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匿名ゲーム
光る画面を凝視する。多分、その表情に苦しみは浮かんでない。興奮と笑みが浮かんでいる。
私は、『アマノベル』というサイトで活動している。『三日月リオナ』というユーザーネームだ。本名は大倉美佐、だが。ユーザーネームの由来は何らなく、見つけた夜の月が三日月だったのと、その時に流し見ていたバラエティ番組で、リオナという主人公がいたのが由来だ。適当な割には、気に入っている。
『アマノベル』。匿名でファンレターを送ることができ、落ち着く場所だ。変に目立つこともなく、変に劣等感を抱くこともない。ただ好きに小説を投稿できる、素敵な場所だ。
そんな場所で、私はかつてないほど興奮していた。
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こんにちは、三日月リオナさん。貴方は選ばれました。
ミステリーがお好きだと聞いて。
11月3日の7時半に、東京駅にて会いましょう。最高の記憶を提供します。丸一日時間を開けておいてくださいね。
もしも参加したいのであれば、駅のタッチパネルの書き込み欄に『アンネーム』と入力してください。そうすると、公共交通機関が使い放題になります。
Have a nice day!
アンネーム
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1番下に添付されていたリンクは、アンネームのダイレクトメッセージリンクだった。ユーザーページは非公開で、小説も日記もなさそうだ。
勿論参加の意図を示した。
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はじめまして、アンネームさん。
勿論、私はミステリーが好きです。絶対に参加したいと思っています。楽しみにしております。
三日月リオナ
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私は東京から離れたところに住んでいる施設育ちだ。中学2年生が遠出するとき、親は心配するだろう。でも、私は心配する親がいない。公共交通機関が使い放題なら、少し歩いたところに島原駅がある。島原駅は寂れているが、確かタッチパネルはある。アンネーム、と入力することも可能なはずだ。
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11月3日、私は島原駅に来ていた。人は殆どおらず、冷たい風が頬を撫でる。タッチパネルの『書き込み欄』の文字をタップして、フリック入力で『アンネーム』と入力する。
アンネーム、はどこかの国の言葉で、匿名を意味する。こういう細かいネタも、物書きには伝わってくる。
入力すると、『スマホをかざしてください』のメッセージが表示された。スマホをかざすと、機械音が乾いた駅に響く。スマホの画面を見ると、黒いアプリがあった。『アンネームアプリ』という安直なアプリ名をタップすると、説明欄が現れる。『ICを使う場合、このアプリを表示したままかざすと、支払い済みになります。アンネームが払ったことになります』
『アンネーム』、割と親切なんだ。そう思いながら、私は試しに島原駅で使ってみた。改札が閉じることなく、さっと会計が終わる。『島原駅→東京駅 支払い完了』の画面が現れ、数秒してから消えて、もとの真っ黒な画面に戻った。
時間があるので駅のコンビニで買い物をした。持ってきた灰色のリュックサックは、『アマノベル』での活動用のタブレットと無線キーボード、財布、ゴミ袋が入っている。施設育ちなんて、こんなものだ。タブレットとキーボードは、まだ親がいた頃に買ってくれたものだ。親がいない理由は、単なる浮気だ。
無人のコンビニの品揃えは乏しく、取り敢えずサンドイッチの詰め合わせセットとおにぎりの鮭、ペットボトルのお茶を買っておく。駅弁なんて洒落たものはないので、添加物が含まれているこれらしかないのだ。
新幹線に乗り込み、『アマノベル』の小説を書く。日記機能で、非公開状態で今の状況も書いておく。
段々と人が増えていく。隣は空席だ。取り敢えず、買っておいたものとリュックサックをおいておく。サンドイッチはなかなかで、小ぶりのものが5個入りだった。たまごサンド、ハムサンドがあった。
