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戦士少女
ハイリスクレッド
闘強少女道璃夢 6
Proxy Combat
☆
Valenia orange colorの夕陽に向かって駆ける一台の車。
Valenia orange colorの夕陽がその車のボディを煌めかせている。
キラキラと煌めく湘南の海を左側に眺めながら海岸通りを駆ける一台の車。
夕陽でシルエットになっている江の島を左斜めに見ながら緩やかに右へと道は流れて行く。
ステアリングを握る彼女の長い黒髪が後ろへと流れている。
Moon Rock MetallicのHONDA S2000 のカウルは取り外され今は open car 仕様である。
ちなみに、open car とは、和製英語である。
※
アメリカではコンバーチブル(Convertible )
イギリスではロードスター(Roadster )もしくはドロップヘッドクーペ(Drophead Coupe )
フランスやドイツではカブリオレ(Cabriolet / Kabriolett )やカブリオ (Cabrio) と呼ばれる。
※
神奈川県藤沢市内のインテリジェンスビルの地下へと滑りこむ moon rock metallic の S2000。
S2000のドアが開く。
無駄な脂肪のないスラリとした脚が現れ黒いハイヒールが地下駐車場のコンクリートの地面に降ろされる。
黒いハイヒールはカツカツと音を響かせながらビルの内へと歩みを進める。
銀色に輝くエレベーターの扉の前に立つと扉が開かれる。
美しい指がビルの階数を示すパネルに触れる。
44の数字に赤い灯りが点灯しエレベーターが上昇を始める。
44の数字の赤い灯りが消え、扉が開かれ再び歩み始めたが、黒いハイヒールの足音はワインレッドの絨毯に消されている。
長い黒髪で、黒いハイヒールの彼女は歩みを止めドアの前に立ち、美しい指がドアのノブを握り、少しだけ捻りを加えて前方へ押した。
☆
ドアの向こう側には4メートルほどの通路が有り、その先に44階を全て使用したワンフロアがある。
通路から望む正面は外界を見渡せる硝子張りのウインドになっている。
この硝子はミラーガラス仕様なので外からは内部を覗くことはできない、さらに、防弾ガラスである。
当然、100パーセントUVカットでもある。
そのウインドを背にする位置に大きめのデスクが有り、背もたれの高い椅子がある。
その椅子には小柄な老紳士が背を預け細身の葉巻を燻らせている。
長い黒髪の女性は、そのデスクより五メートルほど手前で黒いハイヒールの踵をキッチと合せ、背筋を真っ直ぐに伸ばし、両手を体側に合せ、声を発した。
「遅くなり申し訳ありません、冴刀(ごとう) 哀梨(あいり)、ただいま参上いたしました」
同時に上半身を45度前に傾けた。
「うん、ご苦労さんだね、まぁ、楽にして」
老紳士の言葉に、冴刀 哀梨は上半身を起こし、左足を左横へ半歩開き、両手を身体の後ろで組んだ。
「いよいよ初陣だね、代理戦の」
老紳士は、そう言いながら椅子から腰を上げデスクの前方へ歩み出てきた。
「はい」
「やれるかい?」
「はい」
「そうか、なら安心して任せよう」
「ありがとうございます」
「三日後の土曜日の深夜24時に、鎌倉の廃業となったクラブだ」
「承知しました」
「他に聞きたい事はあるかな?」
「いえ」
「よろしい」
「失礼します」
冴刀 哀梨は再び上半身を45度前に傾け、元の姿勢に戻ると、右足を後ろへ引き、回れ右をして、4メートルほどの通路を通りドアのノブを少しだけ捻り手前に引き再びワインレッドの絨毯の上に立った。
☆
代理戦とは 金銭や物、利権などを争う者や企業の代理戦士となり相手側の代理戦士と身ひとつで戦うのである。
