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    騎士からの依頼
    
    
    
     ――一時間ほどが経った頃だろうか。
「申し訳ないが、今を以て募集を終了させてもらう!」
 傭兵が集まりざわめくこの場でもよく通る大きな声で、募集の終了が宣言された。
「嘘だろ!?」
「待ってくれ!」
「たった今ここに着いたばかりなのに」
 今到着した者たちだろうか、破格の報酬を諦めきれずに声を上げる者たちがいた。
「志願者――テストに合格した者はこれから私たちについてきてくれ」
 しかし、周りから上がる声は無視されたまま、騎士からの指示は続いていく。
 普段の依頼ではまずされることのない特殊な指示の出し方をされ、やはり報酬の額と釣り合うほどの《《ヤバい》》依頼なのだと志願者たちは理解した。だが、それでも|退《ひ》かないのが傭兵である。
 モルズたちは警戒心を高めながらも、先導する騎士のあとを歩いた。
 ――やがて、王都を囲む巨大な防壁の外へ出た。
「ここからは馬車に乗って移動する」
 馬車は十台。志願者はおよそ百名。一台あたり十人程度の計算だ。
 モルズは適当な馬車に乗った。
 全員が乗り終わると、全ての馬車が違う場所へ走り出した。
「まずは、私の自己紹介を。私は、エグシティオ王国騎士団所属、イバネスと申します」
 モルズと一緒の馬車に乗っていたのは、礼儀正しそうな騎士だった。
 この流れだと傭兵の間で自己紹介が始まるのではないか、とモルズは身構える。
「申し訳ございませんが、今は状況の説明をさせていただきたく」
 当然か。こんなにたくさんの傭兵を集めなければならない状況で悠長に自己紹介なんてしている暇はない。
 納得を得たモルズは、大人しくイバネスの言葉を待った。
 他の傭兵も依頼主の言葉を遮るような真似はせず、静かに続きを待つ。
「数ヶ月前から、王都周辺の森に魔獣が出現するようになりました。それらは王国騎士団により十分対処できていましたが、つい先日、その群れが現れたのです。幸い、討伐することはできましたが、出動した騎士たちの実に半数近くが犠牲となりました。魔獣の出現は今も続いて――いえ、より活発になっており、戦力が足りない状況です」
 イバネスは姿勢を正し、
「どうか、私たちの――王国のために、力を貸してはいただけないでしょうか」
 そう、モルズたちに向かって頭を下げた。
「…………」
 モルズは、妹の姿を思い浮かべた。
 村で楽しそうに暮らす妹。もし、村がなくなったら、どんな顔をするだろうか。
「……引き受けた。――報酬をきちんと払ってくれるのならな」
 なぜだか、情のみで依頼を引き受けるのは|憚《はばか》られた。この十年以上でモルズに染みついた傭兵としての考え方がそうさせたのかもしれない。
「報酬はきちんと支払わせていただきます。また、戦況が落ち着いていれば休みを取ることもできます」
 報酬の支払いの確約と、休暇の取得許可。今までに国や貴族に雇われ、難癖をつけられて報酬が十全に支払われなかった経験を持つ者も、前者の条件によって依頼を引き受ける意思が固まったようで、
「……なら、やる」
「俺も」
「私だって」
「任せろ!」
 次々に声が上がり、この馬車に乗った十名の傭兵が依頼を請け負った。
「皆様、ありがとうございます。皆様方には、特に魔獣の出現が多い場所に配置された騎士のサポートとして動いていただくこととなります。詳細は現地で担当の騎士に聞いてください」
「分かった」
「了解」
「承知した」
 モルズたちが返事をしたのとちょうど同じタイミングで、馬車が停止した。
「それでは、私についてきてください」
 ◆
 森の中を歩く人影が二つ。一つはモルズのもので、もう一つは――
「このように森の見回りをし、魔獣がいれば討伐します」
 イバネスと共に森を巡回するモルズは、イバネスに倣って周囲を見回す。
 魔獣を見つけ、短剣を抜き放つ。
 先手必勝、一瞬で肉薄し命を刈り取る。
「……さすがですね。試験官を倒すほどの実力はあるというわけですか」
「そこまででもない。俺以上のやつはいくらでもいるし、現に騎士様は俺より強いだろう?」
「そうですね。ですが、彼我の実力の差を見抜くのも強さの一つですよ」
「……必ず、妹の元へ帰るために磨いたからな」
 こうして他人に褒められるのはいつぶりか。なんとなく照れくさく、素直に受け取ることができなかった。
「……そうですか」
 魔獣の出現により、会話はそこで途切れた。
 ◆
 ――あれから数日後、人類に「宣戦布告」が為された。
 我ら、虐げられてきた者なり。
 我ら、人類に反旗を翻す者なり。
 我は、魔王。
 我らは、魔王軍。
 我ら、歴史に名は残らねど、人類を滅ぼす存在なり。
 人類よ、待っておけ。
 同胞よ、待っておけ。
 我らが、新世界を作る――
 ◆
 ――はじめに攻められたのは、エグシティオ王国の南に位置するメギャナ帝国だった。
 彼の国は王国より何倍も大きく、保有する軍事力は世界一と言われていた。
 今回攻められたのは、帝国の東側の街、コメルチア。帝国最大級の交易都市として名を馳せ、訪れる商人や商品を盗賊から守るための強大な力を持っていたその都市が僅か一夜にして陥落したというニュースは、世界中を震撼させた。
 現地には、「魔王」と名乗る存在からのメッセージが残されていたという。
 ――人類よ、これが我らの意思だ。これまでと同じように虐げることは決して許さぬ。我らは進む。人類のない新世界を作るために。
 魔王の宣戦布告とコメルチア陥落のニュースが、主要な新聞の一面を飾った。
『交易都市コメルチア陥落! 「魔王」と名乗る存在の仕業か』
『人類のない新世界 「魔王」の目的とは』
 二週間もすれば、魔王の目的を好き勝手予想して民衆の不安を煽るようになった。
 そしてそれは当然、王国も無関係ではない。むしろ、最初に被害を受けた帝国の隣国であるのだから、関係は深いというべきだった。
「次は、俺たちか」
 隣国が甚大な被害を被ったというニュースを聞き、王国民は次に狙われるのは自分たちが暮らすエグシティオ王国だと疑いもせず思っていた。
 ――けれど、いつまで経っても王国が被害を受けることはなかった。
 それは、比較的早期に動き被害を食い止めていたからというのもあり――世界に与える影響が小さく、他の国よりも優先順位が低いからという理由が大半を占めていた。
 それでも、魔獣が一切現れないというわけではない。現れた魔獣は、王国が大量に雇った傭兵が討伐していた。
 ――無論、モルズもその一人である。