支配者ポートマフィア。元は其処に属していた太宰の勘は勿論、現構成員の者たちにしか解らないものもあろう。
けれども常ならば、停戦協定があるとは云え、頼った際に求められる見返りが利益を上回る、などと損得勘定を重視しそうなものだが。そう問うと、乱歩さんは、解ってないなァと首を振った。
「こういうこと、前にもあったでしょ? もっと大きな出来事だたけれど」
じいっと見つめてくる細目を暫し眺め返して、はっと思い至った。
「対組合や共喰いか……あぁ、夢浮橋事件もだね」
「ふふん、其の通り!」
どれも、裏表関わらずヨコハマ全体を巻き込む事件だ。とすると、今回もそういうものに繋がるのだろうか。
「今回は表よりも裏に重きがあるけどね」
名探偵曰く、そうらしい。薄暮に身を置く探偵社としては、普段は踏み込まない部分に近しくはあるが、先程“動く理由は特務課からの依頼である”という体を得たため、遠慮なく踏み込めるということだろう。不本意ながら探偵社の一員である妾も巻き込まれているようだし。
「まァ、排したいのは何方も同じだから。彼方さんからすると、マフィアの制裁を課した方が見せしめになって良いんだろうけど、兎に角いなくなってさえくれれば良いんだし、特務課なら其処ら辺も加味してくれる筈だよ」
探偵社的には看過したくないことだけど、取引次第では数人だけ態とマフィアに残しておく、っていうのも“アリ”だ。
乱歩さんはそう付け加えると、何処から出したのか小さな猪口令糖を口の中に放り込んだ。口の頬を不自然に膨らませながら、此方に差し出してくる一粒を有り難く貰う。アルファベットが刻まれた其れは、豊かな甘味を口の中に広げた。
一方その頃。
「一体彼奴らは何を話しているんだ?」
「今後の段取りだと思われ……痛いッ! カール、止めるのである!」
「協力してもらうはずなんですが、此方が協力している、という雰囲気ですね……」
(嗚呼。早く帰りたい)
三者三様の反応の中で、一人ため息を溢す人物が、居たとか、居なかったとか。
すっごく短いけれど、キリがいいので。御免なさい。
読んでくれたあなたに心からのありがとうを!