そして闇のVIP会員と呼ばれる人々が観客として観戦し対戦は賭けの対象となる。
勝てば代理戦を依頼した依頼元より報奨金が払われ、賭けの賞金も手に入る。
その額は時に、数億円にもなる事もある。
もちろん負ければ報償金や賞金を手にするどころか最悪の場合は代理戦士自身の命の保証もない。
対戦ルールは、銃器および刃物は使用できない。
但し、身に付けている物は使用可能である。
例えば、ハイヒールを履いていれば、そのハイヒールの踵で相手の目玉でも金玉でも踏み潰す事も許される。
只、ハイヒールを故意に脱ぎ、手に持ち武器化することはできない。
戦闘開始は代理戦を請け負う者同士、戦士同士が向き合えば任意開戦である。
決着は完全KOのみである。
哀梨は、仄かに艶のある黒いタクティカルブーツ、黒い乱闘服のズボン、身体にピッタリとフィットした黒い長袖のラッシュガードで上半身を包み、両手には黒いプロテクトグローブを嵌めた出で立ちで代理戦場に立っている。
前髪は眉の下のラインで切りそろえV字を示している。
長い黒髪は頭の後へ編み込まれひとつに纏め背中に垂れている、それはまるでドラゴンの尾に見える。
☆
冴刀 哀梨は警察官であった、女性武装機動隊員を辞職してから十四ヶ月が過ぎ、代理戦の場に立っている。
合気道参段、空手道参段である。
合気道は警察官になり必須武道として習得したものである。
空手道は、中学生の頃から続けている武道で、高校時代には全国大会で優勝し、大学生の時には、日本代表として国際大会にも出場した経験もある。
この国際大会出場で経験した、得たいの知れぬヒリヒリとした緊張感に魅せられた。
哀梨は、さらなるヒリヒリ、緊張感を求めるようにいつしかなっていった。
出来る事なら命を賭けたギリギリのヒリヒリを、緊張感を体験したいと思い、警察官になったのである。
しかしながら警察官になり、女性武装機動隊員になり四年の歳月が過ぎても命を賭けるようなヒリヒリとした緊張感に出会うこと無かった。
もともと使命感や正義感など無かった哀梨にとっては警察官でいる意味も無い歳月でしかなかった。
警察官を辞職してからも生まれ育った土地柄からきたものか『いざ鎌倉…』の言葉が心の中に常にあり鍛錬を怠ることは無かった。
早朝からランニングをし、人気の無い早朝の公園の器具やベンチを利用し基礎鍛錬を行ない。
立木の中を巧みなステップワークで駆け回り、立木に向かい、突き、蹴り等の体術を練り続けていた。
そんな日々が20日ほど過ぎたある朝、立木に向かっている哀梨に声を掛けて来た老紳士がいた。
その老紳士は、源元 頼友(みなもと よりとも)と名乗り、企業コンサルタント会社を経営していると自己紹介してきた。
哀梨にとって何の興味も沸かない内容だった。
しかし、老紳士、源元 頼友のもう一つの自己紹介に引き寄せられた。
それは、アンダーグラウンド・ヴァーリトゥード・パーティのフィクサーという内容である。
アンダーグラウンド・ヴァーリトゥード・パーティとは、闇の格闘技界と言われ、派手な演出もパフォーマンスも無くただ力だけを誇示し合い、試合では無く死合と言われ、闇のVIP会員の観客が集まり現金を賭け模様される闇のイベントである。
老紳士、源元 頼友は、哀梨にアンダーグラウンド・ヴァーリトゥード・パーティの戦士にならないかと誘ってきた。
ヒリヒリの緊張感に飢えていた哀梨は、危険な香りの漂うその誘いを待っていた様に即答で戦士になる事を承諾した。
アンダーグラウンド・ヴァーリトゥード・パーティの死合は、偶数月に男性の部が、奇数月に女性部が行なわれ、哀梨は6戦全勝で1年間を過ごしていた。
☆
廃業したクラブが久しぶりに熱気に包まれている。
死合場となるフロアに直径八メートルの八角形のスペースが金網で囲まれている。
