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不登校の日常。一気読み
不登校の日常。の全話をまとめ、加筆修正をしたものです。
「おはよ、優恵!」
「おはよう、芽郁ちゃん」
窓の外から、ふわりとした、軽やかな優しい声が聞こえる。甘くてすべてを包み込むような声の主は、一之瀬さんのものだ。
「ねえ、小柴さんを、誘わなくていいか、な?」
「いいでしょ〜」
ぎくっと、する。
一之瀬さんは、わたしなんかを心配してくれてる。
「小柴!!」
「ひっ」
思わず、声を漏らす。
大江さんだ。一之瀬さんと違って、鋭くて、怖い声。
「いるんなら返事しなよー!!優恵、心配してるんだよー!?」
一之瀬さんがいるからか、大江さんの声はわたしに言い放った声よりもやわらかくなっている。
比較的柔らかい。でも、やっぱり鋭く聞こえる。
「めっ、芽郁ちゃん、もう大丈夫だよ。小柴さんも怖がってるよ」
「んー、まっ、時間の無駄だしいこ!」
『芽郁ちゃん』『小柴さん』。大江さんのことはちゃんづけなのに、わたしのことは苗字でさんづけ。そこが、やっぱり、距離を感じた。わたしが、行けてないから。
怖い、と思って布団に潜り込んだ。
「結月ぃー?」
お母さんだ、と感じた。
「『インディゴ』のウインナーロールだけど、食べるー?」
『インディゴ』とは、ちょっと離れた、都会よりの田舎って感じのとこにあるパン屋のことだ。ショッピングモール『イール』の近くにある、個人経営のこじんまりしたお店。正式名称は『インディゴ・ベーカリー』で、わたしの好きな『ウインナーロールパン』が売っている。
「…食べるぅ」
「そう。じゃあ仕事行ってくるから」
お母さんがドアを開ける音がする。
むくりと、起き上がる。床だけを見る。床だけ。
__制服がかけられてる壁なんて、見ちゃ駄目だ。
一気に階段を駆けおりて、リビングへむかう。パンを食べる。カリッ、という音が響く。
わたしは行かないのじゃない。行《《け》》ないんだ。
---
---
「小柴!」
鋭い、キンとした声が響く。
その声の主は副島さわ。クラスの中心的人物らしい。彼女のことを、わたしは知らなかった。
大崎中学校。そこは、大崎町にある小学校に通う人が卒業したら、通う中学校だ。
だから、見慣れない子もいる。
「ね、ね、こいつさ、あたしらのこと、馬鹿にしてたんだってぇ」
ポニーテールの子が言った。わたしの名を叫んだ子の隣。
「ふっざけんな!!」
「きゃああっ!」
慌てて逃げる。殺気を感じた。
言ってない。心の内でも本当に思っていない。
休み時間で良かった。見つかると怖い。位置があやふやな学校を眺めて、そしてトイレに向かってダッシュ。
バタンッ!!
「あ、あ、あ…」
個室にこもる。ここだったら、大丈夫のはずだ。
「みーっけたっ」
「あ?!」
さわが、覗き込んできた。
嘘だよ。嘘。濡れ衣だってば。
「良くも!許さない!」
「床濡れてるからさぁ〜、やめとこーよ。待ち伏せしとこ!」
待ち伏せして、何をするの?
「そうね」
「その間に髪整えよー」
がたがた震えているのが分かる。寒い。怖い。
「は、は、はぁっ…」
息がしづらい。怖い。
キーンコーンカーンコーン__
「やばっ」
「行こ」
バタバタと、足音が聞こえた。
さーっと血の気がひく。これがもしフェイクだったら。出ているように見せかけてたら。
あの子たちは、何をしようとしてるの?誰かをいじめたいの?
おそるおそる鍵を開けて、のぞく。いない。行こう。
「す、すみませんでした…」
怒られるのを覚悟で、言った。
そのあと、すごく怒られた。
わたしは悪くないのに。
「小柴さん、大丈夫?」
柔らかい声。優しい声。ふんわりした、気持ちの良い声。
あいつらなんかとは違う、思いやりのこもった声。
「あっ、うん、大丈夫…」
「顔色、すごく悪いよ。休んでたら?」
「大丈夫、だから…」
ぐらぐらする。ショックが大きい、のかな?
