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クルーシオ
サブ垢です(^^♪
クルーシオ、苦しめ!
朝、通勤電車がやけに混んでいた。
これはいつものことであるが、その時の私はスマホを弄らずに車窓ばかり目に入っていた。
北千住に停車した。
乗り込んできた5歳くらいの男の子が、まず先に入ってきて、その後大勢が乗り込んできた。
どうやら各駅停車がへまをやらかしたようで、その分がこの快速電車に補えと強く要請されているらしい。車内は瞬く間にギューギューになった。その時、僕のおなかに少年の身体が密着した。
扉が閉まり、電車が動いた。
その時、違和感を覚えた。えっ……と、身体に内なる力を感じた。まるで自分の鼓動を感じ取るようだった。まさか動悸? と思ったが、そうではない。原因は、目の前の少年の中にあった。
これは、少年の心臓……か?
ドクン、ドクン、ドクン……と命の鼓動が響いてくる。おもむろに目線を下ろすと、少年の胸と私の腹が密着していた。
電車は隅田川を渡る。つくばエクスプレスと並走する。その間、少年の心臓の動きをとらえ続けていた。これ、もしかして……? と特別な時間がやってきたと思えた。
南千住に滑り込む。
いつもはまったく乗り込まない駅なのに、本日はさらに乗ってきて、積み残しが無いように、さらに詰め込んできた。
「お荷物お体強く引いてください」
と車掌のアナウンスが乗客を急かす。たちまち力が入り、熱が入り。ドア前はほぼ隙間なく混戦状態になった。よっこいしょ、と大きなかぶが、自分のお尻で押しも、押されもせぬうちに……。一部はつま先立ちになっているだろう。カバンも、床に置けるスペースはほとんどなく、余裕はない。
男の子もまた、同様の類、あるいはさらに余裕はない。
大人目線でコレなのだから。身長的にも、つり革は決して届かない。さらに圧迫される形になった。芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のお釈迦様のご厚意によるものと推察したくなる。
少年の胸がこちら側に押し込まれ、僕の身体も押し込まざるを得ない。
少年の心臓が感じられた。ドクン、ドクン、と。圧迫するされるの関係性となった結果、小さな鼓動が身体の中に伝わってきた。
スピードは70回/分くらいで、ビートを刻むものはそこまで速いものではない。しかし、緊張しているのか、とても力強い拍動だった。
ドクン、ドクン、ドクン……。
目の前の少年の身体は、かなり痩せているのだろう。
シャツを着ているというのに、布の厚みが感じられないほどだった。ほとんどお腹が聴診器代わりになっている。今の小中学校は、内科検診では服越しに行うことが始まった。このような感じなのか、音は感じられないが、振動はとてもよく感じられる。
最初は気を使った。心臓の鼓動が、下腹部の脂肪から伝わり渡って、身体の芯に響くほど大きくエコーしてくるレベルだから。
その鼓動は下腹部の上下に伝わるもので、上側は私の心臓に共感するものだったが、これは申し訳ないことに、下側の股関節にもそれは余すところなく響いた。あ、やばっ……と私は焦り。
なぜなら、私の陰部近くにも規則正しくそれが届くものだから。さもなければ、棒状のものが硬さを帯びるリスクは上がってくるものだった。玉に|響《たまゆら》を感じるものだ。
意図せず圧迫してしまう自分のお腹。
身体を若干捩じらせる努力はしたのだが、全然動かない。へこませる努力はしなかった。
周りの人たちを見渡すと、目が死んでいた。
朝の時間帯は、みなそうだ。通勤電車内の諦念のスローガンは、通年を通して共通のものとして括ることができ、その差異も微々たるものでしかない。変わらないもののほうが多いからである。時折不条理が突進して、電車が急ブレーキをかけることもあろうが、数十分から数時間の遅れで持ってたいていは解消される。
女学生、大学生、それ以外はみなスマホばかりに目を落としていた。耳の穴にはワイヤレスイヤホンが嵌められ、日常の音はシャットダウンさせている。監視役はいない。マヌカンがいる。
痴漢は……、この環境ではしようと思えばできるかもしれない。しかし、手を動かせば群衆にはバレるだろう。その程度の密閉具合。だから、諦めた。
逆に、腹を若干膨らませ、圧迫するようにした。
みぞおち辺りから上へ、ぐっと押し込み、さらに心臓のスペースを潰すように圧す。心室への圧が如実にわかる場所になった。
少年は、ぐうう、と声なき声を喚いたらしかった。電車の緩急やエアブレーキのプシュプシュとした細やかな騒音によって、かき消されたのだが。