そのスペースにだけが照明で明るく浮き上がっている。
周辺の薄暗い中には闇のVIP会員達が非情な興奮の熱気を漂わせ死合開始を待ちわびている。
直径八メートルの八角形の中で立ち尽くしている哀梨に観客達の視線が集まる。
代理戦の対戦相手は当日まで証されない、それは、仕込み(八百長)を防ぐためである。
哀梨と対峙する金網が、ギィィと耳障りな音を立て開かれる。
のそりと黒く大きな影が現れる。
照明に照らされ姿が浮かぶ。
太い腹回りに太い腕、太い脚が付いている。
首は無い、肩から肉が盛り頭が付いている。
頬は鼻よりも高く肉で盛り上がり、太い眉の下に一筋の筋を引いた様な斜めに吊り上がった目が付いている。
後ろへと撫で付けたザンバラ髪から鬢付け油の香りが臭ってくる。
背丈は、188センチの哀梨よりも20センチほど高い。
体重は、53キロの哀梨の二倍以上の100キロを超えていそうだ。
下半身は、はち切れそうな濃紺のスパッツ、上半身は濃紺のTシャツで、腰には真っ赤な廻しを絞めている。
女子相撲元横綱の盛山 悦江(もりやま えつえ)である。
女子相撲史上最強と言われながらも気性の荒さ、粗暴な振るまいが問題視され表舞台から姿を消していたのである。
代理戦士の両者が向き合い、闇のVIP会員達はさらに非情な興奮を高める。
女子相撲元横綱、盛山 悦江が徐ろに左足に体重を掛け右脚を、スィッと体側に高々と上げ、フロアを踏みつけ四股を踏んだ。
ズズッン、と悦江の四股踏みでフロアに地響きがし、金網がギシギシと揺さぶられる。
同時に、哀梨の身体が動いた。
右足、左足と大きく踏み出し左足を軸に右足刀を、悦江の水月に向けて蹴り込んだ。
グガシッ、と激突音が響く。
悦江は腰を落とした四股立ちの態勢のまま右腕と左腕を身体の前に縦に揃え哀梨の足刀を受け止めた。
受け止められた衝撃の反動で、哀梨の身体が立っていた元の位置まで弾き返され尻餅をついた。
まさかの思いに哀梨は頭を軽く左右に振りながら右膝立ちになる。
瞬間、視界が影に覆われ、上半身に衝撃を受ける。
悦江が四股立ちから摺足で突進し、右肩口のぶちかましを行なったのだ。
哀梨の身体はさらに後方へ弾き飛ばされ、金網へ背中から激突する。
強かに背中を打ち付けられた哀梨は瞬間的に呼吸困難に陥り、酸素を求めて口を開けパクパクと、まるで池の鯉のように動かす。
再び悦江が突進しくる。
太い右腕が、哀梨の顔面めがけて真っ直ぐに突き出される。
反射的に顔を右に振り、突っ張りを躱すと、哀梨は、そのままの勢いで右側へ転がる。
ギャシャン、目標を失った悦江の突っ張りが金網にぶつかる。
哀梨はさらに右へと転がり、悦江との間合いを外し立ち上がる。
空かさず足幅を肩幅に取り、鼻からスッと素早く息を吸い込み、両腕を顔の前で交差させる。
両足の虎子を支点にし踵を僅かに外へ開き、交差した両腕を外へ開き、喉の奥から息を吐く。
カッツー、カッ、息吹きを行ない、呼吸を整え、全身の筋肉を締め直す。
正拳を固めた両腕を開き、三戦立ちの哀梨は悦江に視殺線を向ける。
哀梨に向き直った悦江は、ゴリャー、と雄叫びをあげ、両腕を振り上げ突進する。
はがいじめに、しようと悦江が両腕を振りおろす。
刹那、哀梨の姿が悦江の視界から消える。
哀梨はその場に尻餅をつく様に身体を沈め、両足を前方へ突き出した。
哀梨の足の裏、タクティカルブーツの裏が悦江の足首目がけて伸びてゆく。
哀梨の右足の裏が悦江の左足首に、哀梨の左足の裏が悦江の右足首にヒットする。
両足首を同時に後へと蹴り払われた悦江の巨体が一時宙に浮く。
意表をつかれ両腕、両足を大の字に広げた悦江の巨体がフロアへ向け落下してくる。
哀梨は素早く右へ転がり、右膝をフロアにつき、左膝を立てた姿勢に構える。
ドシャン、鈍い音がして悦江の巨体がフロアに這いつくばる。