「せ、先生、小柴さんが…」
それ以来、記憶はない。ただ、気を失う最後に聞こえたのが、
「優恵がかわいそー!」
というあいつらの声だった。
---
---
シャッ。
カーテンをしめる。柔らかい日差しが、水色のカーテンを通って黄色っぽいオレンジから水色に変わる。
パジャマのまま、また布団に潜り込む。
「ねーねー、連絡先教えてよ!」
窓を閉めて、カーテンも閉めているのに、こういう嫌な会話は聞こえてしまう。
まだ顔と姿と声が一致していない。誰の声なのかはわからなかった。
中学生になったら、スマホ、買ってあげるからね。
そうお母さんとお父さんに言われたのに、買ってもらえていない。
中学生になったら、ではなく中学校に行ったら、の間違いじゃないの。
そう思ってたら、また、二度寝してた。
---
気づけば夕方だった。
「みんな、帰ってるのかな…」
恐る恐る、カーテンを少しめくる。
「は、は、はぁ…」
何故か、息が詰まる。
いない。良かった、いない。副島さんも、大江さんもいない。
ピンポーン。
「あ、あ、あっ…!!」
怖い。
インターホンが、鳴った。
誰??副島さんなの、大江さんなの?
それとも、他の副島さんの取り巻き?それか、先生が来たの?開けないでおこう。でも仕事のお母さん?
恐る恐る、返事をしてみる。くすくす笑っていないかな、そしたら副島さんたちだけど__
「小柴さん!」
柔らかい、すべてを包み込むような声。
「…一之瀬、さん」
「これ、先生が連絡帳を。ねえ、ちょっとしゃべりたいんだけど、いいかな?」
ふわーっと、優しいひまわりみたいな顔を浮かべる。
「いいよ、お母さん、いないし。上がって、一之瀬さん」
「やだなー、一之瀬さん一之瀬さんって。優恵でいいよ」
「__じゃあ、わたしのことも、結月でいいよ」
掃除しとけば、よかった。第一、パジャマにカーディガンだし。
---
---
今日も、優恵は来てくれた。
「優恵、おかえり」
「やっほー、結月」
にっこりと、わたしに向けて微笑んでくれる優恵。そんな優恵に、わたしは嬉しくなった。
「…それで、相談なんだけど」
「相談?」
「学校に、来てくれない?」
…学校に、行く。
「すっごくいい先生に出会ったの。隣のクラスの島倉敏子先生。お願い、会いに来てくれない?保健室でもいい。すっごく遅刻してでもいい。一瞬見て無理、って思ったら逃げていいから。お願い!」
「…わか、った。頑張ってみる。ただ__」
優恵の、思いは十二分に届いた。
でも、脳と、体が拒む。
副島さんが、大江さんがいる、学校へ、行く。
自分でも分かる。ひゅー、ひゅーと息が途切れ途切れになる。
「ただ_______」
長い沈黙。
「っ…ぅ…」
何を言いたいのか、分からない。
気づけば、涙があふれていた。
副島さんに対する紅い怒り。学校という黒い恐怖。優恵の期待に答えられない青い申し訳なさ。ほんの少しなら、という淡い黄色い期待。とにかく落ち着きたいという、緑色の。
すべてがごちゃ混ぜになって、黒い感情へと変化して、込み上げて、あふれる。
「__ごめんね」
「優恵…!」
「明日、島倉先生に話してみるよ。お母さん、仕事でいないなら、話しやすいでしょ?」
「…!!」
「どう?帰ったほうが、いいかな?」
「ああああっ!!うわぁん…」
悲しい。悲しいのかすら分からない。
ただ、涙があふれて。ただ、優恵に背中をさすってもらって。
ただただ、泣いていた。
副島さんたちという、どす黒い存在。
ただ、優恵とその島倉先生という白くて淡い存在が。
どうか、黒を少しでも薄めてくれますように。
そう願いながら、あふれた涙を手のひらで受け止めていた。
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昼間なのに、インターホンがなった。
宅配便?
