公開中
⒈ハジマリ
この世界には、ノイズが存在する。
ノイズは人や生き物に感染し、感染したものを活性死者のような状態にする。活性死者、と言っても、人や生き物を襲うが原型は保たれないノイズやバグのような存在。ノイズは、2か月に一度、満月の日に月光を浴びた者に感染する。感染した者はノイズになり、何関係なく生き物を襲い始める。
まあ、私たちの町のみんなは対策をちゃんとやってるから、まだ身近なモノとは言えない。
ニュースでもノイズについて放送してるけど、この目でノイズを見たことがないせいで、本当に存在するのかも疑問に思う。
『速報です。現在__市__町でノイズが発見されました。現在犠牲者は十七名となっており、直ちに避難を呼びかけています。…あっ丁度今、ノイズ討伐部隊の出動命令が出されました。第零部隊が__町に向かっています。』
外はすっかり日は落ちている。
夕陽が窓から流れ込み、ショーケースに並ぶ多種多様なケーキたちが茜色に色付く。
お客さんの来店もお昼に比べると段々減っていき、いつも暇な時間を使っていち早く一流のパティシエールになるために、中学の頃から練習をしている。
今は、お隣に住む幼馴染の|慶賀《けいか》に味見をしてもらってる。
「どう⁈」
フォークでモンブランのパイ生地を掴み、口に頬張った後、慶賀は言った。
「フンッ及第点だな。」
「えー慶の好きなモンブランでも⁈」
「もっと俺が満足できるモンブラン作りやがれ。」
そうは言うけど、美味しそうにモンブランを頬張る慶賀は素直じゃない。
慶賀の食べる顔をこそっとスマホで写真を撮っていると、後ろからお母さんが来ているのに気が付かなかった。
「わっお母さん!」
パティシエの服から普段着に変わっていた。
「今日はもうお店閉めちゃったから、慶賀君もいつもありがとね。」
「だから慶賀呼びはやめろっていつも言ってんだろがァ。」
お母さんと私はいつものように笑いあう。
「慶今日はもう帰る?」
「あーそうする。」
慶賀が立ち上がると、「ごちそー様」と言って机に500円を置いた。
「受け取れないよ!私の我儘付き合ってくれてるだけだし。」
「それじゃあ俺が許さねぇ。」
「|小絵《さえ》送ってあげたら?」
「隣だから要らねーよ。」
「良いの良いの。じゃあ送って来るねー!」
慶賀の背中を押しながら店の外に出る私を、お母さんは笑顔で手を振りながらショーケースのケーキを片付け始めた。
店を出ると、慶賀は不満げな顔をしながら私の手を離す。
「もうすぐそこだ。じゃあな。」
「えー家の前まで送らせてよ!」
「あんま変わんねーって!」
そう、ごちゃごちゃと他愛ない会話をしている時だった。
慶賀が急に口を閉じ、驚いた顔をしたと思ったら、私を庇うようにして慶賀ん家の報告に飛び込んだ。同時に、後ろから爆発音と建物が壊れるような音がした。私は恐る恐る振り返る。
「ハッ……」
家に巨大な何か、いや、ノイズが突進して入り込んでいて、入り口は原型が無い程ボロボロだ。
沢山の色が細かくありすぎて、灰色のように見える。ヒト型ではあるけど、腕が異様に太く、足が細い。目が3つあって、そのうちの2つがこっちを向いた。
「コ…コンバ、ンハ?コン、ニ…二チハ?」
「ヒッ」
体が震えて上手く声が出ない。
すると慶賀が立ち上がり、私の手をとって慶賀ん家にあったバイクに乗った。
「け、慶…お、お…お母さんが…」
慶賀は黙って私にヘルメットを被らせ、私を後ろに跨がせてバイクを走らせる。
恐怖と、不安と、お母さんが無事なのかという思いで、声の代わりに涙が出てくる。
「……おめーの母ちゃんの事も心配だけど、まず自分の安全の方が優先だ。」
そのまま慶賀はバイクを走らせ、町を周った。
私たちは気づいていなかったけど、町はいつの間にかノイズが占領していた。
走り逃げる人々には、周りのノイズに触れられ感染していく人や、諦めたのか嘆く人もいる。
「クソッどこにも逃げ場がねーな…」
真っ直ぐバイクを走らせていると、後ろからドスドスと重い何かが歩いていくる音がした。
慶賀がちらりと振り返ると、マズイと小声で言い、バイクのスピードを上げた。
「さっきの奴だ…ついて来てたのかよ…」
ノイズは普通に走ってはいず、足はほぼ使わずに太い腕で走っていた。