終点の東京駅に着くと、雪崩のように私は押し出された。『アンネームアプリ』を開くと、『青髪のが私だよ』というメッセージが現れた。
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東京駅は人混みでごった返していた。すると、背が高い青髪のボブヘアが目に留まる。前髪は長い。地毛だと思われる青い髪をなびかせ、悠々と歩いている。
謝罪を繰り返しながら行くと、黒いパーカーを着ている女性がいた。高校生ぐらいだ。
「すみません、『アンネーム』さんですか?」
「ああ。アプリはある?」
「はい」
『アンネームアプリ』を見せると、微笑んで、「じゃあ行こう」と言った。
「何処へ?」
「このバスで」
返答になっていない。バス停にバスが来ていた。落ち着いた海色。それに乗り込むと、私はふっと眠っていた。
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「起きろ。時間だ」
夢と現の境界線を迷いながら目覚めると、『アンネーム』がいた。彼女は私が起きたのを確認すると、また別の人のところに行った。
ほこりっぽい匂いがする。湿った匂い。嫌な匂いが、鼻をつんとつく。
壁にもたれかかって寝ていたようだった。立ち上がって、よく見てみる。コンクリートで作られたような密室。鉄製のドア。そこに、4人の同級生と思わしき女子。『アンネーム』と私を含めると6人。
「うわ、あ…よく寝た」
最後に起こされたくせ毛の彼女は、目を呑気にこする。
「よし、よく来てくれた。自分の誘いに応えてくれて嬉しい。自分は『アンネーム』。荷物は君らが背負っているし、何も取っていない。スマホもタブレットも、何も見ていない。君らについては、『アマノベル』程度の知識しかない。本名は明かさず、ユーザーネームでいいから、各々自己紹介してくれ。じゃあ、自分の隣の君から」
『アンネーム』に指さされた三つ編みの彼女は、ビクッと身震いしてから弱々しく言った。
「私は…『|髙梨純麗《たかなしすみれ》』といいます。恋愛小説をよく書いている中学2年生です。よ、よろしくお願いします。そんなに両親には心配されませんでした。『アンネーム』さんの誘いに参加した理由は、いじめを受けていて不登校だからです。よ、よろしくお願いします」
「いじめ、か。物騒な世の中になったな。次は君」
時計回りなんだろう。指さされた彼女は、はつらつとした声で言った。
「あたしは『アスカ』。よくバトル系の小説を書く中2だ。参加理由は面白そうだったから。両親はしばらく帰ってきてない。よろしく」
「君の小説から、大体の性格は推測できたよ。次は君」
私が指さされる。
「私は『三日月リオナ』。よくミステリー小説を書いています。参加理由は、最高の記憶をもらいたかったからです。両親の浮気で、今は施設で育っています。ここで最高の記憶を手に入れたいし、別に死んでもいいかな、ぐらいです。寧ろ死ねるのは本望」
「君は結構論理的なんだろうな。では、君」
よくわからないコメントを返された。さっきのくせ毛が言う。
「私は『むえあ』。よく二次創作を書いてるよ。#よるそら とかの小説だよ。参加理由は、暇だったから。両親は事故でいなくて、おばあちゃんちにいるんだ。おばあちゃんちはお金があるけど無関心だったから、遠出してみよって思ったんだ。よろしくね」
「知らない二次創作だな。最後、君」
彼女の小説は、読んだことがない。というのも、私が全然、よるそら とやらを知らないからだ。
「あ、はーい。私は『さくらん』。よく学園ものの小説を書いてまーす。参加理由は特にないでーす。暇だったから、かな。両親は無関心で、いつも私を邪魔そうに見るから、遠出するからお金頂戴って言ったら喜んで渡してくれましたー」
「わかった、これで自己紹介を終わろう」
『さくらん』については何も言及しなかった。
「では、ゲームの説明をしよう」
そう言って、『アンネーム』は四角い長方形の白い紙と黒いサインペンを配った。白い紙には、真ん中に小さく、両面テープが貼られている。剥離紙がついたままだ。
「そこにユーザーネームを書いて、胸元に貼ってくれ」
「ちょっと待って。あたしらだけじゃなく、『アンネーム』の自己紹介もしてよ」
「それもそうだな」
私はさっと『三日月リオナ』と書き、剥離紙を剥がしてポケットに突っ込む。