恐る恐る、ドアを開けてみる。
「結月さん、よね?」
若いと40代の狭間くらいの、絶妙な年齢(に見える)女性がいた。
「…??」
「わたしは島倉敏子。3組の担任よ」
「島倉先生__」
優恵が言ってた先生だ。
「あなたの担任の先生って、川崎先生よね?小柴結月さん」
「へっ?」
なんでわたしの名前を、と聞こうとした時、島倉先生が言った。
「話、聞いてるわ。副島さんから嫌がらせを受けてたのよね」
「___!!」
一瞬、意識がとぎれそうになった。
さわは成績は少々悪いがリーダー的存在。大人はすべてさわが正しいと思っているのだ。
嫌がらせ、だ。いじめなんかじゃないんだ。
「大丈夫。一緒に、たたかっていこう」
タタカッテイコウ__という言葉が、脳内に刻まれなかった。
「辛くなったら、この番号に電話してね。いつでも話すから」
メモ用紙には、電話番号が書かれていた。
「ごめんね、もうすぐ授業なんだ。学校で電話、待ってるよ」
そうにっこり微笑んで、島倉先生は去っていった。
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からん、とポストに何か届いた音がした。ひんやりとする階段を裸足で駆け下りる。
この時間帯は、誰も外に出ていないだろう。窓を確認して、ドアを開ける。もちろん、前みたいに島倉先生はいない。
ポストをのぞくと、なにか入っていた。その〝なにか〟をさっと取り出してドアをしめる。
なんとも言えない独特な音がした。
通信教材の勧誘だった。そこにはでかでかと、『ゆとりのある夏休み、いまがチャンス!』とあった。
夏休み___
ベリベリっと、封を開けて教材を見てみる。どの紙ものよりも厚めの冊子には、『夏休み☆復習ドリル 体験版』とこれもでかでかとあった。
こんなネーミング、小学生かよと思いつつ、パラパラとめくってみる。
「…?」
分からない。
分からない。
漢字はまだ読める。でも、書くのはあやふや。数学なんて分からない。理科も、社会も、英語も。
学校に行ってないだけで、こんなになるなんて___
答えを見ても、いまいちピンと来ない。小学生の頃のこういう系の勧誘と言えば、こういう体験版は割と簡単だったよね。そう思うと、また思い知らされて心が沈む。
あと、漫画みたいなのがついてたっけ。がさごそとあさってみる。
「あった」
文庫本ぐらいのサイズの、漫画。いつも同じ展開だったけど、何故か読んでた過去の自分がいたっけ。
懐かしいなと思いをはせながら、ぱらりとめくってみる。
そこには、恋をして、友達がいて、学校に通っている主人公。テストの点が悪くて、落ち込んでいた。絶対、わたしのほうが悪いのに。
学校の描写があるたび、わたしの気持ちはぐさりと傷つけられていた。
「…」
新品だった教科書を、再び開けてみようかなという気持ちにかられた。小学生の頃のストックノートを取り出して、黙々と鉛筆で数式を書き始めた。本当に、このストックノートを中学校で使うのかな。
このやる気は、きっといつか消えるんだろうけど。
それでも、やるだけ意味はあると思った。
---
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「結月ーー!」
「結月さん、いますか?」
眠い目をこすりながらむくりと起きる。
優恵と、島倉先生の声だった。
そう気づいた途端、わたしは返事だけして急いで髪をセットして、パジャマの上から服を着て、優恵たちの前に出た。
さっきまでちょっとずつ習慣づけてきた勉強をやっていたところだった。
「優恵、島倉先生…」
改めて思うと、不思議だ。
こんな学校にもいけないやつを、なんでこんなに気にかけるんだろう。
隣のクラスの先生が。青春を犠牲にしてまで、はじめて出会った子が…
「…学校、行きたい?」
島倉先生がたずねた。
「…!」
「…ごめんね、答えにくい質問しちゃって。ゆっくり話そう?」
「あの」
島倉先生に、優恵に、悪気なんてない。悪くなんてない。
わたしも___島倉先生にとって、優恵にとって___悪くない。
悪いのは__
「今、授業中じゃ…」
「いいじゃん、結月!」
まるで普通の、学校に行っている友達と学校で話すみたいに優恵がしゃべる。
「…とりあえず、中、入って」
「お邪魔しまーす♪」
わたしは有り合わせのクッキーと麦茶を出した。
