公開中
帰
まだ水の張った田んぼ道、彼女の後ろをついていく。
かつては一人、借りてきた本を読みながらだったから、何か動く度にできる水面の波紋にも、暗くなっていく山々にも、何とも言えない空の色にも、足元の長い影にも、気づかなかった。
そして、目の前にいる彼女の背中は、なんとなくこれらの景色と似合ってない気がする。
視界に入ってくる一つ一つの情報を分析しだす今の自分は、まだ緊張しているようだった。
口も開かぬまま、しばらく歩く。
ふと彼女がしゃがみ込み、脇の田んぼの底を見つめる。
僕も歩みを止めたが、立ったままでは見つめた先に何があるのかは見えなかった。
彼女の顔は、少し楽しそうだった。
似合おうが、似合ってなかろうが関係無い。
彼女がこの雰囲気が好きなことが伝わってきた。
僕も気になり、しゃがもうと予備動作に入った時、彼女が立ち上がった。
「蛙の子供だよ。」
嘘か真か、報告のようにそう言い、また歩き始める。
僕も体制を直し、ついていった。
途中、彼女が振り返って、またすぐ前を向いた。
今までも何回かしていたため、特に気にしなかった。
少し先の分かれ道で二人は別々の道へ行った。
彼女と別れ、緊張が和らいでいく。
長い間人と関わってこなかった弊害が、まだ残っている。
空は昏く、映画のような雰囲気だった。
視界の端にあった本を見る。
人気の作家、人気の本。
僕は結局、こういうのに落ち着いてしまう。
あの日以降、よく一緒に本を借りに行く。
どうやらお互いに惹かれてしまったらしい。
正直、本の好みはあまり合わなそうだが、興味のある相手と一緒に居たい感覚は共通しているようだった。
何度目かの会話で、二人の家が思ったよりも近いことを知った。
転校した時に引っ越してきたらしく、ただの散歩もよくするぐらいに気に入っているらしい。
自然の雰囲気が好きで、今日みたいに誰かと帰ることも嫌いじゃないそうだ。
この関係が続く内は、こんな感じの帰り道を何度か経験するのだろう。
そう思い、なんとなく本は家に帰ってから読むことにした。