「自分は『アンネーム』。適当に呼んでくれ。呼び捨てでも構わない。高校2年生だ。どこの高校かはさすがに個人情報だが、一応関西出身だ。女子、誕生日は6月13日。このゲームを何故実施したか等は、君らがクリアした時に言おうと思う。どうだ、満足か?サインペンは返してくれ」
やや上から目線な態度に苛つきながらも、私はサインペンを返す。彼女はサインペン4本をパーカーの中にしまい込んだ。
「さて、君らにやってほしいことは1つ。ここから脱出してくれ。だが、自分は協力しない。欲しいものがあれば、アプリから注文してくれ。そこのドアから、物資が提供される。トイレに行くときは言ってくれ。専用の個室へ案内する。だが、ドアから物資が提供された瞬間や、トイレに行くときなどに脱出するという卑怯な手は禁止だ。ものに対してならいいが、自分や他のメンバーに暴力などをふるうことは許されない。そのようなことが3回続いた場合、強制退場、失格となる。ただ、故意にやったとみなされない場合はカウントしない。その判定は自分がおこなう。制限は設けない。外では時間が進まないから、安心しろ。5億年までなら許すが、5億年経ったら強制終了、失格となる。失格の場合は、存在自体が抹消される」
ざっと言われた説明を理解する。5億年までなら許す、は5億年ボタンを連想させる。
「ただ、それだと君らは脱出する術がないだろう。ヒント程度に、遠回りな謎を出しておく」
『アンネーム』が壁を押すと、黒いモニターテレビが現れた。そこに表示された謎は、
【🍮→②○○ 🍎→①○③○○ ①②③を使え】
という、実に簡単なものだった。
まあ、少しは付き合ってやるか。
そう思いながら、「まあ、私はわかりました」ともったいぶってみる。案の定、みんなは考え込んでいた。そんな絵面を楽しむように、嗜むように、『アンネーム』は微かに笑う。
「あ、わかったかも。意外と簡単ですね」
声を上げたのは『髙梨純麗』だった。黒いミディアムヘア。青いデニム生地の、膝より少し下まであるジャンパースカートと、白いブラウス。黒いスニーカーは、よくいる中学2年生だった。
「解説しちゃっていいですか?」
「どうぞ」
「1個目は『プリン』で、当てはめると②がプ、になります」
「そこまではわかるよー」
「2個目は『アカリンゴ』で、当てはめると①がア、③がリ、になります。つなげて読むと、ア・プ・リ。アプリ、つまり『アンネームアプリ』を使えってことになる…ますよね?」
「はい、同じです」
2、3分で理解した『髙梨純麗』は、なかなか頭の切れる人物なのだろう。恋愛もいいが、たまには恋愛ミステリーでも書いてみたらどうなんだろう。
アプリを開く。真っ黒の画面ではなく、簡易的なものだった。青い長方形が4つ。灰色の背景に、赤、青、黄、緑。
【物資提供】
【状況整理(AI)】
【小説執筆】
【次の謎】
「あ、言っておくけど、電話やメールはいけないから。助けを呼ばれたら、意味がないだろう?」
要らない説明を聞き流す。
「じゃ、【次の謎】をタップすりゃいいってこと?」
「そういうことだよ」
にしても、何故このような機能の中、【小説執筆】があるのだろう。インターネットが使えるなら、好きなだけ『アマノベル』で書ける。Wi-Fiは繋がっているようだし。
密室をまた観察する。天井には埋め込まれたライトが1つ。コンクリートの灰色の壁は、何もついていない。床は木製。木目はあるが、血痕など、小説に出てきそうな怪しいものはない。
それだけ確認してから、【次の謎】をタップする。
【このゲームには、次の事件が関係している。 於美末无之与无左川之无之計无】
「万葉仮名、かー…」
『さくらん』が諦めたように言う。万葉仮名は、漢字の読みのみをとって表す書き方だ。日本史の教科書のコラム欄についていたような気もしなくない。謎、というには簡単すぎる。
「確か、この无は、ん を表すはずだよ」
「そうですね、『むえあ』。私も同感です。美しいはみ、左はさ、与はよのはず。末はま」
となると、○みまん〇よんさ○○ん○〇ん。計はけだろうから、○みまん〇よんさ○○ん○けん。し、は1番使うらしいから、1番多い「之」にでも当てはめてみるか。
○みまんしよんさ○しんしけん。試験?まんしよん…はマンション、だろうか?
さ〇しんしけん。さあ、さい、さう…さつ?殺人事件?
そういえば、於はお、だった気がする。
おみまんしょんさつしんしけん。
麻績マンション殺人事件、なのか?