こんな構図、滅多にないんだろうな__
「…大丈夫?」
「………え?」
島倉先生が、たずねた。
大丈夫って、何が。
「心」
こころ、という3文字だけでいろんな想像がふくらんでくる。
でも、結末はどれも同じだ。
さわと芽郁たちによって、心が壊されていないか__そういうことを伝えたいんだ。
「壊されて____ます」
涙があふれてきた。
「よく言った!正直でいいじゃん!ねっ?さわとか芽郁なんかよりも、結月のほうがわたし《《も》》偉いと思う!」
にこっと、優恵が笑いかけてきた。
「_頑張ろう。一緒に」
---
〝心〟
〝よく言った!〟
〝よく言った!正直でいいじゃん!ねっ?〟
〝さわとか芽郁なんかよりも、結月のほうがわたし《《も》》偉いと思う!〟
〝頑張ろう。一緒に〟
優恵と島倉先生が帰った後、わたしは思い出していた。
わたしという存在をすべて肯定してくれる。
「__ありがとう」
涙とともに、言葉が溢れた。
---
---
ピンポーン、とインターホンが鳴った。
「お邪魔しま〜す」
「優恵」
いつもよりにこにことしている優恵が、いた。
「今日、『さわ同盟』から抜け出してきたんだ!」
「えっ、そうなの!?」
「うん!協力してくれた人がいてね…えーと…来てもらったほうが早いかな」
そう言って、優恵は外に出た。
「こんにちは」
「お邪魔します」
「あなたたちは…?」
黒髪の、ポニーテール?の子。そして、もう1人、女の子がいた。
「知らないですよね」
「はい…すみません…」
「僕は夜間優!優とか、優くんとか呼んで。生徒会長なんだ!」
「こんちゃ〜!わたしは朝間夏芽。優の幼馴染で、書記だよ★」
「えっ!?」
知らなかった。
「その…すみません。あんまり学校に行けてなくて…だから…全然知りませんでした…」
「まあ、無理もないよね〜。ともかく、優恵といっしょに、解決していこ!生徒会の名にかけてね」
すごい…
この2人が生徒会なら、安心だ。すごく頼もしい。
「というか、どうやって…?どうやって、抜け出したの」
「あの同盟から?」
「そう」
「優くんと夏芽ちゃんが、協力してくれた。もともと、わたし自身、あの同盟から抜け出したいと思ってた。それを相談してみたら、そうだよね、って言ってくれた。それで、なんとか抜け出してきた。なんか、わたし、さわの一番のお気に入りだったみたい。それで、小柴さんち行きたいって言ったから、一緒に行こうってなってね」
「ありがとう…」
ふふっ、とみんなは微笑んだ。
「僕も、いじめを受けていた時があったんだ。いじめの辛さを分かってるから、解消したいと思って生徒会に入ったんだ!今こそ、手伝わなくちゃね」
「夜間さん…ありがとうございます…!」
「敬語じゃなくてもいいってば〜」
安心できる。これなら、大丈夫だ。
「ありがとう…!」
夜間さん、朝間さん、島倉先生、優恵。
こんなに頼もしい人が、4人もいるんだ。
大丈夫だ。きっと、やっていける___
---
---
|わたし《一之瀬優恵》は、学校に来ていた。
ようやく『さわ同盟』から抜けられた。島倉先生、生徒会長の優、書記の夏芽ちゃん。
これなら、結月が学校に行けるようになる日も遠くないだろう。
「___一之瀬さん、だよねっ?」
「わっ!月冥さん…どうしたの。勉強、分からないとか?」
「ち、違うのっ!小柴っちのこと…」
「ふぅん…あんた、『さわ同盟』のメンバーよね?結月をいじめてるのは、あんたもじゃない」
月冥、狙音…
ギャルっぽくて、内心苦手なタイプだ。
「ほんとは…小柴っちと仲良くなりたいの…。でも、やつが邪魔してくるのっ!」
「…ふぅん。本当?」
「本当!さわ同盟だって、抜けたい。でも、いじめを止めさせたいの。さわとも、小柴っちとも仲良くなりたい。どうしたらいいと思うかな…」
これは、ガチのやつだ。本能がそう叫んでいる。
「わかった。なら、ひとつ約束して。常に、あなたは本当のことを言う。これをやればいいわ。今、だんだんと快方へ向かっていってる。あなたには、もう少しだけ同盟にいてもらう。さわの情報提要を怠らないようにね。
本当はわたしだって抜けずに情報を入手し続けたかったんだけど、いちばん親しい人が敵と組んでるっていう状況は、まずいでしょ。だから、もう少しだけいて。もしかしたら、さわとは、もう仲良くできないかもしれない。でも、結月は間違いなく、救ってくれた人と認めてくれる。