きっと、私はおなか側を担当していたが、背中側も誰かが担当しているのだろう。逃げ場がなく、苦しいだろう。
この程度では心臓は止まらないのだ。
どれほどの苦痛を与えても、死ねない。気絶できない。
苦しめ、もっと苦しめ。
耐えろ、苦悶の顔で耐えろ。
裂けろ、胸が張り裂けろ。
痛いか? 痛いだろう。
これもまた、不条理なのだ。
北千住、南千住、三河島、日暮里。
その駅間、停車中。絶え間なく、休みなく。ずっとその一人の心臓を圧迫調教して、少年に苦しみを与える側でいられた。日暮里まで、その伝わる鼓動を余韻なく感じ、下腹部でみぞおちと胸郭部全体を圧迫し、その反発をじっくり味わうことができた。速くなることも遅くなることもない。規則正しく素直で、しかし身体の表面は苦痛を味わい、不快な臭いのする空気を吸わされ、口から微かな息遣い。それらが口の動きより漏れ出ている。前歯がちろりと見えた。
その声は、耳では何も聴けない。残念なことに。電車の振動音でかき消されるものだった。小学生低学年ですらない未熟な身体の中は、外部から侵入圧迫したら中身は禅的なもので、静かだった。神秘的な臓器もまた、声を持たない。人間の急所には痛覚がない。しかし押し付けると尚更、心臓特有の肉感として感じられた。下側は、直になぞっているようなものだ。肉食獣が赤黒いイチジクを舌で舐めて触っているように、それは犬歯の横の部分で接吻をするように。
圧迫によって、少年の息を吸う吐くのタイミングはシビアで、心拍数よりも四分の一程度に抑えられている。私はずっと拍動数を数えていた。時々、スウッ……と息を吸ったり吐いたりを瞬間的に行う。そのたびに服の奥のものを連想してしまう。
上半身の素肌を触っているような感覚だった。間接的にせよ、みぞおちの柔らかいと肋骨の固い部分が区別できるほどだった。少年の間髪を入れず呼吸をするときの一瞬をついて、それは浮かび上がる。逆V字の、谷のような形とその結節点が、リアルタイムで、しっかりとした感触を得られた。マヌカンではない。人間が動いていることを感じられた。不意を衝くタイミングは読めない。不意を突きたかったが、さすがにまずいだろう。
力強い鼓動は、おそらく息を止めている時だろう。
だから、肋骨がいかに心臓をガードしているのかがわかった。骨のゆり籠は恐ろしく硬く、そして、柔らかくなる時はとても柔らかい。柔と剛を感じた。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、スウッ……ドクン、ドクン、ドクン……。
肋骨が心臓をガードしている間に、3~4回連続して心臓の動きをする。身体がまるごと聴診器になったようである。無防備な身体のラインを味わった。胸骨の微かな段差、肋骨のそれぞれの溝、脇腹、柔らかな腹部の境界……、意識すると分かる。洗濯板のように、それらは形を成して、硬みを組み合わさっている。
「日暮里できゅーけーしたい。このままだと、キツイ……」
少年は母親に言う。母親は笑って、旅行の荷物を守っていた。
日暮里にて、ごった返しの乗客は吐瀉物をまき散らすように乗客を吐いていった。私もまた、それの逆流性に従って、一旦降りざるを得ない。ホームへの道を作り、内容物を通して、それから車内に戻った。
日暮里の発車BGMが鳴り響いている時に、少年はどこにいるのか探した。すぐ近くにいた。ホームにいた。母親とともに、荷物とともに。自分の胸に軽く片手を持っていって、擦っている。もう片方の手は、太ももに置かれて、上体を屈ませている。息はゼイゼイとしているようだ。
BGMは止まり、アナウンスは喋る。常磐線は時刻通りに日暮里駅を出発した。名残惜しい。彼の心臓は、懐かしい思いでいっぱいになった。車窓は滑り、後方へ流れていく。
私は想像し、それを再生する。何度も想起しては、何度も再生する。
自分のものでは死にたくないから本能的に辞められるが、これは相手の心臓だ。子供であれ大人であれ、相手の心臓であれば容赦なく歪められる。
しかし、今回は、心臓のリズムを崩すレベルまでには至らず、呼吸制御レベルの圧迫で踏み留まった。その理由は、不可抗力によるものだ。この前提は覆されるものではない、と言葉で片づけられる。
数年前の記憶を遡ると、音楽祭を掘り起こした。
ティンパニで観客のお腹をくすぶられるものだった。あれは楽器によるものだが、少年のそれは、それはそれは。それ以上に甘美なもの。無料で最前席に座れ、6分ほどの曲を聴かせていただいたのだ。次会う時があれば、わずかな隙も見逃さず、直接いのちの課外授業をお届けしたい。