数秒の静寂の後、悦江は両手をフロアに打ちつけ、グイッと腕を突っ張り上半身を持ち上げる。
顔だけを哀梨に向け、グニャリと表情を歪める。
悦江は右膝、左膝を引き寄せ四つん這いになる。
その姿はまるで森のクマの様だ。
少し昔に、地上最強と自称し、牛や熊と闘ったと云う空手家の伝説を思い出す。
右膝を支点に身体を捻り回転させ、低空の左の回し蹴りを、哀梨は繰り出した。
足首を固め、爪先を立てた哀梨の左の回し蹴りが、悦江の臀部の真ん中のアナを目がけて突き刺さる。
臀部の真ん中を通してある廻しと、タクティカルブーツの爪先が激突する。
グボッ、鈍い音に、悦江の裏返った悲鳴に近い声が被る、ヒャワッ。
哀梨も顔を顰めながら左足をブルブルと振る。
相撲の廻しの硬さは半端ではない。
素人の肌に摺りつけようものなら、ズルリ、ザラリと皮が剥けてしまう。
指を差し込もうとしても突き指するのが落ちなのである。
再びフロアに大の字に伏せた悦江は両手、両足をジタバタと振り回しもがき痛みを紛らわす。
痛みが紛らわされた悦江がドズン、ドズンと足音を立てて立ち上がった。
哀梨は、悦江との間合いを計りながら両腕の肘を脇に付け、プロテクトグローブをはめた左右の拳を顎の前へ構え、スタンディングファイティングポーズをとった。
悦江が大股でのっしのっしと哀梨に近づいてくる。
左腕を振り上げ、哀梨の顔面右側へ張り手を、ブゥンと振る。
哀梨はその張り手を膝を曲げダッキングで躱す。
すかさず膝を伸ばし伸び上がると右のロシアンフックを、悦江の左顔面に打ち込む。
ムメリッ、と音がする、が悦江はかまわず、右腕を振り上げる。
哀梨の顔面左側へ向けて張り手が振られる。
再びダッキングで躱し伸び上がり左のロシアンフックを打ち込む。
ムメリッ、と音がする。
プロテクトグローブの拳の部分は強化プラスティック製で出来ているはずだが悦江は平然とし、また右腕を振り上げ張り手を振る。
三度目のダッキングで躱そうとした時、悦江の右腕が途中で止まった。
ん、と気をとられた次の瞬間、哀梨の胸元に衝撃がきた。
哀梨の身体は、その衝撃に弾かれ後方へ飛ばされ金網に激突していた。
悦江は三度目の張り手をフェイントにし、瞬時に両手を揃え両手突きを行なったのだ。
哀梨は金網を背にしたまま膝を曲げ、首を項垂れ力無く息を吐いた。
その状態を目にした悦江が、哀梨に向かって猛然と駆け出した。
哀梨との間合いがあと三歩の所で悦江は両腕を、身体を広げ全身で体当たりする。
悦江の身体があと三歩に迫った所で、哀梨は咄嗟に膝と身体を真上と伸び上がり、さらに両腕を上へ伸ばしジャンプした。
ジャンプした位置で両手で金網をしっかりと掴んだ。
同時に右膝を曲げ前方へ突き出し、足の裏、タクティカルブーツの底を金網に噛ませる。
ガッグチャ、と音がする、哀梨の右膝が悦江の顔面の真ん中にめり込んでいる。
数秒の静止から、悦江の身体が後へ棒倒しの様に倒れフロアに全身を打ちつけた。
顔面の真ん中から鮮血が吹き上がり、顔面を赤く濡らしてゆく。
哀梨は金網から両手を放しフロアへ降り立ち、悦江に向かって警戒のファイティングポーズをとる。
1秒、2秒、3秒、、、6秒、、、、10秒。
悦江は、ピクリとも動かない。
『勝負あり、死合終了』 の声がクラブ内に響き渡る。
金網の一箇所が開かれ、担架が運び込まれる。
哀梨は警戒のファイティングポーズを解き、大きく息を吸い込み、大きく息を吐いた。
命を賭けた、ヒリヒリとした緊張感が開放される。
☆
数カ月後。
長い黒髪を後方へ靡かせながら、
黒いサングラス越しに、
ギラギラと夕陽に煌めく湘南の海を左手に眺めながら、夕陽にシルエットになった江の島を左は見送り、
オープンカー仕様の moon rock metallic の HONDA S 2000が駆けてゆく。
終。