さわを選んでいじめに加担するか、結月を選んでいじめを救うか。後者は、いつさわに復讐されてもおかしくない。でも、それだけの価値はある」
「…うちはっ…小柴っちと、いたい。いままで、さわはキラキラ〜ていう感じだったんだ。でも、今はもう、いじめてる。あんなやつと、仲良くするの、嫌だから。さわに『小柴っちと近づけるよ』って入ったけど、近づくどころか、遠ざかってる。抜ける!!」
「そうこなくちゃね。ありがとう」
握手をした。彼女は、さわのことをよく知っている。
絶対に、結月を救ってみせるんだ。
そう思っているのは、彼女も同じだった。
---
---
「失礼します、春原先生いますか、」という声が聞こえてきた。
この声は、一之瀬さんあたりだろう。
「どうしましたか?」
「小柴さんのことで、」という言葉を聞いた時点で、頭が痛くなった。
決して、助けたくないわけではない。でも、どうすればいいのか、わからない。
「先生は、助けたくないんですか」
「……」
「隣のクラスの島倉先生が、今、小柴さんと話しています。なんで、自分のクラスの生徒が不登校ぎみなのに、先生は助けないんですか」
「えっとっ…」
どうすればいいんだろう…
わたしよりも何歳も年下の子が、一生懸命、考えている。友達のために。
なのに、わたしは、何もしていない。
「お願いします。一度、さわたちと、話してください。いじめをやめてくださいと。でも、月冥さんは、個別で話してください。お願いします。月冥さんは、小柴さんを助けたいと思っているんです。先生も、先生として、向き合ってあげてください。勉強を教えるだけが、先生の役目ではありませんから」
「…わかりました…」
あの子を、あれだけ追い詰めたあの子。一体、どんな子なのか、詳しくは知らなかった。
〝先生も、先生として、向き合ってあげてください。勉強を教えるだけが、先生の役目ではありませんから〟
一ノ瀬さんの言葉が、脳裏に蘇った。わたしは椅子をたち、教室に向かった。
---
その日の5時間目は、自習にした。そして、副島さんと大江さんを呼んだ。
「春原先生、なんですか?」
2人が、廊下に出た。
「副島さん、大江さん。あなたたち、小柴さんに何かしているでしょう…?」
「していません」
問いに対して、副島さんは、あまりにもきっぱりと言った。
「では、なぜ、小柴さんが休んでいるのですか。私、いじめは好きじゃないです…」
「何故いじめと決めつけるのですか。誰が、いつ、どこで、何をしたんですか!?」
「副島さん、大江さん、そしていっぱいの人が、始業式の日、小柴さんを、学校で、いじめました。それから、小柴さんは学校に行けなくなってしまいました。どう思っているんですか」
「……」
沈黙が流れた。
そばにある教室から、カリカリという鉛筆の音が聞こえた。ノートか、教科書かをめくる音も。
「何も思っていません。なんで休んだのか、解りません。別に、わたしたちには関係ないです。行きたくなかったら行かなかったらいいだけです。わたしたちに関係ありません」
「…そうですか…。戻っていいです」
小柴さんにどう接したらいいのだろう。一ノ瀬さんたちにも。
「…ごめんなさい」
そうつぶやいた。自分が嫌になった。何をすればいいか、全然、わからなかった。
---
---
|わたし《一ノ瀬優恵》は、『さわ同盟』について聞き込みを行った。そして、ノートを破き、調べたことを書き込んだ。
「一ノ瀬さん…すごいね、これ」
「うん、頑張った。結月のために、被害者が出ないようにするために」
「すごっ、あたしだったら絶対に無理だと思う」
『さわ同盟』の生徒たちは合計7人。副島さわ、大江芽郁がリーダー。副島さんはわたしのことを気にいっている。月冥狙音含め、5人がさわたちに疑問をいだいている。加入理由はさわに上手いこと言われたからと一致。
結月をいじめる理由は未だ不明。でも、結月以外にいじめた経験はなさそう。結月と最初から関わりがあったわけではなく、初日が初対面。何かと「結月が〜」と言っているあたり、結月じゃないと行けない理由がありそう。
春原先生と一度、話したことはある。その時、副島さんと大江さんは知らんぷりしていた。でも、話をしたのを見ると、いじめに対する気持ちはありそう。