その事件は、全国的に有名になった事件だ。麻績マンションで、幼児が酷い姿で殺されていたのだ。未解決のまま、忘れ去られたのだ。
「麻績マンション殺人事件」
そう呟くと、みんなの目が見開いた。
謎の下にある回答入力欄に、【麻績マンション殺人事件】と入力すると、【Clear】という文字が現れる。またホーム画面に戻る。
【次の謎】を迷うことなくタップする。
「…『三日月リオナ』さん、貴方は一体」
「ただのしがないミステリーアマチュア小説家です。典型的な方法を用いただけです。それより、今は私でなく、『アンネーム』に聞くべきではありません?何故『麻績マンション殺人事件』が関係しているのか」
私は『アンネーム』のほうを見た。へらへらと笑う彼女は、「自分の道を進め」と呟く。【状況整理】をタップし、AIへ【麻績マンション殺人事件について教えて】とプロンプトを入力する。
すると、AIはどこかのニュースサイトから引用した文章を出力した。隣りに住んでいた3つ年上の少女の嘆き悲しむ声、殺人犯の予測、麻績マンション周囲の情報。殺害されたのは|板倉綾香《いたくらあやか》という5歳の女児。両親が少しコンビニへ外出している間、2時頃に殺害されていたようだった。
「『アンネーム』、貴方は一体何者なんですか」
『アンネーム』はふっと笑い、スマホを取り出した。深い青のスマホカバー。何かを打ち込んだ。
「あっ…『三日月リオナ』さん、ホーム画面を見てください」
『髙梨純麗』に言われ、私はホーム画面に戻る。【メールが届きました】と上部にかかれていた。タップすると、『omi−manshonn-5 amanoberu6』という文字列があった。差出人は書かれていないが、先程の『アンネーム』の行動的に、『アンネーム』からだろう。
「麻績マンション、5、アマノベル、6…共通項なんてなさそう」
ポニーテールに髪を結っている『アスカ』が言った。
「麻績マンションでは5歳の女児が殺されたんだよね?アマノベルを使っている6人。私・『髙梨純麗』さん、『三日月リオナ』さん、『アスカ』さん、『さくらん』、『アンネーム』ってこと?」
『むえあ』が言った。
「うーん、何にもなさそうだよねー」
『さくらん』が呑気に呟く。
「そもそも、こんな数字とアルファベットがごちゃ混ぜの文字列2つに意味があるとは思えない」
「そうですよね、『アスカ』さん…『三日月リオナ』さんはどう思います」
「こういうタイプのは、大体IDとパスワードな気はしますが」
IDとパスワードなら、こんな文字列が2つあっても説明はつく。パスワードから推測するに、『アマノベル』のIDとパスワードだろう。
インターネットを開き、『アマノベル』のサイトを開く。1度『三日月リオナ』のマイページをログアウトして、ログイン欄に先程の文字列を打ち込む。
エラー404、という表示。
「エラー…」
このIDとパスワードは、『アマノベル』のもののはず。そもそもこのメンバーは、接点が『アマノベル』ぐらいしかないのだ。
『アンネームアプリ』に戻る。そういえば、【小説執筆】がある。タップすると、IDとパスワードが求められた。先程のIDとパスワードを打ち込むと、『omi』というユーザーネームのマイページが現れる。
「この文字列を【小説執筆】のログインフォームに打ち込むと、『omi』というアカウントに入ることができます」
そう言うと、みんなが入ってきた。
執筆した小説一覧を見ると、【最後の謎】というものがあった。非公開状態だ。
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謎を解明できた、ということで合っているかな?