バイクのスピードは上がったものの、ノイズの足が想った以上に速く、バイクに突進し、乗っていた慶賀と私は吹き飛ばされた。
バンッ
建物の壁にぶつかる。
背中が今まで感じたことないぐらい痛い…。
幸い、ノイズには触れていなかったようで、私も、ぼやけてはいるが視界に映る慶賀も感染はしていない。
耳鳴りがする中で、私はふらりと立ち上がる。
何とかして、逃げないと…。
ノイズが近づいてきながら慶賀の方へ向かう。
「慶ッ…!」
「…サエ⁈」
目を覚ました慶賀は私の肩を組んで近くの川に飛び込んだ。
足は底付くけど、流れは速い川の橋の裏に隠れる。
流されないよう必死に川の淵を掴む。
「よく感染してなかったな…。」
「運が良かったんだよきっと…」
息を潜めていると、またドスドスとノイズの歩く音がした。
必死に息を潜めるが探知能力が高いようで、橋の横からギョロリと目玉を動かしながら覗いてきた。
「コンバァンハァ」
不気味な電子音のような声で途切れ途切れに話している。
ノイズの太い腕が私たちに近づいてくる。
もうダメなんだ。
そう悟り、目を閉じる。
でも、いつまで経ってもノイズには触れなかった。
肩をトントンと叩かれ、目を開いた。
目の前には、あのノイズらしきモノが、塵というかバグがバラバラになっていくように消えていっていた。
「どういうこと…」
急な消滅に驚いていると、さっきノイズが居たところから声がした。
「ノイズγ討伐完了しました。怪しげに橋の下を覗いていたので確認します。」
人の声だ。多分誰かと通信してる。
「あ、子供だ。」
そう聞こえ、橋の横を見る。
仮面を被った瑠璃色のマッシュの多分男の人が覗いていた。
仮面の人は橋の下に降りてきて、軽々と私たちを背負って橋の上に上った。上ったというより、一回のジャンプで橋の上に上がったんだけど。
仮面の人は両腰に二本の薄黄色く光る刀を差す。耳に付いた機械のような何かを押しながら話し始めた。
「子供を発見しました。多分高校生ぐらい。男女2人で共に感染してはいないみたいです。」
それから、「はい、はい」と何回も通信の会話を肯定していると、私たちに近づいてきた。
「君たち、あのバイクで逃げてきたの?」
横に倒れボロボロになった私たちが乗ってきたバイクを指したので、頷く。
「家は?」
「…|サエの家《こいつんち》はさっきのノイズに破壊されて、中に居た母ちゃんはどうなったかわからねえ。俺ん家はどうなったかわからねえけど、俺の母ちゃんは出張行ってっから多分無事。」
「…わかった。じゃあ帰る場所はないってことだよね?」
「まあ。」
「じゃあ__」
仮面の人が何か言おうとしたとき、仮面の人の後ろからさっきのノイズよりは小さいけれど、大きく鎌を持ったノイズが3体近づいてきた。
「おっと…取り込み中なんだけど、邪魔しないでくれる?」
私たちが気付いたときには、仮面の人は既にその場から離れていて、素早い動きでノイズに近づく。
二刀流の刀を腰から取り出す。
「出力40%、|雷交錯《フォルクロス》__」
まるで獲物を狙う獣のようにノイズ達の荒くなっていた体の部分を連続的に切っていった。
本当に一瞬だった。
消えていくノイズを見ることはなく、そのまま私たちのところに戻ってきた。
「速え…」
上手く言葉にできない仮面の人の動きを慶賀はただ「速い」としか言いようがない。それは私も同じだ。
「ごめんね、途中で止めちゃって。僕はノイズ討伐第零部隊副隊長、翠凛って言うんだ。」
「あ…私は宮鷹小絵です。こっちは桐生慶賀。」
「宮鷹さんと桐生君ね。」
「…おい、」
慶賀が急に口を開いた。
「どうしたの?」
「俺を討伐部隊に入れろ。」
「へっ慶何言って_」
「今の俺じゃ、サエや自分すら守れねぇ。俺は……誰かに守ってもらうより自分で守った方が性に合ってるんだ。」
「慶…」
「討伐部隊に入るための試験を受けなきゃだけど…大丈夫そう?」
「ああ、なんだってやってやるよ。」
「宮鷹さんは?」
「えっ私ですか……」
人を助ける仕事はしたい。でも、いつもケーキばかり作ってた私に何ができるのか…。体力もないし、すごく運動できるわけじゃない。慶賀みたいに、すぐに頭が回るかわからない。それでも…
「やりたい。」
「本当に良いの?」
「はい。私、根性だけはありますので。」