「狙音は、もうすぐやめるみたい。わたしがやったとかではなく、自主的に。まあ、もうそろそろ実行に移すときだからね」
「へぇ、よくここまで調べたねっ」
「うん。そろそろ、結月を救えそう。このいじめ問題に終止符を打てるよ」
すると、足音が聞こえてきた。あんまり|人気《ひとけ》のない青並公園。ここに来る人は、いないに等しい。
「一ノ瀬さんっ、夜間さん、朝間さん」
「あなたは…」
顔と名前を一致させるのに時間がかかった。彼女は確か、立花心寧だ。立花さん。
「ごめんな、聞いたねん。昼休みのこと」
「えっ…?」
昼休み、わたしたちはここの公園で会議をすることにしていた。それを、『さわ同盟』に加入している彼女に、しかも大江さんに次いで親しい立花さんに聞かれてたなんて。
「うち、頑張って時間合わせてきた。盗み聞きみたいなんで、ごめんなんやけど」
「…立花さん」
でも、彼女がいじめをしているところは見たことない。いじめ、というか、結月の陰口とかも。
「うちもさわと芽郁のやり方には反対やねん。いじめはしてないし、同盟も抜けたいんや。でも、さわと芽郁は仲良しや。いじめなんて、うちらが出会った時はしてなかった。なんでいじめをし始めたかも、うちは知っとる」
「知ってるの?」
「せや」
いじめの理由を、知っている。
「教えてくれないかな」
優が言った。
「わかった。絶対に、小柴さんを助けるんやよな?」
「勿論」
木漏れ日がゆらゆらと揺らいでいる。ノートに影ができていたのを、わたしはじっと見つめていた。
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「さわは、小柴さんが嫌いやったらしいんや。ひと目見て。気弱そうで、何もできない。でも、まわりの人たちが助けて、自分の手柄に見せかけているタイプのやつや、って。それが気に食わなくて、いじめ始めたっちゅう理由を聞いている」
「そんな…小柴さんに何かされたというわけでもなく?」
「ひと目見て、や。一目惚れみたいなやつや」
そんな、外見で人を判断するような理由で、結月はいじめられたの…
「今、協力を自ら言い出したのは、あなたと、狙音、僕、夏萌、優恵、島倉先生がいる。春原先生に時間を取ってくれるよう頼んでみよう。その1時間で、僕らは『さわ同盟』を崩壊させないといけない。それに、島倉先生にも来てもらわなきゃ」
「島倉せんせーは授業の合間に抜け出してもらおうよ。中学生だし、テスト期間じゃないし、ちょっとくらいなら抜けてもらえるはず!」
「そうだね」
次々とわたしたちは計画を練ってゆく。
「はじめに、優さんと夏萌さん、一ノ瀬さんが言ってほしーんやけど。で、証言としてうちらが言う。これでどうや」
「うん、それでいいと思う。わたしが結月のことを言うね」
「じゃあ僕と夏萌が学校全体のことを言おう」
役割分担をしていく。
___結月。絶対に救う。だから、もうちょっとだけ待っていて。
---
「あ、もしもし。結月さんいますか?」
「優恵!」
結月と会うのは、少しばかり疎かになっていた。今日も塾で忙しかったから、電話で伝える。
「結月、学校行きたい?」
「……いじめがなかったら」
「そうだよね。本当にお願いなんだけど、来週の火曜日来てくれないかな。1限目だけでいいから」
「なんで?」
「1限目だけ、時間が取れたの。そこで、いじめはよくないって副島さんたちに伝える。島倉先生、生徒会のメンバーもいくから、きっと行けるようになると思う」
「本当?」
「本当だよ。みんな、本気だから」
うわぁ、と涙が溢れたのも、電話の向こう側からわかった。
「本当!?本当…」
「無理に来なくてもいいから。行けたら行く。保健室にでも、図書室にでも、音楽室にでも、無理だったら逃げて。遅刻してもいいから。玄関で待ってるね」
「っ…!!」
嬉しい、という一言を残して、電話はぷつりと切れた。
---
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優恵からの電話を聞いて、思わず涙が溢れた。
絶対に、学校に行けるようになる。その言葉ひとつでも、わたしは救われた気がする。
ピンポーン、というインターホンが鳴った。優恵は忙しいのに…
わたしたちの中学の制服を着ている。
「こんにちは。青木穂高っていいます。よろしくね」
