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    〖竜宮の約束〗
    
    
    
    昔々、浦島太郎という若者がいた。心優しく、日々海で魚を捕り、老いた母を養っていた。
ある日、浜辺で子供たちが一匹の亀をいじめていた。太郎はそれを止め、亀を海へ返した。翌日、その亀が現れ、「乙姫さまがお礼をしたい」と告げた。太郎は半信半疑で背に乗り、海の底へと潜った。
そこは夢のような世界だった。珊瑚の柱、光る魚、金の盃。乙姫は微笑み、太郎を迎えた。「ここでゆるりと過ごすがよい」と言われ、太郎は時を忘れた。
しかし、ある夜、月の光を見てふと思った。
――母は、どうしているだろうか。
胸の奥が締め付けられた。太郎は帰りたいと願い出た。
乙姫は悲しげに玉手箱を差し出した。
「これは別れの印。けれど、決して開けてはなりません」
太郎は頷き、亀の背に乗って地上へ戻った。
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だが、浜に立つと、風の匂いが違っていた。村はなく、田畑もなく、見渡す限り荒れ野が広がっていた。彼の知る世界はどこにもなかった。
通りすがりの老人に尋ねた。
「このあたりに、浦島という家はありませんでしたか」
老人は首をかしげた。
「そんな家、とうの昔に滅んだよ。千年も前の話じゃ」
太郎は呆然と立ち尽くした。風が冷たい。心の奥にぽっかりと穴が開いたようだった。乙姫の言葉が頭をよぎる。
――決して開けてはなりません。
だが、彼は玉手箱の蓋を開けた。白い煙が立ち昇り、瞬く間に肌はしわに覆われ、髪が白くなった。太郎は地に崩れ落ち、どこか冷たく響いた。
――なぜ、約束を破ったのです。
――あなたの時は、もう返せません。
太郎は這いながら海へと歩みよった。波打ち際に竜宮の屋根が一瞬だけ見えたが、それは泡と共に消えた。彼の指先は海に溶け、声も風に消えた。
夜が明けた頃、浜には何も残っていなかった。ただ、塩に濡れた玉手箱がひとつ転がっていた。人々はそれを拾い、昔話として語るようになった。
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だが、本当に"めでたし"で終わった者など、どこにもいない。海は全てを呑み込み、約束を破った者を返さぬのだ。
    
        リクエストで頂きました。ありがとうございます。
久々の執筆でクオリティも以前より低いかもしれません…すみません。
少しでも楽しんで頂けていたら幸いです。
あと2、3話ほどリクエストのものを書いていく予定でいます。