君等の推測通り、これには『麻績マンション殺人事件』が関係している。自分は御存知の通り『アンネーム』だ。
最後の謎だ。謎ではないかもしれない。
自分は綾香の隣に住んでいた。綾香の3つ年上で、殺害された時はやるせなさしかなかった。次第に忘れ去られていった。
お願いだ。どんな人にでも記憶に焼き付けることができる、6つの物語を書いてほしい。最高の記憶を、読者に提供してほしい。
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「書こう、得意ジャンルで」
そう言い、私はタブレットを起動させた。私はミステリー担当だろう。『髙梨純麗』は恋愛、『アスカ』はバトル、『むえあ』は二次創作ではなく、友情もの、『さくらん』は学園もの担当だと推測できる。
あと1つ。何がある?…ホラーか。ホラーものがない。だが、このメンバーの中にホラーを得意とするユーザーはいない。
「わかりました」
各々、『麻績マンション殺人事件』を題材に書きすすめた。
『髙梨純麗』は、殺人行為に踏み入った殺人犯の動機の恋愛を。
『アスカ』は、殺人のためにやった行動の計画のバトルを。
『むえあ』は、生前の綾香との友情物語を。
『さくらん』は、犯人の黒い周りの学園物語を。
『三日月リオナ』は、犯人の殺人ミステリーを。
そして、『アンネーム』は、それを全てを繋ぐホラーを。
「『アンネーム』、貴方のやりたいことはわかった。協力しますよね?」
『アンネーム』はふっと笑った。
「自分がしたいことを自分もやるのは、当然のことでしょう?」
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「書いた…」
10000文字の大作。他のメンバーも、完成したようだった。各々の文才が今まで以上に発揮されていた。
固いコンクリートを撫でる。もう乾いていて、冷たい。この感触を感じるのも、あとどれぐらいだろうか。
「投稿、するよね?」
みんなで自分の書いた小説の【投稿】ボタンをタップする。【投稿が完了しました】というのが現れた。
「『アンネーム』、真相を話して」
『アスカ』が言った。
「わかったから、落ち着いて。まずは、協力ありがとう」
そう言って、『アンネーム』はゆっくりと話し始めた。
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自分は麻績マンションに住んでいた。綾香とは仲良しで、いつも遊んでいた。8歳だから、10年前のことだった。いつものように遊ぼうと思っていたら、何故かパトカーが停まっていた。何事かと思い両親に聞くと慌てていて、綾香の親に電話していた。その後、
「あやちゃんはもういないんだって。悪い人にやられちゃったの。ほら、あそこの雲のかげに、あやちゃんがいるよ」
と、わざとらしく幼児にさとすような声で言った。8歳だからその文脈で、綾香は殺されたとわかった。子供扱いされたことより、綾香が殺されたことにショックを受けた。
その後、何度もニュースを見た。犯人、早く捕まれよ、と思っていたが、そんな願い虚しく犯人は捕まらず、ニュースは次第になくなっていた。
7年ぐらい経って、段々と忘れていった。そんな中、小説執筆の趣味を見出し、『アマノベル』を見つけた。気ままに投稿していた。それが3年続いた。ふとニュースサイトを立ち上げると、『麻績マンション殺人事件10年』という見出しが現れた。
綾香の顔が脳裏にふっと浮かんだ。その後、感情の津波が押し寄せてきた。犯人なんて捕まらなくていい。ただ、綾香のことを、あの酷い事件のことを忘れないでほしい。
そんな中募集をかけたのが、君たちだった。
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「じゃあなんで…8歳で10年前なら、今は18歳じゃないですか」
『髙梨純麗』が言った。
「別にどっちでも良かったんだけど。でも、年下のほうが親近感が湧くかと思って。ほら、自分、童顔だろう」
確かに、高校2年生にしては少し大人っぽい感じはする。
「見つけやすくするために、最近青く染めたんだ。見つけやすかっただろう」
どうでもいい情報を出される。
「…これで、もう大丈夫ってことですか」
「そうさ。もう解散、帰りたい人から順番に言ってくれ」
「その前に、やりたいことがあるんだ」
『むえあ』がいい出した。
「LINE、交換しない?メールアドレスでもいいから。なんか、特別な感じがするし」
そう言われ、私は反射的にLINEアプリを開いていた。
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コンクリートの密室から解き放たれた。少しねむったら、東京駅にいたのだ。『アンネームアプリ』をかざして、島原駅へと向かう。『アンネームアプリは最寄り駅したらアンインストールしといてね』と『アンネーム』こと『如月』から来ていたので、島原駅で長押ししてからアンインストールしようと思う。
あの出来事が、本当に夢のようだった。『アマノベル』には、『omi』の投稿が6件あった。
『omi』でログインすると、本当にログインできた。何故かは知らないが、『如月』の技術力なのだろう。
島原駅で降りる。ちゃんとアンインストールしてから、空を見た。前までは、灰色のコンクリートに白いライトが埋め込まれただけだった。でも今は、広くて青い空が広がっている。周りを見ると、田舎っぽい、だだっ広い町並みが広がっている。
麻績マンション殺人事件。綾香さんを想いながら両手を合わせる。酷い事件を子孫に伝えていこう。私も、その一員になろう。
白い雲が視界から外れた。青い空に、自由に飛んでいけと言わんばかりに。
※本作に出てくるものは、実在するものと一切関係がありません。
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