「青木…さん…?」
「君が小柴さんだよね?会えて嬉しいなあ」
青木さん。アオキがどういう漢字なのかわからないけど、多分青に木曜日の木だ。
「僕も学校にあまり来れてないんだ…本当はみんなと楽しく過ごしたいんだけど」
にこ、と引きつり笑いをする青木さん。こんないい子が、学校に来れてないなんて、信じられない。
「因みになんですけど、なんで…?」
「ひとことで言えば、環境の変化についていけなかったな…。でも、島倉先生に出会ったんだ。根気よくいろいろしてくれたから、感謝してもしきれない先生」
島倉先生、と心の中で復唱する。
わたしも、助けられてる。
「わたしは…副島さんと大江さんに」
「副島さんと大江さんかぁ…あの人たち、正直けっこう苦手なんだよね…」
やっぱり、誰だってあの雰囲気は苦手みたいだ。
「一ノ瀬さんが頑張ってたよ。夜間さんも、朝間さんも」
「え…そんなに…」
誰かが守ってくれている。たとえ嘘だとしても、そういう発想があるだけで嬉しい。
「…僕も頑張ってみるよ。火曜日の件」
「本当ですか?」
「うん」
にこ、とまた、青木さんは微笑んだ。今度は嘘偽りのない微笑みだった。
「ありがとうございます」
「うん。ごめんね、僕は家の用事があるんだ。また、火曜日」
「はい」
ありがとう、ともう一度つぶやいた。
火曜日。火曜日だけ。1限目だけ。それだけでも、前は行けなかっただろう。
でも、今は違う。待ってくれていて、助けてくれる仲間がいる。
それだけで、わたしは行ける。少なくとも、今は行ける気がする。
---
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わたしは、久しぶりにやってきた。今日が5月の13日。来週に来てって言われていたけれど、祝日が重なった。
約1ヶ月ぶりの学校。まだ全然慣れていない制服に体を収め、筆箱とノートだけバッグに詰め込む。何度も何度も学校への道を確かめる。なるべくギリギリに来たほうがいい、と自分でもわかっている。優恵もついてきてくれるから、大丈夫だ。
こんな時間にインターホンを聞くのは、はじめてだ。わたしは「はぁい」とだらしない返事をして、ドアを開けた。
「結月、おはよ!」
何もなかった、あなたは普通に学校に行けている、みたいに優恵は振る舞ってくれる。そのちょっとの優しさが、わたしは安心できた。
「優恵、おはよう」
「ふぅ〜。学校、面倒くさいなあ…。まあ、結月がいるから大丈夫だよね〜」
にこにこと、優恵は何気なくわたしを話に誘ってくれる。
あそこのブロック塀には、時々ネコがいるとか。
ここの電信柱は、ちょっとぶつかりやすいとか。
何処かにあるが忘れてしまった、小学生のタイムカプセルの埋め場とか。
登校だけで、こんなに話が盛り上がるものなのか、とわたしは妙に感心した。
そして、あっという間に来た中学校。わたしの小学校は結構大きかったけど、ここも大きい。わたしの通う小学校と、別の小学校を卒業した生徒が一斉にくるからだ。
---
「おはようございます」
ぼそ、と言う。すぐに春原先生が来た。
「小柴さん!大丈夫ですか…」
「はい、なんとか…一ノ瀬さんとか、夜間さんとか、朝間さんとか、青木さんとか…来てくれましたし…。それに、月冥さん?とか、立花さん?が、さわを裏切ってというか、まで、頑張ってくれてるの、知ってます」
途切れ途切れ、ぶつぶつに切れながら、わたしは言う。
「頑張ってくださいね、わたしも頑張りますから」
その声は、確かに小さくて、か弱く聞こえる。でも、それなのに、春原先生の言葉ひとつひとつには、信念というか、なにか強いものが込められているように聞こえた。
ぼーっとしているうちに、ホームルームが終わった。1限目を始めます、という春原先生の言葉で、わたしは目覚めた。
この授業で…絶対に、行けるようになってみせる。そう強く信じた。
---
---
「今から、1限目の授業を始めます」
ぞわぞわっと、首筋のあたりが寒くなる。
「小柴さんのことです。一ノ瀬さん、お願いできますか?」
「はい」
スタッと優恵が立つ。その姿はかっこよくて、とても凛々しいものだった。コツコツという上靴の音を鳴らして、優恵は黒板の前に立った。
「皆さん、おはようございます。一ノ瀬優恵です。今回は、他でもありません、小柴さんについての話です」
ゴクリ、と唾を飲む。
「最近、小柴さんが来ていませんでした。その原因は、副島さんと大江さんにあると思います。そして、月冥さんや立花さんなども、要因となっています。
副島さんと大江さんが、始業式の日に小柴さんにやったこと、覚えていますか?覚えていなくても結構です。その日、副島さんらは暴力を振るっていました。春原先生、その他の全員の生徒が証人です」
「はっ…?」
か弱くて、震えている声を、副島さんは出した。
「では、次は生徒会長の夜間優さんに代わります」
生徒会長、というところを強めていた。
「こんにちは。僕は生徒会長の夜間優です。早速ですが、僕の意見を述べます。僕は、いじめを見ている人を見るだけで反吐がでます。正直、退学レベルです」
きっぱりと、優さんが言う。
「この学校の名誉にも関わることです。あなたたちは、人の気持ちをかんがえたことがありますか?ないですよね、少なくとも僕らはそう思います。いじめをしている人が、人の気持ちを考えているなんて絶対にありません」
「ふざけんなっ!」
副島さんが、声を荒げた。
「名誉とか、何なんだよ!んなの、知らないから!大体、名誉名誉煩いんだ。名誉がどうとか、関係ないだろ」
「副島さん…あなたが言うことじゃないよね?」
夏萌さんも言い放った。
「小柴さんに何やった?少なくとも、小柴さん、そしてクラスメートのほとんどは、もうあなたのことを信用してないでしょう。名誉を回復するのには、長い長い時間がかかる。あなたと一緒にいた人たちも、離れていくでしょうね。学校の名誉なんて関係ないとか言うけど、自分の名誉に関わることだからね?別に、ひとりぼっちがいいなら、お好きにどうぞ。
それなりの罰は受けてもらうからね?悪いけど退学してもらうから…。いや、悪いから、とかいらないな。退学してもらうから」
ズバズバ、夏萌さんは言っていく。
「…芽郁もなんか言いなよっ!?なんも言えないの!?」
「…ねえ、もうやめようよ…。こうやって抗うだけ、さわの名誉は落ちて、罪は重くなっていく。わたしは今、素直に謝罪するよ。ごめんなさい、小柴さん」
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「はっ…?!」
大江さんが、謝罪をした。
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。何でもするから。退学になってもいい。それなりの罪だってことは、分かってるから」
「大江さん…」
思わず、ぽろりと言葉が出た。
「さわだって、好きにすりゃあいいよ。その分、罪を重ねていくだけだから。大人になって、捕まっちゃえば?ムカつくからとかで、なんで人をここまで追いやるか、正直わかんなかった。だから、やめようやめようって言ったじゃんか。ここまで追い詰める理由は何かあんの?」
「芽郁っ!!ふざけんなっ!!」
副島さんは、酷く取り乱していた。
「___バイバイ、さわ。あたし、もうついていけない。さわに、もうついていかないから」
これ以上抗っても無駄だというように、副島さんはおさまった。大江さんはわたしのところに来て、言った。
「小柴さん、本当にごめんなさい。あの時のあたしはどうかしてたの___。こんな言い訳しても、罪が軽くなるわけないよね。そうだよね…ごめんなさい」
大江さんは黒板の前に出て、「本当に申し訳ありませんでした!」と頭を下げた。
正直、いろんな気持ちがごちゃ混ぜになっている。
こんなに謝ってくれてるのに、許さないという選択肢はあるのか。でも、わたしがここまで追い詰められたのは、彼女のせいだ。それなのに、何故許すことができるのか。
そして、静かな教室に、チャイムが鳴り響いた。
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大江さんは菓子折りも持ってきてくれた。青木さんは「よかったね」と一緒に言ってくれた。
島倉先生は来なかったけど、あの後もいっぱいいろいろしてくれた。陰で、さわを退学させるように手続きの手伝いをしていたらしい。
大江さんは自主退学していた。さわは「嫌だ!許さない!」とわめいていたらしい。
今は優恵や優、夏萌たちがいる。だから、学校がすごく楽しい!
自主企画に参加してくれた皆様、誠にありがとうございました。